第64話「そして一か月後」
1階層から10階層まででは第3位階のゴブリン達と第1位階のアント種が少々貧弱ともいえるような装備の冒険者たちを殺し、と思えば背後からの別の冒険者の攻撃で殺されている。11階層から20階層までは第3位階のゴブリン達と第2位階のアント種たちが同様の戦いを繰り広げている。
20階層のフロアボスルームではフロアボスとなる1体のオーガと1体のマーダーホーネットが新たな挑戦者ともいえる冒険者たちを何度も殺していたのだが、途中現れた強めの冒険者たちによって殺されて今はもう冒険者たちが素通りとなっている。一日が経たなければ復活しないので現状20階層のフロアボスは素通りできる部屋、もしくは冒険者たちの休憩部屋と化している。
以前の10階層までのダンジョン魔物たちの構成をそのまま20階層までに引き延ばした形の、いわゆる小手調べともいえる20階層までを突破してきた冒険者たちを相手するのは現21階層からはアイスウルフの同位階である第4位階のウルフ種たち。
人狼、ギガントウルフ、ソードファング、シルバーファング、エアーウルフ。
アイスウルフはこのダンジョンには一体しかいない。奴はまだまだ進化できる余地があるため、アイスウルフを少し特別扱いしておきたかったということが理由だ。
様々な種類のウルフ種が冒険者を食いちぎり、だが逆にまた別の冒険者からの魔術をくらい死んでいく。
いかにも冒険者と冒険者が挑むダンジョンといった姿だ。
40階層のフロアボスルームはがら空きの状態。
これはフロアボスが既にやられてしまったというわけではない。
単に未設定な状態のままであり、いずれアイスウルフが進化すれば40階層のフロアボスにつかせる予定というだけの話だ。
40階層のフロアボスルームには魔物がいない状態であるため、20階層のフロアボスルーム同様に冒険者たちが体を休めている姿が見て取れる。
41階層から60階層までいくと、今度はアント種。
これはゴブノスケによるダンジョン作成ではなくアンコ自身の力で築いたアント種の階層だ。
41階層から50階層までは第4位階のアント種。
51位階層からは第4位階のアント種だけでなく、第4位階のマーダーホーネットの姿も見える。
この41階層からはグッと難易度が上がるらしく、冒険者の姿はほとんど見えない。
時折、冒険者が40階層から降りてくることがあっても、大体の冒険者は41階層のアントやホーネットを見ては諦めて帰るか、その場で戦いを挑んでその命を散らしていく。
稀にそれらを突破する冒険者もいるが現在の60階層にあるフロアボスはアンコとアンコが救ったアイスウルフの2体が鎮座しており、全ての冒険者がそこで返り討ちにあっている。そこから先のフロアは現在静かなものだ。
これまでの冒険者は第4位階のダンジョン魔物を苦とも思わないような強者たちが訪れてきていたため容易に突破されてきたが、今このダンジョンに挑んでいる冒険者たちは大半があのザッカスという冒険者に似たり寄ったりと言える実力の冒険者たち。良くて以前に我からダンジョンの告知をするように伝えた冒険者たち級で一組だけはそれらよりも強者がいたが結局はアンコに敗北を喫していた。
これは当然ともいえるのかもしれない。
人族は個よりも数の力が強い種族だ。
第4位階という一般人では100人が束になってもかなわない魔物に、どこにでもいるような――貧弱な人族の――冒険者が敵うはずもない。
61階層からは20階層までとダンジョン魔物の構成と同じものになっている。
69階層までは第4位階のゴブリンと第4位階のアントたち。
70階層はオーガとマーダーホーネット。
そして71階層からはこのダンジョンを古巣してきたゴブリン達が今日も今日とて己の位階をあげようと殺し合いを進めている。例の強力な力を持っていた冒険者どもから得た経験がよほど大きかったのか、奴らの存在がゴブリン達を大いに刺激して、今では第5位階に進化を果たしたゴブリンも存在する。
前衛だったゴブリンはゴブリンゴブリンヘビィナイトやゴブリンパラディン。後衛だったゴブリンはカースドゴブリンやホーリーゴブリンといった形でそれぞれがその系統のゴブリンとしての最高位の形へと進化した姿をちらほらと見せ始めている。
