第十六章 即死トラップが止まらない!
強制復活させられた後に神からの説教をたんとかまされた俺は、ものすごく不機嫌になりながら城の探索を再開していた。
「ふえええっ!」
しかし、その探索というのが前途多難。まさに、地獄絵図そのものだった。
まず、メデューサにひどい目に遭わされた部屋の先に待ち受けていたのは、針山地獄だった。
ちょっと床に足を踏み出しただけでニョキッ! と棘が飛び出してきて、何度も勇者の串刺しが完成することとなった。あの一部屋を攻略するために、何万リットルの血を流したのかわかったものではない。
次に俺を待ち受けていたのは、あの有名な牛頭人身であるミノタウロスだ。屈強な腕で勢いよく振り回してくる斧攻撃はすさまじく、俺はギロチンにかけられるような罪なんて犯してないのに何度も首をはねられてしまった。
どうにかこうにか奴を葬ることには成功したが、その方法はちょっとセコかったかもしれないな。だって、奴がこっちに猛進してきたのを見計らって、素早く針地獄部屋の扉を開けて奴を串刺しにしてやったんだから。その後、火を焚いてステーキで空腹を満た……ゲフンゲフン。不適切な発言は控えよう。とにかく、こんな頭脳プレーで牛地獄を乗り切ったわけだ。
しかし、この城の即死トラップはこんなもんじゃ済まなかったわけだ。ミノタウロスがいた部屋の奥にあった階段を根気よく下りていくと、そこに待ち受けていた光景というのが……。
「何で城の地下にこんなもんがあるんだよ!」
毒の沼。毒の沼が、一面に広がっていやがる。
これのどこが即死トラップなのかって? 確かに、足を突っ込みさえしなければ死にはしないだろうと普通は考えるだろう。だが、俺は生憎凡人なんだ。残念ながら、そういうわけにはいかなかった。
「うえっ……ガクッ」
情けないことに、周囲に漂う毒が溶け込んだ空気を吸い込んだだけで俺は天に召されてしまった。
でもって、俺は強制復活させられた後に神に……(以下略)それを攻略するために、どうにかこうにか試行錯誤を繰り広げた。
その、攻略法とは……じゃじゃん! 毒の部屋の直前で思いっきり息を吸い溜めしておき、鼻をつまんで毒沼を踏まないようにしつつ一気に駆け抜けることだった。
何の創意工夫もない、当たって砕けろ的な方法でピンチを切り抜ける。仮にもここは魔王城だっていうのに、いいのか? これで。
そんなこんなで城の奥深くまで進んだ俺は、ある小部屋まで行き着いた。そこは一見、先に進むための扉があるというだけの何の変哲もない部屋だったが、その奥にはちょこんと台座らしきものが置かれていた。
「ん?」
その台座に置かれている物というのは、いかにも神々しい雰囲気の小瓶。中には、キラキラと輝く液体が入っており、それを見た瞬間俺の中でピーンと何かがひらめいた。
「あれが、女神の祈りなんじゃねえのか?」
女神の祈り。そう、星の欠片に祈りを込めるために必要な、あの女神の祈りだ。てっきり、宝石か何かだと勝手に思い込んでいたのだが、まさか液体だったとは。
「うん。間違いねえ。絶対あれは女神の祈りだ」
よくよく見ると、小瓶に擦り切れた字で『女神の祈り』と書いてある。流石は俺。こういう勘だけは、人一倍強いんだなあ。
……ま、この鋭い勘が何の役にも立っていないという事実からは全力で目を背けるとして。
「さて、どうやって取ればいいものか」
ここでお馬鹿さんなら、きっと「わっほーう! 女神の祈りだあー」とか何とか言いながら台座まで直進していくのだろう。だがしかし! この城は、即死トラップにまみれまくっているのだ。このまま突撃すればおそらく……死あるのみ。
「よし、ここは……」
このパターンの罠ってのは大体、端を通れば何も起こることなく攻略できる仕組みになってるもんなんだ。そもそも、城の序盤でも同じパターンの即死トラップに遭ってるし。
「ふっ。伊達に何度も死んでないってわけよ」
勇者としての学習能力、ここに極まれり。えっへん。
「さて、つまりは左右のどちらかを通ればいいってわけだな。城の最初の方の罠は、確か」
左。そう、左の壁際を通るのが正解のルートだったな。となると、左に進むのが正解という可能性は低いのではないだろうか。城に同じ罠を仕掛けておいて、同じルートを正解にする馬鹿なんているもんか。
「じゃあ、右に進むのが正解っと」
ふん。こんなの余裕さ。鼻歌混じりにスキップをしながら、俺はルンルン気分で進んでいった。
これで、最強の武器にぐっと近づける。そう思った瞬間だった。
「うっ!」
突然、脇腹辺りに激痛が走った。身につけている服が、じっとりと湿っていくのをひしひしと感じる。
薄々その正体がわかっていながらも、俺はゆっくりと痛みを感じる部分に手を当てた。
「な……なんじゃあ、こりゃあ!」
ぶっすりと見事に突き刺さる矢に、傷からどろどろと噴き出る血。うう、察するに、壁から高速で矢が飛んできたってところか。
「でも……これ……で」
ふふっ。いいんだ、これで正解のルートがわかったのだから。やるじゃねえか、クージャよ。一回正解だったルートと同じルートを正解にするなんて、お主もなかなかの悪よのう。
無様な死に方には変わりないのだが、俺の死に顔は今までで一番安らかだったに違いない。
「さーて、戻ってきたぞお」
ノリノリのハイテンションで戻ってきた俺は、気合を充分に入れまくっていた。
何せ、正解のルートを死をもって学んだのだ。ここで張り切らずにいられるかってんだ!
