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「再生数2の底辺フリーター、SNSが武器になる異能都市で成り上がる」 ―― ヴァルドギア:FUKUOKA LOSTLINK ――  作者: DD22


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第十三話:会える条件



 朝、スマホが震えていた。


 凪は布団の中で目を開ける。


 天井。


 六畳一間。


 雨の匂いが抜けきらない黒いパーカー。


 枕元に転がったボールペン。


 NEO-FUKUOKA CITYネオ・フクオカシティの下層住宅区。


 いつもの部屋だった。


 でも、スマホだけがいつもと違った。


 通知が、まだ増えている。


「……うるさ」


 凪は画面を開いた。


 自分の投稿した曲。


 タイトルは「誰にも届かへんこだま」。


 昨日まで、再生数は手で数える程だった。


 今は、数字が変わっていた。


> 再生数:186

>

> コメント:7

>

> いいね:24


 凪は、しばらくそれを見た。


 画面を閉じる。


 もう一度開く。


 数字は戻らない。


「……なんやこれ」


 コメント欄を開く。


『昨日おすすめに出てきた。声いい』


『歌詞、ちょっと刺さった』


『音質は荒いけど、なんか残る』


『この人ほかに曲ある?』


『誰にも届かへんってタイトルなのに届いてるやん』


 最後のコメントで、凪はスマホを伏せた。


 顔が熱い。


 嬉しい。


 認めるのが腹立つくらい、嬉しい。


 再生数186。


 世間から見れば、何でもない数字だ。


 でも凪にとっては、知らない誰かが自分の部屋まで来たみたいな数字だった。


「……届いとる」


 口に出すと、胸の奥が少し痛んだ。


 昨日、VALDGEARヴァルドギアで得たFOLLOWERフォロワー


 ほのかと組んだDUO MATCHデュオ・マッチ


 SPARKLEスパークルのフォロワーが、凪の言葉を見た。


 その熱が、現実の投稿に流れ込んでいる。


 これは、自分だけの力ではない。


 それでも。


 スマホの中の7件のコメントは、誰かが自分の音を聴いた証拠だった。


 別の通知が重なった。


> @yui_musubi

>

> おめでとう


 凪の指が止まる。


 続けて、白い文字が浮かぶ。


> KNIGHTナイトになったね

>

> 少しだけ

>

> 近づける


「近づける……?」


 通知は続いた。


> 会える条件

>

> ひとつ目

>

> FOLLOWER 1,000


 凪は画面を握る。


 昨日まで、1,000はただの壁だった。


 今は違う。


 yuiへ近づくための条件だった。


> ふたつ目

>

> SPARKLEと

>

> 接続点へ


「……は?」


 凪は声を出した。


 SPARKLE。


 ほのか。


 昨日まで、VALDGEARで出会った明るいKNIGHT。


 その名前が、yuiのメッセージに出ている。


> ひとりでは

>

> 開かない


 凪は返信欄を開いた。


> NAGI

>

> なんでほのかが要る


 少し間が空いた。


 返ってきた文字は短かった。


> @yui_musubi

>

> その子も

>

> 探してる


 凪はしばらく画面を見た。


 ほのかも、探している。


 何を。


 誰を。


 昨日、yuiは言った。


 その子、目的がある。


 その時、配達アプリが鳴った。


> 配達依頼

>

> K-AXISケー・アクシス

>

> Mirror Loungeミラー・ラウンジ


 凪は画面を見た。


 K-AXIS。


 意識高い店と、夜でも明るい路地が並ぶエリア。


 配達員には少し入りづらい場所。


 依頼主の名前を見て、凪の指が止まった。


> 注文者:H. Asakura


「……朝倉?」


 朝倉帆乃香あさくら・ほのか


 昨日、SPARKLEが名乗った現実名。


 偶然。


 そう思うには、タイミングがよすぎた。


 凪は起き上がった。


「行くしかないやろ、こんなん」


 黒いパーカーを羽織る。


 首元のボールペンを確認する。


 配達バッグを背負って、部屋を出た。


 昼前のNEO-FUKUOKA CITYは、昨日のVALDGEARの熱など知らない顔をしていた。


 歩道を行く人間は、凪を見ない。