第4位階から第5位階へと至ったゴブリンは71階層から79階層まではまだ4割程度。80階層では8割ほどといったところであり、十分に強力と言える。
ゴブリンである以上そこから先の進化は流石に見込めないが、このゴブリン達が全て第5位階になった時にそれを突破してやって来るような冒険者がいればそれは確かに戦う価値がある冒険者といえるかもしれない。
もちろん80階層のフロアボスはラセツ。
そして80階層の最後の砦。と言う名のダンジョンボス部屋で待ち構えるのは我とゴブノスケとなっている。
今のゴブノスケがダンジョンマスターである以上100階層まで作成できるのだが、それは現在のポイントが不足していることと、これ以上に強いダンジョンの構想が現在の我らでは思い浮かばないため、とりあえずはこれで満足している状態だ。
20階層ごとのフロアボスも各階層で2体までは設定できる以上、そこもこれから拘っていきたい。
「随分と騒がしくなったものだな」
「そうなんだよね!」
戦闘観察をしながら様々な階層にて起こっている戦いをざっと見渡して呟いた我の言葉に、ゴブノスケが即座に反応した。
声からしてゴブノスケが喜色ばんでいることが伝わるのだが、我としてはこのあまりの盛況ぶりに冒険者側からこのダンジョンが危険視されているのではないかという可能性を考えていた。
この盛況ぶりのおかげでどれだけダンジョンを改築しようがポイント不足にはならなかったことは幸いともいえるし、このダンジョンが危険視されたならばそれだけ強者も来る可能性がある以上、我としては願ったりかなったり。ゴブノスケもゴブリンダンジョンを人気なダンジョンにしたいと言っていた以上はそれはただ喜ばしいことなのだろうが、まだもう少しこのダンジョンを我からしても満足のいく状態にまでしたいという気持ちがある。
今のダンジョンを乗り越えてくる冒険者がいればそれはそれで強者であることには違いない。
アンコやラセツは間違いなく強者といえるほどのダンジョン魔物だ。
だが、70階層以降のゴブリンの進化、フロアボスを最大数までの設定、81階層から100階層までのダンジョンの構想。
これらが全て完成されたダンジョンを突破してくるような冒険者こそが我が楽しみを見出せるような強さを持った冒険者である可能性足り得る。
「種族としてあと一種。それも、より強力な種族の魔物を仲間に加えたいが」
ゴブノスケには聞こえないように小さな声で呟く。
現状でそれは不可能だと確信している。
ゴブノスケやアンコ、ラセツは特別。71階層から80階層までの古参のゴブリンたちも特殊な例として、それ以外のダンジョン魔物たちはこれまで多数の冒険者と戦ってきたが一向に進化する気配がないからだ。。
これはゴブノスケとの関係性なのか、それとも100年近くも冒険者にいいようにされてきたゴブリン達だからなのか、それともゴブリンが眠る時にダンジョンのゴブリン達にもその影響があったのか、様々な可能性が浮かんでいるが、それどもれが確証を得ない。
もしかしたら単純に経験値が足りていないだけなのかもしれないが、それはこれから何年、何十年と積まなければわからないことであり、少なくとも当分の間は進化しないだろうと解釈している。
「~~♪」
どこか力の抜けるリズムを刻みながら上機嫌に戦闘を観察しているゴブノスケからすればそこまで戦力の向上に拘る必要はない。
「ふむ」
我の目指すダンジョンにするための構想へと思いを馳せる。
とはいえ、まずは70階層以降のゴブリン達が進化を果たすまでは動くこともない。
「……」
ゆっくりと考えるか、と首を回しつつ「うわ、頑張れーみんな!」と声を張り上げるゴブノスケの背中を見つめるのだった。
が。
「うわあああああ!」
突如としてゴブノスケが目を抑えながら床を転げまわる。
「どうした?」
「目が……目がぁ」
「……?」
要領を得ないゴブノスケでは何が起こったかがわからずに戦闘観察でダンジョンの様子を見る。
「……これは」
一人の男が自身に光を纏わせて、かつでない速度でダンジョンを走破していく姿があった。
「面白い」
そして、その後ろから一人の女が不満げな表情で歩く姿も。




