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第十四話:戒律破壊(ルールブレイク)、響き合う魂


「――そのルールよ、響きを失せろ(キャンセル)!」


凪の魂からの叫びが、犬童イツキ(ルーラー)の絶対的な《ディクテーション》を打ち破った。それは、このNexus Square(ネクサス広場)に君臨する支配者にとって、初めての想定外。初めての「エラー」だった。

ルーラーの能面のような顔に、初めて明確な「驚愕」の色が浮かぶ。自身の定めた法則が、ただの「声」によって霧散させられた。その事実は、彼の論理的な思考回路を激しく揺さぶっていた。


「ポーン、すごい! 今の、やったね!」

後方に着地した陽乃花――スパークルが、興奮した声を上げる。

「……ああ、いける。これなら……!」

凪もまた、自分の喉に手を当て、確かな手応えを感じていた。これが〈Echo Drive〉。自分の感情と「響き」を力に変える、新たな戦い方。


「面白い……実に、面白い。記録にないパラメーター、予測不能な干渉。あなた方は、私の完璧な“秩序”を乱す、興味深いバグですね」

ルーラーは、驚愕から一転、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような、あるいは未知のプログラムを解析しようとする研究者のような、歪んだ好奇心の光をその瞳に宿した。

「ならば、そのバグがどこまで私のシステムに通用するのか、さらにテストしてしんぜましょう」


彼の言葉と共に、周囲の空気が再び震える。今度は、一つのルールではない。複数のルールが、同時に、そしてより複雑な形で空間に刻み込まれていく。

「《ディクテーション》――『戒律7:この領域内の運動エネルギーは10秒ごとに半減する』『戒律8:詠唱による異能は、単音モノラルでは効果を発揮しない』」


「なっ!?」

スパークルの身体が、急に重くなったかのように動きが鈍る。自慢のスピードが、強制的に削がれていくのだ。

凪もまた、一人で声を発しても、それが以前のような衝撃波にならないことに気づく。

単音モノラルでは効果がない……? ちっ、つまり、オレ一人じゃダメで、陽乃花と声を合わせんと、さっきみたいなことはできひんっちゅうことか!」


「ご名答。あなた方の連携という“バグ”には、連携でしか発動できないという“枷”を。これで、先ほどのような小細工は通用しませんよ」

ルーラーは、瞬時に二人の力の特性を見抜き、的確な対策を講じてきたのだ。彼の戦闘知能は、これまでの敵とは比較にならないほど高い。


「くっ……! 動きが……遅い……!」

スパークルは、低下していくスピードの中で必死にルーラーへ肉薄しようとするが、その動きは完全に読まれ、軽くいなされてしまう。

「スパークル! 無理に攻めるな!」

「でも、このままじゃジリ貧だよ!」


凪は必死に思考を巡らせる。声を合わせなければならない。だが、運動エネルギーが半減していくこの領域では、スパークルが敵の攻撃を掻い潜りながら、凪のそばで声を合わせることは至難の業だ。

(クソッ、どうすれば……! どうすれば、オレたちの声を、響きを、あいつに届けられる……!)


その時、凪の脳裏に、陽乃花と交わした会話が蘇った。

『あたしは雪村陽乃花! 19歳! ……特技はカラオケと、あと、ちょっとだけバレエやってたから、体は柔らかい方かな!』

『凪くんも、色々あったんだね……あたしも、師匠がいなくなって、すっごく寂しかったし……でも、凪くんと会って、一緒に戦って、なんか、一人じゃないんだなって思えたよ』

彼女の過去、彼女の想い、そして、彼女と心を通わせた記憶。


(そうか……合わせるのは、声だけやない。心や。想いを、重ねるんや……!)

凪は、一つの可能性に賭けることにした。

「スパークル! オレの“歌”を聴け! そして、それに合わせろ!」

「えっ、歌!?」

戸惑うスパークルをよそに、凪は深く息を吸い込み、詠唱を始めた。それは、ただの叫びではない。旧0番線ホームで芽生え、カラオケで形になった、彼自身の「魂の歌」。


「――灰色の空、虚ろな瞳、届かぬ声……!」

凪の悲痛な詠唱が、広場に響き渡る。それは、彼が抱えていた虚無感そのもの。

スパークルは、その歌を聴いた瞬間、ハッとした。それは、自分もまた、NEO-FUKUOKA CITY(ネオ-フクオカ・シティ)に来てから感じていた、あの孤独な心の風景と重なったからだ。


