第42話 湖面でスワンをこぎまくる
地底の湖に浮かぶスワンに乗り込んだおれたち。
どうやらふたりでペダルを踏んでこぐタイプのもののようだ。
まさか謎の大陸の地底に来て、人間の姿でハクチョウのスワンをこぐことになるとは思わんかったよ。
人生(犬生)とは、じつにわからんもんだね。
ということで、おれとチャウ丸でスワンのペダルをこぎこぎ。
もしかすると、このスワンも地球とつながる噴出口から飛び出てきたものなんじゃないかな。
湖面には波ひとつなく、とても静か。
なんだかみんなで大きな池のある公園にでも遊びに来たみたいだな。
「これまでも何度かここからタンニシへ向かった者がおるんですな」とキング。
そのときもスワンに乗ったってことすか。
「じゃあ、だいじょうぶですね」と気楽さをよそおった声でチャウ丸。
「その多くが消息を絶った」
ア、アカンやん······
チャウ丸の足がぴたりと止まり、ペダルが一気に重くなる。
「やはり娘たちもここを通ったのじゃろう」とヘルツさんが寂しげにぼそり。
シーン。
しんみりとした空気が湖にただよう。
と、そこで湖面がザブンと揺れた。
エッ、さっきまですごく静かだったじゃない?
もしや涙を誘う話を聞いた湖が、ホロッと感動したとか?
そんなわけがなく、すぐに水面から何かが伸びてきた。
ゲゲッ!
な、なんだこの気色わるいのは?
「テイストプラントじゃな」
プラント? 植物ってこと?
ああ、たしかにそれは、呪われた樹木の枝に見えなくもないな。
地球の植物も根は脳みたいなもので、その先には信号伝達組織があるなんて言うもんね。
この異世界に知性を持った植物がいてもおかしくないわけだ。
「こぐぞ!」
チャウ丸が声をあげ、思いっきりペダルをこいだ。
グイッグイッグイッグイッグイッ――
そのあいだも、トゲのついた細長い植物が何本もスワンめがけて伸びてきた。
バシャンと豪快に水面を叩き、たくさんの水滴が飛んでくる。
シャムりんは必死に腕を振り回して追い払っている。
そこで後方の湖面から――
ズググググググググググッ
ドーッン!
エッ、エッ、だ、大爆発? なんで? 海底噴火?
しかも、超弩級の盛大な水しぶきが上がっている。
ど、どーなってんだよ!!
誤って地獄の蓋でも開けちまったのか?
スワンが大きく揺れ、ひっくり返りそうになった。
転覆するところをギリギリで耐え、気合いでこいでたら、後方から大波が押し寄せてきた。
ギャャャャャャャャア――
迫ってくる水に押されて、スワンが一気に加速。
流されるままに着岸し、急いで陸に上がった。
「おいっ、何か飛んできてるぞ!」
見ると、水しぶきが上がった場所から、いろいろ吹き出ているじゃないか。
ドンッ、バンッ、ギャシャンッ!
陸地の前方に自転車のサドルやら洗濯機の蓋やらラクロスのスティックやらが、どんどん落下している。
飛んできたボロボロの傘を広げて逃げるチャウ丸。
おれとシャムりんは両手で頭をガードして、避難訓練ばりに身をかがめながら猛ダッシュだ。
えっ、えっ······ヘルツさん、すごっ!
キングはまるで背中に目がついているかのように、ひょいひょいとかわしているではないか!
ご老体なのに、なんて身の軽さだ。
このおじいさん、ただ者じゃないとは思ってたけど、ハンパねーぞ!
さすがはヤメーメ王国を統括する者。
そう思っているあいだも、テニスラケットやホットプレートがすぐそばにどんどん落ちてくるからたまらんよ。
地球のごみが噴出口から飛んできてるのか?
そういや地球とつながるルートはいくつもあるって言ってたもんな。
その光景といったら、世界の原初のカオスでも見てるかのようだぜ。
すると前方に梅林が見えた。
おれたちは無我夢中で飛び込んでいった。
ようやく物は飛んでこなくなったが、それにしてもずいぶん不気味な場所だな。
そこらじゅうに蔓草が生え、どす黒い土の地面とモヤだった空気が黄泉の国を思わせる。
さらに歩くと桃の木があった。
こんな地底でどうやって光合成やってんだ?
地球にはおよそ六万種の木があるらしいが、たぶんこの樹木はおれが知るようなものではなく、魔波か何かを養分にしてるのかもね。
「なんか腹へったな」
チャウ丸は木にたわわと実った桃を見ているが、見知らぬ場所の食べ物に手をつけるのをためらってる様子だ。
「いや、これは食べないほうが無難だよ」とおれ。
ヤメーメの食堂で腹こわしたばっかだし、よくわからんものは避けたほうがいいって。
そこでキングが前方を見据えながらこう言った。
「すでにタンニシ王国の領地へ入ったようじゃの」
おお、マジすか。
ここまで来たら、もう引き返せんよね。
マガハラ大陸の地底は、気を抜けるところが一瞬もないってのはよくわかったよ。
だってこの世のものとは思えない光景の連続だからね。
でもさ、どんな生物であれ命あっての物種だし、ムリはしたくないじゃない?
