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第十二話:魂の響き、君に届けたいこだま


「オレの、新しい力の可能性を……試してみたい。あんたがおらんと、多分、上手くいかん気がする」


凪の真剣な言葉に、陽乃花は力強く頷いた。敗北の絶望に沈んでいた彼の瞳に、再び闘志の光が宿ったこと。そして、自分を頼ってくれたこと。それが、陽乃花にとっては何よりも嬉しかった。


しかし、いざ「新しい力」を試そうにも、その方法は全く分からなかった。ペンデバイスは沈黙したままで、以前のように文字を書いても何も起こらない。凪は、@Yui_Musubiから送られてきた(と思われる)「声…響き…旋律…」というメッセージを何度も反芻するが、それはあまりにも抽象的で、具体的な力の使い方には結びつかなかった。


「うーん、やっぱダメか……」

数時間、ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返した結果、凪は自室の床に大の字になって天井を仰いだ。焦りと無力感が、再び彼の心を苛み始める。

「結局、口で言うだけじゃ、何も変わらんのか……」


「もー、凪くん、そんなに根詰めすぎだって!」

陽乃花は、そんな凪の様子を見て、呆れたように、しかしどこか優しく微笑んだ。「そういう時は、一旦全部忘れちゃうのが一番だよ。ほら、見て見て!」

彼女はそう言うと、持ってきた自分のスマホで音楽をかけ、部屋の真ん中でくるくると回り始めた。それは、彼女がバイト先のカフェで流れている、お気に入りの軽快なポップソングだった。

「どう? ちょっとは気分、明るくなった?」

陽乃花は、楽しそうにステップを踏みながら、床に寝転がる凪を見下ろして問いかける。フレア気味のミニスカートが、彼女のターンに合わせて遠心力でふわりと広がり、その度に凪の視界のすぐ上で、危うげな裾の動きが繰り返される。


「あれー? 凪くん、どしたのー?」

凪が返事をしないのを不審に思ったのか、陽乃花の無邪気な声が頭上から降ってくる。彼女は、くるりと回った勢いのまま、凪のすぐそばに、まるで子犬がじゃれるかのように両手両膝をついてしゃがみ込んだ。

その瞬間、凪の視界は、衝撃的な光景に完全に支配された。

無防備に広げられた彼女の太もも。黒いニーハイソックスの絶対領域。そして、その中心で、フレアスカートが重力に従って完全にめくれ上がり、隠されていたはずの秘密の領域があらわになっていた。

そこに在ったのは、小さなイチゴの柄がプリントされた、フリル付きの可愛らしいパステルピンクの生地。しかし、今度は一瞬ではない。間近で、はっきりと、その柔らかな布が彼女の身体のラインにぴったりとフィットしている様まで見えてしまった。


「な……」

凪は、息をすることすら忘れ、時間が止まったかのような感覚に陥った。思考は真っ白になり、ただ目の前の光景が、強烈な色彩と情報量をもって脳に焼き付いていく。

「だからー、凪くん、聞いてる?」

陽乃花は、自分のスカートがどんな状態になっているか全く気づいていない様子で、屈託なく凪の顔を覗き込む。その無防備さが、この状況の背徳感をさらに増幅させた。


「な、なんでもないわ! 起きる! 今起きるから!」

凪は、狼狽のあまり意味不明なことを叫び、慌てて身体を起こした。心臓が、破裂しそうなほど激しく脈打っている。

「ふーん?」

陽乃花は、ようやく自分のスカートが乱れていることに気づき、慌てて裾を直しながらも、凪の真っ赤な顔を見てニヤリと笑った。「なーんだ。凪くん、もしかして、いいもの見えちゃった?」

