第六章 失敗は成功の元とか言うけど、程ってもんがあるだろうが
どうにかこうにか元の実験部屋に戻ってきた。
俺はやる気が湧かないながらも薬を並べ、それらをじっと眺め続ける。
「薄めるって言ったってなあ」
『ポカポカナール』はその名の通り身体を温める作用があるようだが、人間がそのまま服用すると効能が強過ぎて蒸発してしまうらしい。薄めると言えば普通は水を使うのだろうが、先程試した結果、どうやらただの水では薄めきることができなかったようで、また俺は蒸発してしまった。そうなるとすれば、残された選択肢は一つ。『ポカポカナール』を、他の薬と混ぜて薄めることだ。
「結構そういう方法って、多くとられてる気がするんだよなあ。えっと、他の薬はと」
『ヒエビエーリン』『ビリットクルオン』『ポイズズン』『カンジナクナール』これが残りの薬だ。どれも即死トラップ臭がプンプンで、全くもって口にする気になれない。特に、『ポイズズン』に至っては「はい、私は毒です。飲んだら死にます」的なことを堂々と言っている感じの名前だからとっても嫌だ。
「どうすりゃあいいんだろうなあ」
ここは敵地。勇者に与えられるヒントなんて、これっぽっちもありゃしない。ということは、己の身の安全は、我が身をもって示すしかないということか……っておい、ふざけんな!
「あのクソ神、何回俺を死なせたら気が済むんだよ。畜生、こうなったら片っ端から薬を舐めてみて安全かどうかを確かめるしかないじゃねえか」
名づけるならそう、これは『やけのやんぱち。手当たり次第総当たり作戦!』ってところだな。自分で言うのもアレだが、全然勇者が考えた作戦名って感じはしないけど。
「じゃあ、まずは」
俺は早速、『ヒエビエーリン』に手をつけた。だって、名前的にもいかにも身体がビュオーっと冷えそうな感じがするし、何たって『ポカポカナール』との中和作用に一番効果的な感じがするもんな。
「これをこうして混ぜて、と。げっ!」
二つの液体を混ぜ合わせると、何とも言い難い感じの色の液体が完成してしまった。
何と言うかその、あえて表現するなら「ドブ川の水にえげつない色の絵の具を混ぜた毒薬」みたいな。
「こ、これ。飲めるのか?」
何か変な煙が出始めたし、酸っぱい感じの刺激臭までするし、微妙にコポコポ音が鳴ってるし。これはもう劇薬を通り越してただの危険物なのでは……うっ!
「ゲホゲホっ! おええっ。うええええ!」
何だ急に。薬から湧き出る煙を吸ってしまったせいか、身体が苦しくなってきた。息もしづらくなってきたし、意識も少しずつ薄れていく。
もしかしてこの二つの薬は「混ぜるな危険!」なものだったのか? しかし、今更気づいたところでもう遅い。
「ゴフっ……」
毒ガスに身体を蝕まれた俺は、口から血を吐いてその場に崩れ落ちてしまった。あのクソ神が余計なことさえしなければ、俺は二度と目覚めることはないだろう……。
いつものように神に苦言を呈されてから、俺は実験部屋で何度も薬の調合にチャレンジし続けていた。
何度もという表現で既にお気づきになる方がいるかもしれないが、そのチャレンジは無駄と言うか、全て悲惨な結末を迎えまくっていた。
「うぎゃあああー!」
ある時は煙を浴びた瞬間に病気になって死に、またある時は一気に歳をとって老衰で死んでしまった。一番傑作だったのは、七色の煙が出て「うわあ、きれいだなあ」などと思っている間に薬の作用でアホ面をしたまま石化してしまったことだろうか。もうここまでの間に、何度悲鳴を上げてきたのかもわかったものではない。
「あとやってない組み合わせは、これだけだな」
とうとう、薬の混ぜ混ぜ実験もこれで最後だ。総当たりで調合を続けた結果、ようやく組み合わせも残り一つになった。その組み合わせは、『ポカポカナール』×『カンジナクナール』だ。
「これで駄目だったら、本当に勇者やめてやる。よし!」
今まで繰り返してきたように、二つの薬品を同じ容器に入れて一気に混ぜる。ここで煙さえ出なければ、あの極寒部屋を攻略するためのアイテムが完成するはずだ。
「うりゃあああああ!」
さあ、煙が出るか? それとも出ないか? どうなんだ? どうだどうだどうだ?
