第十九章 最終決戦! 【下】
「ふはははは! また現れおったか勇者よ!」
ああ、この高らかな口調が憎たらしくて仕方がない。
魔王が大口を開けて笑う姿を、俺は苦々しく口元を歪ませながら睨んでいた。
「どうした、勇者よ。相変わらず、我を前にして怖気づいているのか?」
「いや、そういうわけじゃねえんだけどさ」
ふかふかのクッションから尻を浮かせ、ゆっくりと立ち上がる。そして、ただひたすらに悩み続けた。
「甘き誘惑って、マジで何なんだ」
そう。俺はさっきから、ずーっとそのことで悩みまくっているんだ。先人が残した石碑によると、魔王は弱点の『甘き誘惑』とやらでたぶらかされない限り、とても人間には倒せない存在らしい。これがわからなければ、星の光を宿した剣も形無しってわけだ。
「うー……」
俺が持っているアイテムの中に、『甘き誘惑』になりそうなものなんてあったっけか? うーむ。
現在ぶっちぎりで魔王城攻略に貢献している魔界の塩はどう考えてもしょっぱいし、いつぞやに拾ったマグカップの底には、若干ホットミルクが注いであった痕跡が残っていたが、これに微量の砂糖が含まれていたって魔王を誘惑できるわけがねえ。あと、持っている物といったら……。
「早く何かして仕掛けて来ぬか! 待ちくたびれたぞ!」
「うおああああーっ!」
悩んでいる間に、消し炭にされちゃいました。
「ふはははは! 何度来ようとも同じことであるぞ!」
でもって、再び魔王戦に挑む俺。しかし、ここで悩んでいたらまたまた焼き殺されそうなのでどうにか時間を稼ごうと駄目元で話題を振ってみる。
「なあ、魔王よ。一つ尋ねたいことがあるんだが」
「何だ。話してみよ」
「何故、この落とし穴の下にこんなクッションなんか敷いてるんだよ。こんなもんがなけりゃ、落ちた衝撃だけで相手を殺せるだろうにさ」
「ほほう、そのことか。ふふふ、冥土の土産に語ってやるとするか」
よし、今だ。今のうちに、色々作戦を練るとしよう。
「我は真の勇者に対し、フェアな戦いをしたいと以前から考えておったのだ」
甘き誘惑、甘き誘惑、甘き誘惑……。
「だから、真の勇者たるものがこの隠し穴を発見することを予測し、クッションを敷いておいたのだ」
うーん。せめて、俺がもうちょい機転のきく奴だったらとっくに攻略法を導き出せているんだろうなあ。
「ここまで城のトラップを切り抜けてきた冒険者相手に、最後まで卑怯な手を使うというのも魔王のプライドというものがうずくからな」
あー駄目だ! 全く思い浮かばねえ!
「おい! 我にわざわざ尋ねておいて、話を聞かぬとは言語道断! 失せよ!」
「うおおおおーっ! ぎゃあああ!」
……話を聞いていないのがばれて、魔王にぶっ殺されたのは多分俺が初めてだな。
「また来たのか。いい加減こちらもしんどくなってきたぞ」
「うるせえなあ」
しんどくなってきたんだったら、さっさと世界征服なんてあきらめて魔界に帰れよ。
心の中で文句を言いつつ、魔王クージャの弱点についてひたすら悩む。悩むだけなんだったら、きっと城の前とかでやればいいんだろうけど、それじゃあ絵面が地味だからさあ。
……ん? 何かまた変なことを考えたような。ま、いっか。そんなことより、甘き誘惑が何なのかを考える方が先決だな。
「うぬぬぬぬー」
甘き誘惑といったら、やっぱ色仕掛けか? そんなもので魔王の気がそれるとでもいうのか? うう。でも、魔王の好みなんて……あ!
「あった。あったよ」
魔王に対し有効なアイテムを、俺は持っていたではないか。ははは、何でこんなインパクト絶大なアイテムの存在を忘れていたんだよ。おかしくて、おかしくてたまらねえ。
「くくく……」
「どうした、勇者よ。来ないならば、こちらから行くぞ」
ふっ、魔王め。余裕をこいていられるのも今のうちなんだからな。食らえ!
