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第1話:「子守唄など要らぬ」と、その公爵様は私を見もせずに言った

数ある作品の中から、本作を見つけてくださりありがとうございます。

霧島きりしま 結衣ゆいと申します。


「冷酷なはずの旦那様が、ヒロインにだけ見せる不器用な甘さ」

「無能と蔑まれた少女が、世界で一番必要とされる逆転劇」


そんな、胸が熱くなるような物語を全力で描いてまいります。

もし少しでも「おっ、気になるな」と思っていただけましたら、

下にある【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】で応援いただけると、

執筆の大きな、大きな励みになります。


眠れぬ城に差し込む、子守唄のような物語を、どうぞお楽しみください。

「――まったく、お前は本当に、家名の役にも立たない娘ねぇ」


 扇子の先で顎を持ち上げられ、私は静かにその冷たい視線を受け止めた。

 義母――ハーゲン伯爵夫人の目は、まるで掃きそびれた埃を見るように、私を映している。


「返事は? 今日からお前は、東の果ての『眠れぬ獅子』に捧げられる生贄いけにえになるのよ。光栄に思いなさいな」


「……はい、お母様」


 私はこうべを垂れた。

 反論など、もう何年も前に忘れてしまった。


 私の名は、セレスティア・フォン・ハーゲン。

 ハーゲン伯爵家の長女でありながら、屋敷の中では使用人以下の扱いを受けてきた「無能令嬢」だ。


 この国で貴族が尊ばれる理由は、その血に宿る「魔法」にある。

 義妹のアマーリエは、舞台の上で光の礫を躍らせる、華やかな「歌唱魔法」の才に恵まれた。

 対して、私に宿ったのは――ただ、人を眠りへ誘うだけの、ささやかな「歌」。


 攻撃もできず、舞台も飾れない。

 「子守唄しか歌えない無能」と、父からは「ハーゲンの恥」と罵られてきた。


 そして今日。

 私は、王国の東の最果て――嵐の絶えぬ辺境を治める、ヴァルトハイム公爵のもとへ嫁ぐことになった。

 表向きは政略結婚。

 だがその実態は、あまりに強大すぎる魔力ゆえに夜ごと嵐を呼び、「眠れぬ獅子」と恐れられる公爵を鎮めるための、文字通りの生贄だった。


(……せめて、あの方の安らぎになれたら、いいのだけれど)


 持たされた荷物は、古びたトランクひとつ。

 着せられたのは、二季前の流行遅れの薄いドレス。

 見送りの馬車すら、屋敷の裏口に回された、荷運び用の粗末なものだった。


「お姉様、さようなら! あちらでも、その“馬小屋の子守唄”でせいぜい眠っていてね? ……まあ、お姉様の歌じゃ、嵐の獅子様はねずみ一匹眠らせられないでしょうけど!」


 義妹の高い笑い声を背に、馬車は走り出した。

 窓の外、見慣れた王都の景色が遠ざかっていく。

 そこに、未練は欠片もなかった。


 ◇◇◇


 東へ向かう道のりは、過酷そのものだった。

 穏やかな王都の空は、進むほどに鉛色へと変わり、やがて、絶え間ない風の唸りが馬車を揺らし始めた。


 公爵領に入った瞬間、空気が変わった。

 肺に吸い込む風が、砂粒混じりに喉を削る。

 薄いドレス一枚の私の体は、すぐに芯から冷えていった。


「……寒い」


 奥歯が鳴る。

 私は胸に手を当て、ささやかな旋律を喉の奥に呼び起こそうとした。

 幼い頃から、寂しい夜はいつもこうしてきた。歌だけが、私の味方だった。


 やがて、嵐のカーテンの向こうに、巨大な影が見えてくる。


 切り立った崖の上にそびえる、灰色の城――ヴァルトハイム城。


 その尖塔の周りでだけ、稲妻がのたうつように瞬いていた。まるで、城そのものが眠れずに苦しんでいるかのように。


 馬車が止まり、扉が開かれる。


「……セレスティア・フォン・ハーゲン様ですね。お待ちしておりました」


 出迎えたのは、銀の甲冑を纏った、凛とした女性だった。

 腰には剣。隙のない立ち姿。

 公爵の側近にして騎士団長――後にブリュンヒルデと知る人だ。

 彼女は私の薄着を一瞥し、わずかに眉をひそめたが、すぐに表情を消した。


「閣下がお待ちです。こちらへ」


 城の中は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 けれど、その静けさは、安らぎの静けさではない。