 駅前のビジョンでは、人気配信者の広告が流れている。


 信号待ちの間にも、スマホだけが震えた。


> 再生数:204

>

> コメント:8

>

> いいね:29


 現実の街は知らない。


 でも、投稿だけが少しずつ見つかっていく。


 VALDGEARの熱が、現実のアルゴリズムを押している。


 凪は配達バッグの肩紐を握った。


「どこにも繋がってへん、か」


 小さく呟く。


 嘘だったのかもしれない。


 繋がっていなかったのではなく、繋がり方を知らなかっただけかもしれない。


 K-AXISケー・アクシスの路地裏に入ると、街の音が少し変わった。


 カフェの看板。


 ガラス張りの美容室。


 細い階段の上にある小さなギャラリー。


 昼なのに、どこか夜の匂いが残っている。


 Mirror Loungeミラー・ラウンジは、その一角にあった。


 古い3階建ての細いビル。


 1階だけが改装されて、カフェになっている。


 黒い窓枠。


 薄い金色の文字。


 磨かれたガラスに、凪のくたびれた黒パーカーが映る。


 2階と3階の窓は、内側から白いカーテンで塞がれていた。


 使われている気配はない。


 建物の横に、上階へ続く細い外階段がある。


 階段の上には、古びた白い看板が半分だけ残っていた。


> MIRROR STUDIO


 店名なのか、昔の看板なのか。


 凪には分からなかった。


「場違いやな」


 凪はドアを開けた。


 ベルが鳴る。


 店内は静かだった。


 木目のカウンター。


 観葉植物。


 低い音量の音楽。


 そして、カウンターの向こうに、ピンクの髪をまとめた店員がいた。


 明るいピンクのロングウェーブを、仕事用にゆるく束ねている。


 ほどけた毛先だけが肩に落ち、左右の小さなピンが店の照明を拾っていた。


 琥珀の混じったヘーゼルの瞳。


 少しタレ気味の目元は柔らかいのに、客の動きを追う時だけ妙に速い。


 白いシャツ。


 黒いエプロン。


 タイトなミニスカート。


 細い足首。


 パンプスから伸びる脚は、立っているだけで姿勢が違った。


 見せようとしている、というより。


 見られることに慣れている。


 凪は一瞬だけ足元を見た。


 昨日のステージで、視線を踏んでいた足。


 あの足が、今はカフェの床を静かに踏んでいる。


 ヘーゼルの目が、凪を見て止まった。


 凪も止まる。


「……SPARKLE」


 声が出ていた。


 店員は一瞬だけ目を丸くする。


 それから、口元に人差し指を当てた。


「店では、その名前なし」


 その声。


 間違いない。


 昨日、VALDGEARで隣に立っていた女。


 朝倉帆乃香。


 ほのかはカウンター越しに少し身を乗り出した。


 シャツの胸元についた小さな名札が揺れる。


 距離が近い。


 現実でも、近い。


「ほんとに来た」


「注文したん、あんたか」


「うん」


「罠か」


「言い方」


 ほのかは笑った。


 VALDGEARの時より、少しだけ声が柔らかい。


 でも、凪の視線に気づくのは早かった。


「なに、脚見てた?」


 ほのかは軽く片足を引いた。


 スカートの裾を直す仕草まで、どこか見られ慣れている。


「いいよ。昨日あれだけ蹴ったし。気になるのは分かる」


「いや」


 凪は一拍遅れて目をそらした。


「別に、そういうんちゃう」


「そういうって?」


 ほのかが少しだけ身を乗り出す。


 名札が揺れた。


 凪はさらに半歩下がる。


「近い」


「逃げた」


「逃げてへん」


「じゃあ、何見てたの?」


「……足運び」


「……そこ?」


「昨日と歩き方ちゃうやろ。店では重心を落としてへん」


 ほのかの笑顔が、一瞬だけ止まった。


 すぐに戻る。


「ふつう、そこまで見ないじゃん」


「悪いんか」


「悪くはないけど」


 ほのかは少しだけ視線をそらした。


「サービスする場所、間違えた気分」


 ほのかはカウンターの下から紙袋を出した。


 手元は普通の店員の動きだ。


 でも、頬だけ少し赤い。


「ちょっと、やりにくい」


 凪は返事に困った。


 ほのかは紙袋を差し出す。


「はい、注文」


「配達先は」


「ここ」


「は?」


「あたしの休憩ごはん。アプリ通したら、キミが来るかもって思って」


「私用で呼び出すなや」


「来たじゃん」


「来たけど」


 凪はアプリを開いた。