「あそこで光る、女神の祈りを手にさえすれば」
最強の武器を手にする条件の一つを、満たすことができる。そうなれば、もう恐いものは……うひひ。
「……おっと。ちょっとゲスっぽい顔になっちまった」
いくら何でも、勇者という肩書きを背負っている身としてこの表情はまずいよなあ。顔をパンパン叩いて、と。よし。これで準備完了だ。
「あとちょっと、あとちょっと」
顔面の支度をしっかり整えた後、俺は左側の道を着々と歩んでいった。
女神の祈りまで、あと少し。もう少しで、この手に掴み取ることができる。あと三歩……二歩……いっ……。
「ぽ?」
あれ? 何か足元に感覚がないのですが。
甚だしい違和感を覚えた俺は、ちらっと足元に目をやった。
「あ……」
ない。本来あるべき場所に、床がない。て・こ・と・は?
「うわあああーっ!」
俺は情けない悲鳴を上げながら、深い深い闇の中へ落ちていった。うう、これが正解っていうのがセオリーだってのに、まさかの落とし穴かよ。悔しい思いをしながら俺は抵抗むなしく落下していき、無駄に命を落と……?
「あれ?」
してない。重力という名の絶対的な力に逆らえないまま落下したはずなのに、どこにも痛みを感じない。いつのまにやら、俺の尻には何やらふかふかとしたものが。
「クッション?」
何か知らないが、めっちゃふかふかしたクッションが、俺の尻の下に置かれている。そうか、これのお陰で命拾いしたのか。うむむ、めずらしいこともあるもんだ。
めずらしいついでに、周囲をよく観察してみる。どうやらここは、暗い洞窟のような空間の中のようだ。顔を上げて先の方を見てみると、そこには青白い炎が灯った燭台が二つ並んでおり、その間には豪華な玉座らしき物体が。
……え? 何この展開。ものすっごく、嫌な予感しかしないんですけれども。
俺の額に大量の冷や汗が流れ出したのと同時に、玉座に黒い霧がもやもやと現れ出した。
「ふはははは! よくぞ我が元まで辿り着いたな、勇者よ!」
高らかな声が、そこらじゅうにこだまする。そして、黒い霧だったものが徐々に形を成していった。
臙脂色のマントをなびかせた、漆黒のローブを身にまとった男が佇んでいる。比較的人間みたいな外見をしているが、猫のように細く、紫色に染まった瞳が、奴が魔の存在であることを示していた。口元には微笑をたたえ、こちらを小馬鹿にしているような顔をしている。
「あ……ええっと。あのー」
もしかして。いや、いやいやいや。ま、ま、ま、まさかまさかまさか!
「我こそが、魔王クージャ! この世界を手にするものだ!」
えええええーっ!
何で、落下先に魔王さんがちゃっかり存在してるんだよ! こんな展開、前代未聞! 空前絶後! 魑魅魍魎! 森羅万しょ……ん? 何か違うな。でも、とにかく。これはどう考えたっておかしいだろうがよ!
「ふはははは! 怖気づいたか、勇者よ。特に何もしないのであれば、こちらから行くぞ」
いや、ちょい待って。いや、たんま。ウェイト! ウェイト! ウェイト! 今、魔王戦に突入させられたって、何の準備も……。
「滅びろ、勇者よ。闇の力を思い知るがいい!」
「ぎょえええええええーっ!」
魔王クージャは、指先から真っ黒に染まった巨大な火球を俺に向かって飛ばした。俺はみるみるうちに炎に包まれ、身体の芯まで焼き尽くされた。
百歩譲って、落とし穴に落ちてオダブツなんだったらまだあきらめがつく。でも、落とし穴にひゅーんと落ちた先で、魔王が出てきてこんにちは。これは、いくら何でもひど過ぎるだろうよ。
……即死トラップ、マジで止まってくれねえかな。止まらないのは、ロマンティックだけで充分なんだよ。