前方を見ると、地面に何か落ちている。
鉄砲?
「火縄銃じゃ」
「なんでまたこんなところに······」
「このへんでは硝石が採れるからの。タンニシはあらゆる戦術に長け、新型兵器や媚薬の発明でも有名じゃ」
硝石に硫黄と木炭を混ぜれば爆発性の強い粉末ができるから、ここから採って火薬のもとを作ってたのかな。
ただ媚薬も有名ってどういうこと?
鉱石から錬金術で媚薬を調合するとか?
さっぱりイメージが湧かんが、なんだかタンニシのそれは、中国の火薬、印刷術、羅針盤の三大発明みたいだな。
あっ、あれってまさか土器?
いびつな形をしたものは、炎をかたどった土器に見える。
ジーコの知識によると、縄文時代頃に人間のあいだで使われていたものらしい。
「あれは、土偶ですかね?」
まさか古い時代にでも迷い込んじまったとか?
さらに歩くと無造作に置かれた、たくさんの水瓶。
「あの中には毒の水あめが入っておろうかの」
またまた、ご冗談を。
でもキングの口調にはそれほどおふざけの様子はない。
一休さんのエピソードに毒の水あめの話があるよね、とジーコの知識が教えてくれる。
そこでおれたちの前に巨大な建造物が立ちはだかった。
「これって······」
ワワワ、わんだこれは······おれも絶句だ。
それは石でできた巨大倉庫にも見えるし、どっかの星から遠路はるばるやってきた化け物にも見えますぞ。
「おそらくは遺跡じゃろう」
そんな建造物の壁には絵が描かれている。
ん? あれは犬の絵じゃないか。
古代エジプトでも犬の壁画が描かれたって聞いたことがあるな。
さらに歩くと、べつの絵が姿を現した。
それはさっきのシンプルな犬とはちがい、ずいぶん入り組んだものだ。
「あれは曼荼羅でしょうか」
とてつもなくでかい曼荼羅が、巨大壁画として見事なまでに描かれてある。
と、畏怖の念をいだいたのも一瞬のこと。
その曼荼羅からモワッと何かが出てきたのだから、驚きで喉ちんこがブリンッてめくれそうになったよ。
神秘なパワーがあふれ出てきたか?
いいや、ちがうね、ありゃ、生き物ですよ。
しかも、たぶんろくでもないタイプのものですな。
だって、鈍色に発光するハチみたいなのがうじゃうじゃ、たかっているんだもん。
「スパイスアントじゃな」
「なんですかソレ?」たまらず尋ねるチャウ丸。
「皮膚の下に卵を産みつけて生気を根こそぎ吸い取り、それをエネルギーに換えて町に供給するのだとか」
ほほう――これまたユニークな。
ミツバチは一生かけてスプーン一杯分の蜂蜜を集めるなんていうが、あのいびつな発光虫は生気を集めて社会貢献するってわけね。
「ヤメーメにもいろんな生物がいますよね」
おれはテーマパークの地下で見た光景を思い出しながら言った。
「ああ、じつにさまざま。ほとんどは把握できておらんが、この大陸はそんな知られざる生物たちのものとも言えようね。この大陸で暮らす我らは、たまたま人間に憧れて集っただけの者」
「襲ってきたりはしませんかねえ」
「くるよ」
えっ? またまたヘルツさん、そんなにサラッと······。
旅に出る以上、こういったトラブルはキングの中で織り込み済みなのかもしれない。
「逃げましょうか」
「ああ、それがよかろうね」
キングが気軽に答えたのと、うじゃうじゃいるスパイスアントがワッとこっちに迫ってきたのが同時だった。
おれたちは巨大建造物に沿って走った。
あんなのにつかまったら最後だもんね。
おれの能力なんぞたかが知れてるが、それでも脳をジュジュジュッて吸い取られて、このよくわからん地底でのたれ死ぬだろうよ。
それこそ犬死にじゃないか!
走る、走る、走る······肺が空気を求めている、それでも必死で走る。
ハァハァハァ······。
持久力重視の走行だったイヌの頃は、走るのが得意だったはずだ。
すっかり安楽な暮らしに浸った代償が、ここに来てからだにのしかかってきたのかな。
今のおれの体力は、蚤の小便、蚊の涙ていどかも。
ジーコとの散歩のとき、もっと走っとけばよかったぜ。
そこで前方に――
ゲッ――ま・も・の・だ!
あっちゃー、アンタらには出会いたくなかったよ。
でもこういう出会いは選べないもんね······。
湖は芦ノ湖や井の頭公園?のイメージです。。