「だが、一人じゃないと、君が笑う……!」

凪の歌声に、希望の色が混じる。それは、陽乃花との出会いを歌ったもの。

スパークルは、凪の想いを理解した。彼女は、ルーラーの牽制を掻い潜りながら、凪の歌に自分の声を重ねていく。

「――だから、もう一度、手を伸ばすの!」

彼女の力強いハーモニーが、凪の歌声と完璧に重なり合った。


「なっ……これは……!?」

ルーラーの顔に、再び困惑の色が浮かぶ。二人の歌声が共鳴し、強力な「響き」となって、彼の《支配領域》のルールそのものを揺さぶり始めたのだ。『運動エネルギー半減』のルールがノイズ混じりに明滅し、効果が著しく低下していく。


「面白い……実に興味深い。感情の同期による、法則への干渉だと? そんな非論理的な現象が……!」

ルーラーは、理解不能な現象を前に、初めて焦りのようなものを見せた。

「私の“秩序”を、そんな曖昧なもので乱されてたまるか!」

彼は、さらに強力なルールを発動しようとする。

「《ディクテーション》――『この領域における、全ての“音”を無効化する』!」


それは、凪たちの〈Echo Drive〉を根源から封じる、絶対的なルール。

しかし、そのルールが完成するよりも速く、完全に動きを取り戻したスパークルが、閃光となってルーラーの懐に飛び込んでいた。

「遅いよ、ルール野郎!」

リミッターを解除した彼女の脚が、ブースターの轟音と共に、ルーラーの胴体にめり込む。

「《スパークル・インパクト》!!」

ドゴォォン! という凄まじい衝撃音と共に、ルーラーの身体が初めて大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「ぐっ……! まさか、この私が……人間如きの物理攻撃で……!」

初めてダメージを受け、瓦礫の中から立ち上がったルーラーの黒い装束には、亀裂が走っていた。その瞳には、もはや好奇心はなく、純粋な怒りと殺意が宿っている。

「許さん……許さんぞ、秩序を乱す者どもめ……!」


彼の全身から、これまでとは比較にならないほどの禍々しいオーラが噴き出す。

「私の領域を汚した罪、その存在の消去をもって償わせてやろう」

「《ディクテーション・マキシマム》――『戒律執行:対象“ポーン”、“スパークル”の存在データを、この領域から完全に“削除”する』」

広場全体が、絶望的な紫色に染まっていく。これは、単なる行動制限ではない。二人の存在そのものを消し去ろうとする、究極のルール。


「ポーン!」

「スパークル!」

二人は、互いの名を叫びながら、迫りくる消滅の奔流に立ち向かおうとする。

だが、今の二人の力では、この絶対的なルールを防ぎきることはできないかもしれない。


((アカン……! これが、あいつの全力か……!)

凪の脳裏に、再び敗北の二文字がよぎる。

その時、胸ポケットの中のペンデバイスが、まるで心臓のように、温かい光を放ちながらドクン、ドクンと脈打ち始めた。そして、凪の頭の中に、直接、文字ではない、一つの澄み切ったメロディが流れ込んできた。

それは、彼が初めてヴァルドギアに接続するきっかけとなった、あの「@Yui_Musubi」からのコメントに込められていた、言葉にならない「想い」の旋律。凪が心のどこかでずっと感じていた、あの懐かしくも切ない音色だった。

(このメロディは……! まさか、@Yui_Musubi……!?)

凪は驚愕する。声ではない。言葉でもない。だが、そのメロディは、凪に何をすべきかを明確に示していた。

「今、わたしの想いを君に託す。あなたの言葉で、本当の奇跡を見せて」と、そう語りかけているかのように。

@Yui_Musubiの想いの旋律が、ペンデバイスを通じて凪の全身に流れ込んでくる。それは、まるで乾いた大地に降り注ぐ恵みの雨のようだった。

失われたはずの「書く力」の感覚が、そして覚醒したばかりの「声の力」が、このメロディと共鳴し、融合し、新たな次元へと昇華していく。

「これが……オレと、陽乃花と、そして……あんたの!」

凪は、ペンデバイスを強く握りしめ、天に掲げた。


「いくで、スパークル!」

「うん、ポーン!」

凪の隣で、スパークルもまた、自らの全エネルギーを解放し、ピンク色の閃光を纏っていた。

二人のバトラー《戦う者》が、そして、世界を観測する謎の存在の「想い」が、今、一つになる。

絶対的な「ルール」による消滅か、それとも「魂の響き」による奇跡か。

TENJIN COREテンジン・コアでの決戦は、ついに最終局面を迎えようとしていた。


(第十四話:了)

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