> 配達先:Mirror Lounge

>

> 受取人:H. Asakura


 確かに、配達先はこの店になっている。


 凪は紙袋をカウンターに置き、完了ボタンを押した。


> 配達完了


「だって、yuiちゃんに言われたんでしょ」


 凪の肩が強張る。


「なんでそれ知っとんねん」


「あたしにも来たから」


 ほのかはエプロンのポケットからスマホを出した。


 画面をこちらへ向ける。


> @yui_musubi

>

> 凪くんを

>

> 連れてきて


 凪は息を呑んだ。


 同じ白い文字。


 それが、ほのかのスマホにも届いている。


「あんた、yui見えるんか」


「見えるっていうか、届く」


 ほのかは画面をしまう。


「顔は知らない。声も聞いたことない。でも、この子からの通知だけは前から来る」


「前から?」


「うん」


 ほのかの笑顔が、少しだけ薄くなった。


「あたし、探してる人がいるんだ」


 凪は黙る。


 店の奥から、食器の音がした。


 客の笑い声。


 現実の音。


 ほのかはその全部を一度聞いてから、凪へ向き直る。


「バレエやめた後に、ちょっとだけ世話になった人」


「先生か」


「そんな感じ。先生って呼ぶと怒る人だったけど」


 ほのかは小さく笑った。


 今度の笑いは、見せるためのものではなかった。


「その人が言ったんだ。見られることと、届くことは違うって」


 凪の指が、紙袋の持ち手に触れたまま止まる。


「で、その人が消えた」


 ほのかは続けた。


「残ってた端末に、yuiちゃんの名前があった。VALDGEARへの手がかりも」


「それで入ったんか」


「うん」


 ほのかは、凪を見る。


「yuiちゃんに会えば、その人のことが分かるかもしれない」


 凪の胸が、少しだけ冷えた。


 自分だけがyuiに呼ばれていると思っていた。


 再生数2の夜。


 世界の片隅から、自分の音を聴いたと言った人。


 その特別が、今、少し揺れた。


「yuiちゃんに近づくには、KNIGHTナイトになる必要があった」


 ほのかは言う。


「だから、あたしは上がった」


「でも一人じゃ開かんかった」


「そう」


 ほのかは紙袋をカウンターの内側へ引き寄せた。


「そこにキミが来た」


 凪は顔を上げる。


「つまり、最初はオレを鍵やと思って近づいたんか」


 ほのかは否定しなかった。


 少しだけ視線を外す。


「最初はね」


 短い言葉だった。


 凪は、その続きを待った。


 ほのかは言わない。


 代わりに、いつもの笑顔を作る。


「でも、キミもあたしが必要なんでしょ?」


「腹立つ言い方やな」


「事実じゃん」


「まあ、事実や」


 凪はスマホを見る。


 yuiの文字が、まだ画面に残っている。


> SPARKLEと

>

> 接続点へ


 ほのかも、yuiに会いたい。


 凪も、yuiに会いたい。


 でも、二人の理由は違う。


 それが少しだけ、嫌だった。


「嫉妬?」


 ほのかが言った。


「ちゃうわ」


「早」


「ちゃう」


「二回言うと怪しいじゃん」


「うるさい」


 ほのかは笑った。


 その笑い方は、少しだけ嬉しそうだった。


 店の奥から声が飛ぶ。


「帆乃香ちゃん、休憩入っていいよ」


「はーい」


 返事をしてから、ほのかは紙袋を持ち、エプロンを外した。


 白いシャツの袖を直し、髪を留めていたピンを少しだけ整える。


 現実の動作。


 普通のカフェ店員。


 それなのに、凪にはもう普通に見えなかった。


 ほのかはカウンターから出てくる。


 カフェ制服の裾を軽く押さえながら、こちらへ歩く。


 VALDGEARの時ほど派手ではない。


 でも、近い。


 そして、分かってしまう。


 彼女は自分がどう見られるかを知っている。


 知っていて、明るく笑う。


 知っていて、近づく。


 その全部が武器で、鎧だ。


 凪はまた、足元を見た。


 ほのかが眉を上げる。


「また脚?」


「歩幅」


「……ふつう脚って言うとこでしょ」


「ほな脚」


「雑に合わせないで」


 ほのかは困ったように笑う。


 その顔だけは、SPARKLEではなかった。


「行こ」


「どこへ」


「このビルの二階」


 ほのかは店の窓の外を指した。


「昔、上にレンタルスタジオがあったの。ダンスとか、身体表現の練習に使うミラースタジオ」


「そう。今は閉まってる」


