第七章 吹雪を抜けるとそこは、地獄だった
クソ神からのヒントで極寒部屋の攻略に成功した俺は、さらにその先へと足を運んでいった。
進めども進めども、無限回廊なのでは? と錯覚しそうになるくらいに長い廊下が続く。正直、結構歩き疲れてきた。
「次は何が待ってやがるのかなあ?」
若干息を切らしつつ、ようやく目の前に飛び込んできた扉を何の考えもなしにバーンと開ける。
するとそこには、衝撃的な……という簡単な形容では済まされないようなレベルの、とにかくすっごい光景がありありと俺の眼中に映った。
「な、なななな……」
この城の空間のつながり方って、一体どうなっていやがるんだ。頭の中が、色々な要素が重なってクラクラしてきた。
足元では、マグマがぐつぐつと煮えたぎっている。そして、灼熱の海の中にポツポツといった感じで足場っぽい岩がいくつか浮いている。よーく見ると、部屋の奥には先へと続く階段が。これはどう考えても、『ぴょんぴょん頑張って飛んで先に進まないとお城をクリアできないぞ!』パターンだ。
しかも、さっきの極寒部屋の比ではないくらい……きび……し……。
「だあああああっ! 暑いぃ!」
攻略うんぬん言う前に、この部屋の室温は一体何度なんだ!
耐えられなくなった俺は、大量の汗を全身から吹き出しながら部屋を飛び出した。
「はあ……はあ……」
何ていう酷い仕打ちだ。吹雪の次は、溶岩地獄が待っているとは。寒暖差が激し過ぎて、これじゃあ身体がもたない。魔王クージャは、絶対ドSに違いないな。
しかし、いつまでも文句を垂れてはいられない。どうにか、あの部屋を攻略する方法を考えなければ。
「まず、あの暑さに耐えないとな」
それを乗り切る方法については、何となく察しがついている。俺は早速、道具袋から先程お世話になった薬の『カンジナクナール』と、手つかずの『ヒエビエーリン』を取り出した。
実は、薬の調合を総当たりでやったとは言ったものの、『ヒエビエーリン』はここじゃあ使わないだろうと考えた俺は、この二つの調合を行っていなかったのだ。だって、無駄だって薄々わかってる実験をしたって薬が無駄になるか、犬死にするかのどちらかだし……。
「さーて。やるか」
『カンジナクナール』と『ヒエビエーリン』を混ぜ、出来上がった薬を首筋に塗る。その状態で再び部屋に入ると、案の定暑さを全く受けつけなくなった。
「これでも俺、少しは成長してるのかな」
城で見かけた使えそうなアイテムは全て入手しておき、使えそうな時に思い出して使う。これが、俺が数々の失敗から学んだことだ。
「で、問題はここからなんだよなあ」
そう。ここから先は謎解きうんぬんの話ではない。どちらかというと、己の身体能力の話なのだ。
「あの岩に、順番に飛び移ってく感じ……なんだろうな、きっと。運動能力には、あんまり自信ないんだけど」
厳密に言うと、運動能力に自信がないというわけではなく、人並みレベルしかないのが心配なのだ。何せ、俺には城壁を無理によじ登って転落死したという前科もあるし。
数メートル先に見える足場を見ると、意識しなくても口から溜め息がこぼれた。
「でも、やるっきゃないんだよな」
受け入れたくはないが、俺は自称神から勇者として選ばれた人間。ここで気張らなければ、何となく駄目なような気がする。
世界を救う勇者。この身分不相応な肩書きだけが、少しずつ心の支えになりつつあるのかもしれない。
「よーし!」
頬を手の平で叩き、自身に気合を注入してから俺は足を踏み出した。全神経を集中させ、正面の岩をじっと見据える。
「ジャンプ、ジャンプだ。……せーの。ホーップ!」
勢いをつけて、真っ直ぐ先にジャンプする。今股間の辺りがじわっと濡れたのは、きっと汗のせいに違いない。決して、恐怖心でビビったからではない!
「おおっと。セ、セーフ……」
少しバランスが崩れかけたが、どうにか着地に成功した。
次に、もう少し先の足場に向かって目を向ける。
何だかさっきより、遠くに岩があるような気がする。足場もうんと狭いし、助走をつけるだけで果たして何とかなるだろうか。
「うう……」
暑さは薬のお陰で感じないが、冷や汗らしきものが頬を伝う。
やっぱり恐いのか? いや、ここで男らしからぬヘタレっぷりを見せたら、どこかの陰で俺を見ている魔王がサディスティックな笑みを浮かべて喜ぶに違いない。それだけは、絶対に許したくない。
「俺ならいける。絶対いける。よし、よし。落ち着け、落ち着け」
何度も深呼吸をし、覚悟を決める。今まで数えきれないほど凡人呼ばわりされてきたが、凡人には凡人なりの頑張り方があるってことを、あの自称神に見せつけてやる!