「……で、出ない。おおおおっ!」
度重なる死を乗り越えてきた結果、俺はとうとう薬の調合に成功した。手に握られた瓶の中の液体には、死を漂わせる気配は全く感じられない。俺は勝利を掴んだのだ!
「いよっしゃああああー!」
よし行こう。すぐに行こう。あの、一歩も足を踏み入れられやしなかった死の極寒部屋へ。とうとう、あの部屋を突破することができるのだから!
俺は意気揚々と実験部屋を出た。そして、自力で作り上げた薬を片手につい軽くステップを踏んでしまった。だって、ろくなヒントもなしに薬を作り上げるってすごいじゃん。自分でありえねえから! とか思いつつも勇者っぽいことを達成すると嬉しいもんだ。
「ま、いつまでもルンルンしてるのもおかしいし……」
そうそう。これは気分をルンルンさせるものではなく、吹雪に耐える力をつけるためのものなのだから。そろそろ余韻に浸っていないで、本来の役割をこいつに与えてやらなければ。
「よーし!」
俺は腰に手を当て、薬を一気に飲み干した。身体中にほのかな感覚が走った後、どことなく力がみなぎってきたような気がする。これなら多分、吹雪にも耐えられる!
「行くぜ!」
勢いよく扉を開けると、凄まじい吹雪が廊下中に吹き荒れる。しかし、全然寒くない。全くもって、ぴんぴんしている。
「冷気がいくら来ても平気だよ。今の俺には、効きやしないさ」
今の台詞はちょっとイタかったかなあ? まあいいか。そろそろ足を前に進め……。
「あれ?」
何故だろう、足が動かない。おそるおそる、目を足の方に向けてみる。
「え? う、嘘だろ?」
寒くない。全然、寒いという感覚はない。でも、どうしてなんだ。俺の脚は、いつの間にやら氷の柱と化していた。
「ど、どうして……う、うわあ」
身体にからみつく氷は、徐々に上へ上へと這い上がってくる。腰……腹……胸……そして。
「あ……あ」
俺が氷の彫刻の仲間入りをするのに、そこまで時間を要さなかった。
いつものように城の前に投げ出された俺は、ムスッとした顔をしながら空を睨みつけていた。待っているのは無論、クソ神からのお言葉だ。
「おい神、どうせ見てるんだろ。早く俺に、嫌味を言いに来たらどうだ」
「何だかずいぶんとケンカ腰だな、タカシよ」
この妙にのんびりとした口調、マジでムカつく。
しかし怒るよりも先に、まずはおっさんの話を聞くとするか。
「いやさ、何でこのタイミングで死んじゃうわけ? おかしくない? て言うかさ、神様が何回でも生き返らせてくれるからってポンポン死なれても困るんですけど。この前は神様パワーを使ったら肩がこるって言ったけど、実は腰にも響くんだよ。お前がしょっちゅう死んじゃうもんだからさ、最近神経痛がひどくてね」
「んなこと知るか! それより、どういうことだよ」
「はい?」
俺の問いの意味を、クソ神は理解していないらしい。やっぱり鈍感なおっさんには一から文句をつけなければいけないようだ。
「あの薬のことだよ。あんたからもらったヒントを元に、薬同士を混ぜて『ポカポカナール』の効果を薄めた薬だよ。あれ飲んだらさ、感覚的には寒くなくなったけど身体は見事に凍りついたよ! 作ったところであの薬、全然意味がなかったじゃねえか!」
「え、ちょ、え?」
「あれを作るまでに何度も死んだし、その苦労の末に作り上げた薬も無駄だったって思ったら泣けてくるんだけど。神を自称してるくせに、勇者にガセ情報掴ませてんじゃねえよ!」
「あ、あの。タカシ君」
「ふざけんな。マジやってられねえ。俺もう勇者なんか……」
「えっと、ちょっといいかな。ちょっとでいいから、聞いてくれるかな」
「あ?」
いきり立つ俺に、神は困惑したような声を浴びせる。一体、何を言い出そうというのか。
「何だよ。弁解ならよっぽどうまくないと聞く耳持たねえぞ」
「いや、弁解というかねえ。はっきり言うとその、薬の使い方、おかしいんだけど」
「はあ? 俺はあれをしっかり飲んだぞ。一滴残らずちゃんとだ」
「あのね、タカシよ。あの薬はな、塗り薬として使うのが正解なのだ」
「……はい?」
ぬ・り・ぐ・す・り。とな?