「そりゃあ!」
俺は道具袋に手を突っ込み、魔界の美熟女マルシェナちゃんの写真集を取り出し、一番過激なページを開いて魔王クージャの前に突きつけた。
「なっ……そ、それは……」
ふふふ。魔王め、好きな女の写真集に見とれて動けねえんだな。よし、その隙に剣を。
「きっ……貴様! 我の写真集を勝手に持ち出しおったな! しかも手袋もせず、じかに写真集に触れおって……許さぬ!」
え? こいつ、もしかして本格的なオタク様だったの?
「天罰覿面!」
「ぎゃええええーっ!」
何かさっきより、強い火力で燃やされちゃいました。とっても熱かったです。
「まーた来たのか。何度も何度も復活しおって。勇者というのは一体何なのだ」
「そんなこと、俺が知るわけねえだろうが」
魔王クージャは、かったるそうに玉座に腰かけながらブツブツ文句を垂れた。
こいつ、本当に世界を牛耳ろうとしているのか? 全く、風格も何もなくて全然魔王らしくない。
……ま、世界で一、二を争うくらい勇者らしくない俺が言うのも説得力に欠けるけどな。
「で、貴様から来ないのであればこっちからまた行くぞ」
「ま、待てよ。ちゃんと攻撃仕掛けるからさ」
何だ、このゆるーい空気。本当にこれ、ラストバトルなのか?
これだったら、いつぞやのドラゴン戦の時の方がよっぽど緊迫してたなあ。
「何だか、ものすごく不満そうな顔をしておらぬか」
「き、気のせいだよ」
ああもう、とうとう魔王にツッコミを入れられちまった。情けねえなあ。
既に帰りたくて仕方がないのだが、このままだと世界どころか俺自身の心の平和すら守れなさそうなので真面目に考えるとする。いい加減にしないと、また神からも文句が飛んできそうだしな。
「うぐぐぐ……」
思い出せ、タカシ。今まで入手してきたアイテムの中に、鍵を握っていそうなものはなかったか。お前が今まで汗と涙とおびただしい量の血を流して手に入れてきたアイテムの中に、魔王を打ち滅ぼしそうなものはなかったか。何か……何か。
「あ」
回想に回想を重ね、ようやく俺の脳内にピーンと来るものがあった。でも。
「いや、まさかそんな……」
信じたくない。こんなものが、かつて世界を救ったものだなんて、俺は絶対に信じたくない。だが、これしか『甘き誘惑』という言葉に当てはまるアイテムは存在していない。こうなれば、一か八か!
「行けーっ!」
俺は道具袋に手を突っ込むと、あるものをわし掴みにして魔王目がけてぶん投げた。
その、あるものというのは。
「おおお! それは、我が愛してやまぬ甘納豆ではないか!」
そう。城の序盤に冷蔵庫で発見した、甘納豆だった。
魔王クージャは宙を舞う甘納豆を視界にとらえるなり、凄まじい跳躍力でそれを受け止めてむさぼり始めた。
その姿は、もはやそこら辺にゴロゴロいそうなただの甘党。俺はその隙を逃がさず、星の光を宿した剣を振り上げて奴のがら空きの背中に向かって猛進した。
「正義の刃を食らえ、クージャよ!」
「ぐっ……ぐわあああっ……」
剣にその身を裂かれるなり、魔王クージャは苦悶の表情を浮かべてうめき始めた。傷からは血の代わりに黒い霧が吹き出し、段々と姿が薄れていく。
「がはあっ……ゆ、勇者よ。た、例えこの肉体が滅びようとも、我が魂までは滅ぼすことはできまい。く、くくく。我は、いつの日か必ず蘇ってみせる。か……なら……ず」
魔王の姿が完全に霧と化したかと思うと、それは俺から逃げるように上の方へと昇ろうとしていた。
このままでは、また同じ歴史を繰り返してしまう。そう思ったのとほぼ同時だった。
「タカシよ! その剣を霧に……魔王に向かって投げつけるのだ!」
「!」
いつになく、真面目な口調の神の声が胸に響く。
俺は咄嗟にその声に従い、なけなしの力を振り絞って魔王に向かって剣を投げた。
「そうはさせるか!」
「ぎゃあ……あ……あ……」
剣にはめ込まれていた星の欠片に、魔王の魂がこもった霧が吸い込まれていく。そして、それを全て吸収し終えると、役目を終えた剣は星屑のように散り散りになって砕けていった。
「終わった……」
ほのかな光を放ちながら散っていく剣の破片が舞う中で、俺は両膝をついてから呟いた。
そう、終わったんだ。とうとう、何もかも。長かった戦いに、ついに終止符が打たれたのだ。