「ス、ス、ス……ステーっ……」
大股をおっぴろげ、惚れ惚れするような美しいフォームのジャンプでマグマの海をまたぐ。
しかし、フォームがきれいというだけでは、どうにもうまくいかないもののようだ。
「プっ」
じゅうううううぅ……という焼けつく音と同時に、俺はほんの少しの断片も残すことなくマグマの一部と化してしまった。
くそぉ。死体も残らないんじゃ、俺がこの世に存在していた証すら残せないじゃないか。
まあ、苦しむ間もなかっただけ、今までの散りざまよりはいくらかマシなのかもしれないけど。
それからとういうもの、俺は何度マグマにこの身を溶かされたのだろう。
ジャンプに次ぐジャンプを重ねて足場を渡ろうと試み続けた俺だったが、その挑戦は全て結果が実ることがなかった。
一応、いい線までは行く。だが、あと一歩というところでマグマにドッポーンと落ちてしまう。せめて、走り幅跳びの選手くらいの跳躍力があれば何とかなるのかもしれないが、俺は何せ……。
「凡人だからな。どうせ」
こんな愚痴をこぼしたのは、マグマへダイブした回数を数えるのが面倒になった頃だった。
今いるのは、ダークキャッスルの門の前。そう、俺が死を迎えるたびに送られる、もはや見慣れた場所だ。
「勇者がマグマに落ちて死ぬとか、普通初見殺しの一回だけとかだよな。それなのに、こんなすごい回数焼かれまくるとか、笑えてくるんだけど」
生き地獄と言うべきか、死に地獄と言うべきか。どっちでも該当するから、そこはどうでもいい。ただ、この果敢にマグマに挑んでは死にまくるというこの無限ループから、いい加減抜け出したい。
……こうなったら仕方がない。気は進まないが、あの自称神に頼るしかないか。
「おい、神。どうせそこらにいるんだろ。おーい」
返事がない。あのおっさん、とうとう耳が遠くなったのか?
「神。神ー! かーみーさーまー!」
「むぐむぐむぐ、ゴックン」
「……」
何だ? 今の咀嚼音は。脱力し過ぎて、ずっこけそうになっちまったぞ。
「タカシよ。人の食事中にやたらとキャンキャン騒ぐというのは少々常識に欠けるのではないか。私は今、とてつもなくクオリティが高いと評判の、超本格レトルトカレーを堪能しているところなのだぞ」
神がカレー? しかも、レトルトだあ? こいつと会話すればするほど、本当に神なのか疑わしくなるのだが。
「そんなレトルトカレーのことより、俺のことを気にしてくれよ。俺に、世界の行く末がかかってるんだろ?」
「まあ、そうだけどもね。でも、カレーだけは絶対譲れない。何せカレーは、アンパンとレモネードと馬刺しと奈良漬けとミートソーススパゲッティの次に好きな物だからな」
「そこそこ優先順位低いだろうが! それとも何か? 俺には、そのカレー以下の価値しかないっていうのかよ」
「だって、ずっとマグマの部屋でつまづいてるんだもん。そりゃあ、優先順位にも響くってもんでしょうよ」
「だったら、俺がちゃんと城を攻略できるように神としてしっかり導けよ。いいのか? 勇者がここでくじけても」
「あーっ、出た。これぞまさしくゴッドコン。嫌だねえ、人に頼らないと謎を解けない勇者って」
「うるせえなあ! あんまりそういうこと言うと、本当に使命放り出して帰るぞ」
はいはい。マグマに落ち過ぎて頭がゆで上がっちゃったんだね、かわいそうに。じゃあ、そんなタカシにヒントを出してやろう」
だから、ヒントじゃなくて答えそのものを与えろっての。
しかし、言っても無駄なのは薄々想像がつくので口には出さない。
「前の部屋の攻略に、薬を使っただろう。ほら、本に載っていた情報を使ったアレだ。それを、マグマ部屋でも利用するのだ。それに気がつかなければ、一生あの先には進めないぞ」
は? それなら俺、とっくに実行してるはずだぞ。何を言ってるんだ、この神の野郎は。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺、あの部屋に入るために薬使ったぜ? ほら、あの塗り薬的な使用方法を応用してさ」
「ちっちっち。タカシよ、中途半端な学習能力が仇となったようだな。私の言葉の意味がわからなかったのなら、あの薬とともに入手した本をよーく、よーっく読み直せ。これより多くは語らない。以上だ」
「あっ! また逃げる気だな。神コラ!」
神の声が聞こえなくなった後、俺はいつぞやにもやったように道具袋から本を取り出して片っ端から読みだした。
まもなく、俺は神が言っていたヒントとやらの意味を知った。
「……」
地獄の部屋まで戻ってきた俺は、無言でコポコポと煮えたぎるマグマを見つめていた。
「これが攻略法、ねえ」
そう無感情に言いながら取り出したのは、『ヒエビエーリン』が入っていた薬の瓶。そして、俺はそれをマグマの中へとポチャッと放り投げた。
最初は何の異変もなかったように見えたが、マグマは徐々に冷えて固まり、しまいには冷えてただの石の床になってしまった。
「こんな行動をとるのが正解だって、一体どこの誰がわかるっていうんだよ」
先程読み漁った本の中に、こんな走り書きが残っていた。
『ヒエビエーリンは、普通の瓶で保存すると質が悪くなりやすい。だから、ミゾレガラス製の瓶で保存すること』
さらに、ミゾレガラスとやらについての記述もあった。
『ミゾレガラスは、魔物が生み出した優秀なガラス。主に、薬品を保存する瓶として用いる。ただし、マグマに入れると一瞬で熱を奪ってしまう特性があるので、マグマの中に放り込んだりしないこと』
確かに、一度あんなポカをやらかしておいて本を隅々までチェックしようとしなかった俺も悪いのかもしれない。だが、一つだけ言わせてもらう。
「誰がこんな情報知ってるっていうんだよ! ミゾレガラスとか、んなもん知るかあ!」
どこまで、この城の謎解きというものは理不尽でわかりづらいものなのだろう。しかも、薬の話から攻略法とやらが若干それてるし。
「はあ……やってられねえよ。マジで」」
魔王の元に辿り着くまでに、俺はストレスで精神崩壊してしまうのではないだろうか……?