俺の目は今、衝撃のあまり点になっていると思われる。
「いや、魔物は飲み薬として使うんだけどね。人間はあれ、塗って使うんだよ。しかも、首筋にちょこっとだけ。ほっといてもそのうち気づくかなあと思ったんだけどさあ、あまりにもずっと飲んで使うもんだからツッコむにツッコめなくて。ほら、あの実験部屋にあった本にも書いてあるんだけど。人間は、魔物が使う薬は塗って使わないと正しい効果が得られないって」
「……本当か?」
「このタイミングで嘘をつくほど、私は鬼畜でもなければKYでもない。ん? KYという表現はちょいとばかし古いかな?」
俺は神のどうでもいい発言になど気にも止めず、すぐさま道具袋から実験部屋にあった本数冊を取り出した。そして、片っ端から本の中身を急いでチェックしていった。
「あ!」
すると、そのうちの一冊に俺にも読める字でこう書かれていた。
『魔物が内服薬として使用する薬は、人間が同じように飲んで使おうとすると正しい効果が得られない場合があります。その時は、ほんの少しだけ薬を手に取って首筋に塗って見ましょう。すると、あら不思議! 薬本来の効果が人間にもしっかりと現れるじゃありませんか! 意外と使える生活の裏技。ぜひ一度、お試しください』
こんなところに、ヒントというか、答えが存在していただなんて。
俺は脱力のあまり、その場に溶けるようにして倒れてしまった。
「タカシよ、大丈夫か」
「大丈夫に見えるか? これが。何か、ずっと総当たりで頑張ってきた自分が馬鹿に思えてきてさ。何でヒントというか、答えに気づかなかったかなあ」
それは、典型的な注意不足と調査不足の賜物という奴だ。こういう状態のことを、灯台下暗しというのではないかな」
「灯台下暗しっつうか、自分が灯台付近にいることすら気づかなかったんだけど。てかさ、俺が馬鹿なことをやらかしてるってわかってたんなら、もう少し早く教えろよ。俺、あの極寒部屋を通るために四苦八苦しただけで何回死んでると思ってるんだよ!」
「だって、神が簡単にヒントを与えてたら勇者が成長できないと思ってねえ。ほら、今回の一件でどんなものでもしっかり調べなきゃいけないってことを学べたでしょ? 失敗から大事なことを学べてよかったねえ。それにさ、ヒントの出し過ぎでマザコンならぬゴッドコンになられても困るし」
「誰がんなもんになるかあ! いいか? 世界を平和にしたら絶対にお前のことを探し出してしばくからな。覚えてろよ!」
「それは無理だと思うが……ま、目標があった方がやる気も上がるだろうし今はそれでいいや。頑張れ、タカシよ」
神をしばくのは無理? はーん、やっぱり俺なんかが神なんぞに届く存在ではないと高をくくっていやがるんだな。実に腹立たしい。
「本当、首を洗って待ってろよ」
魔王よりも、神を倒したくて仕方がなくなってきたが今は我慢する。とりあえずは、勇者として魔王城の攻略を優先しなければ。
俺はこの後、クソ神に言われた通りに薬を使い、難なく極寒部屋を突破した。
それはあまりにも味気のないクリアで、何だか心に隙間風が吹いたような気分にかられた。