 張り詰めた、息のできない静寂だった。


 長い廊下の突き当たり。

 重い扉が開かれた瞬間、私は息を呑んだ。


 広い執務室の奥。

 窓を打つ稲光を背に、その人は椅子に深く身を沈めていた。


 ジルヴェスター・フォン・ヴァルトハイム。


 漆黒に、稲妻のような銀の筋が走る髪。

 彫刻のように整いながら、どこか生気を失った蒼白い顔。

 そして、私を射抜いたのは――幾晩も眠っていない者特有の、底にくまの沈んだ、暗いこんの瞳だった。


「……それが、今度の生贄か」


 その声を聞いた瞬間、背筋が強張った。

 低い。けれど、どこか今にも崩れそうなほど、擦り切れた響き。


 彼はゆっくりと立ち上がり、私の前まで歩いてきた。

 近づくたびに、空気がびりびりと痺れる。彼の中で荒れ狂う魔力が、肌を通して伝わってくるようだった。


「ハーゲン伯爵家は、随分と貧相な娘を寄越したものだ。これでは、私の眠りを鎮めるどころか、この城の風に一晩ともたずに飛ばされるだろう」


 ひどい言い草だった。

 けれど、不思議と、義母たちの罵倒よりも痛くはなかった。

 彼の瞳の奥に、誰も近づけまいとする孤独と、深い疲労が見えたから。


「……申し訳ございません、閣下。不束者ふつつかものですが、精一杯、務めさせていただきます」


 震える声で、私は精一杯の礼を尽くした。

 ジルヴェスター様は、ふん、と短く息を吐き、窓の外の嵐へと背を向けた。


「勘違いするな、セレスティア。子守唄など要らぬ。私はもう、何年も眠っていない。眠れば嵐が人を殺す。お前の歌ごときで、この呪いが解けると思うな」


 突き放すような、残酷な宣告。

 けれど私は、その背中に向かって、静かに告げた。


「お気遣い、ありがとうございます。……ですが、私はここに残りますわ」


 彼の肩が、わずかに揺れた。


「……好きにしろ。ブリュンヒルデ、この娘を寝室へ。朝、冷たくなっていなければ、それでいい」


 それが、私の夫となる人との、最初の会話だった。


 案内された寝室には、寒々しい石壁の中に、ふかふかの寝具と、温かいスープが用意されていた。

 実家では、冬でも氷の張ったスープしか与えられなかった私には、それは何よりの贅沢だった。


 私は一人、窓を打つ嵐を見つめる。


(愛されなくていい。期待もされなくていい。……ただ、ここが私の居場所になれば)


 けれど、この時の私はまだ知らなかった。


 その夜更け、「婚姻の儀」という名目で寝室を訪れた彼の前で、

 私が思わず口ずさんだ、たった一節の子守唄が、

 数年ものあいだ眠れなかった「眠れぬ獅子」の呪いを、初めて凪がせてしまうことを。


 嵐の城に、初めての寝息が落ちるまで――あと、数時間。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

「子守唄など要らぬ」と突き放した公爵様が、いつ、どのように陥落していくのか――気になっていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価】での応援をお願いいたします。

皆様の応援が、眠れぬ城に寝息を取り戻す、セレスの子守唄になります。


次回、第2話「暴走する魔力と、震える喉の奥の旋律」でお会いしましょう。

当面は1日3話投稿予定です。ブックマークしてお待ちください。


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