 ほのかの声が少しだけ低くなった。


「あたしが探してる人も、そこを使ってた」


 凪は窓の外を見る。


 二階の窓には、内側からカーテンが引かれている。


 営業している気配はない。


「その人が消えた後も、鏡だけ残ってる」


「鏡?」


「VALDGEARに繋がる鏡」


 ほのかは紙袋を軽く持ち上げる。


「配達は終わり。ここから先は、仕事じゃなくて接続」


「やっぱ罠やんけ」


「違う違う。接続点」


 その言葉に、凪のスマホが震えた。


> @yui_musubi

>

> そこから

>

> 入って


 白い文字の下に、別の表示が重なる。


> CONNECTION POINT(接続点)

>

> MIRROR LOUNGE

>

> 条件:NAGI / SPARKLE

>

> 同時接続


 凪は画面を見る。


 ほのかを見る。


 ほのかも、同じ表示を見ていた。


 今度は、同じものを見ている。


「なあ」


 凪は言った。


「yuiに会うために、あんたが必要なんやな」


「うん」


 ほのかは笑った。


 いつものように。


 でも、目だけは笑っていなかった。


「で、あたしがyuiちゃんに会うためにも、キミが必要」


 凪は息を吐いた。


「めんどい関係やな」


「でしょ」


 ほのかは店の横のドアから外へ出る。


 外階段は狭く、雨の跡で少しだけ濡れていた。


 ほのかが先に上がる。


 手すりに指を置き、軽く振り返る。


「下、気をつけて。滑るから」


「そっちこそ」


「あたしは慣れてる」


 ほのかはそう言って、ひとつ上の段へ足を置いた。


 カフェ制服の裾が、外階段の風でふわりと揺れる。


 凪は反射的に視線を外す。


 見えたわけではない。


 ただ、見えそうだと思った瞬間に、身体が勝手に逃げた。


 上から、ほのかが振り返った。


「あれ?」


「なんや」


「今、見なかった?」


「見てへん」


「即答じゃん」


「見てへんもんは見てへん」


「ふうん」


 ほのかは一段上で止まった。


 わざとらしくではない。


 けれど、凪が上がるには、その横を通るしかない位置だった。


「じゃあ、見ても平気なんだ」


「何をや」


「何って」


 ほのかはスカートの裾を指で押さえ、少しだけ首を傾げた。


「さっきから、そこ気にしてるじゃん」


「気にしてへん」


「気にしてない人は、そんなに天井見ないよ」


 凪は自分が階段の上でも空でもない場所を見ていることに気づいた。


「……風が強いからや」


「風のせいにするんだ」


「事実やろ」


「じゃあ、風がなかったら見る?」


「見いひん」


「ほんとに?」


 ほのかの声が、少し近くなる。


 いつの間にか、一段下りていた。


 凪より一段上。


 目線はほとんど同じ。


 けれど距離だけが近い。


「キミ、VALDGEARだとけっこう見てくるのに」


「戦い方や」


「現実だと見ないんだ」


「見たらあかんもんは見いひん」


 ほのかは目を細めた。


 からかうための笑顔。


 でも、ほんの少しだけ違う。


「……そういうとこ、ずるい」


「何がや」


「見てほしいとこは見ないくせに」


 ほのかは、手すりを軽く叩いた。


「見られたくないとこは、すぐ見る」


 凪は返せなかった。


 さっきまでの軽さが、一瞬だけ消えた。


 ほのかはそれに気づいたように、すぐ笑顔を戻す。


「ま、今のはサービス外ってことで」


「サービスとか言うな」


「じゃあ、有料?」


「もっと言うな」


 ほのかは笑いながら、もう一段上がった。


 凪は返事をしなかった。


 言葉を返す前に、耳の奥が熱くなっていた。


 二階の扉には、古いプレートが残っている。


> MIRROR STUDIO

>

> CLOSED


 奥に、白い糸が垂れている。


 凪のスマホが震えた。


> @yui_musubi

>

> 凪くん

>

> ほのかちゃん

>

> こっち


 凪は、ほのかと顔を見合わせた。


 現実で初めて会ったばかりの女。


 昨日から隣に立っている相方。


 最初は目的のために近づいた女。


 そして、会いたかったyuiへ続く鍵。


 凪はボールペンを握った。


「行くで」


「うん」


 ほのかが隣に並ぶ。


 二人で、鏡の奥へ足を踏み入れた。


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