「……見えてへんわ、アホ!」

「えー、嘘だー! 絶対見たでしょ! ま、いっか! サービスってことで!」


彼女のからかうような言葉に、凪はもう何も言い返せなかった。

陽乃花は、そんな凪の様子が面白いのか、くすくす笑いながら、部屋の隅にあるアコースティックギターのケースに視線を移した。


「……あれ、凪くんのギター?」

凪の動揺をリセットするかのように、陽乃花が興味深そうに尋ねる。

「……ああ。もう弾いてへんけどな」

「えー! なんで!? 聴きたい、あたし! 凪くんのギター、聴いてみたい!」

陽乃花は目をキラキラさせながら、凪に詰め寄る。


凪は、観念したように呟くと、震える手でギターケースの留め金を外した。

久しぶりに触れるギターは、ひんやりとしていて、そして懐かしい木の匂いがした。チューニングは狂っていたが、指はまだ、コードの押さえ方を覚えていた。

何を弾くでもなく、ただコードをかき鳴らしているうちに、凪の脳裏に、あの敗北の記憶が蘇ってきた。悔しい。情けない。それでも、諦めたくない。守りたい。隣で真剣に自分の音に耳を傾けてくれている、この少女を。そして、自分に希望をくれた、まだ見ぬ@Yui_Musubiを。

その溢れ出す感情が、自然とメロディになり、言葉になって、凪の口から漏れ出した。


それは、今の凪の魂がそのまま音になったような、即興の、不器用な「歌」。


「……虚無からっぽの部屋で 膝を抱え 届かない声で 天井を仰ぐ……」


陽乃花は、息を飲んで凪の歌に聴き入っていた。いつもの彼からは想像もつかない、切実で、痛々しいほどに純粋な歌声。それは、彼女自身が抱えていた「空っぽ」の感覚と、同じ種類の孤独の匂いがした。


「……それでも君が そこにいると 指を差すから もう一度だけ……」


凪の歌声とギターの音色が、彼の内に眠っていたヴァルドギアのエネルギーと共鳴し始める。彼が発する「言葉」が、ただの歌詞ではなく、「言霊」としての力を帯びていくのが、凪自身にも分かった。

ペンデバイスで「書く」のとは違う。もっと直接的に、魂そのものを震わせ、世界に「響かせる」感覚。


「――このおとよ、響け! 暗闇を裂き、明日を照らす光になれッ!!」


感情が最高潮に達し、凪が力強くそのフレーズを歌い上げた瞬間だった。

ビィン!という強烈な音と共に、アコースティックギターの弦が、一本、音を立てて切れた。

同時に、部屋の窓ガラスがビリビリと震え、テーブルの上のグラスがカタカタと音を立てる。凪の「歌」が、物理的なエネルギーとなって、現実世界にまで僅かに干渉したのだ。


「なっ……!?」

凪は、自分の手の中のギターと、部屋の異常に気づき、呆然とした。

「……凪くん、今の……」

陽乃花もまた、目の前で起きた超常現象に言葉を失っている。しかし、その瞳には恐怖はなく、むしろ、感動と興奮の色が浮かんでいた。「今の……凪くんの本当の“音”なんだね……。ちょっとヘタクソだったけど、すっごく、すっごくカッコよかった……!」


『新たなドライブを検知……〈Echo Drive〉(エコー・ドライブ)の資質を確認』

ポケットの中で、ペンデバイスがこれまでで最も強く、そして温かい青白い光を放ち、メッセージを表示した。


「エコー・ドライブ……これが、オレの新しい力……」

凪は、切れた弦と、まだ微かに震える自分の喉に触れた。

書く力は失った。だが、その代わりに、もっと根源的で、もっと自分らしい力を手に入れたのかもしれない。

「魂の響き」を力に変える、声の異能。


「すごいよ、凪くん! それなら、あのルール野郎の理屈っぽいルールなんて、凪くんの魂の歌でぐちゃぐちゃにできちゃうかも!」

陽乃花は、自分のことのように嬉しそうに叫ぶと、その興奮を抑えきれない様子で、無我夢中で凪の胸に飛び込んできた。

「わっ!?」

不意に胸に押し付けられる、驚くほど柔らかく、そして豊かな感触。凪の思考は、その衝撃で完全に停止した。オフショルダーのニット越しに伝わる、陽乃花の体温と、甘い香り。そして、彼女が抱きついてきた勢いで、ざっくりとしたニットの編み目が大きく広がり、凪の視界のすぐそこで、キャミソールの下に隠されていたはずの、淡いパステルグリーンのレースの縁取りがはっきりと見えてしまった。

先ほどのパンツの光景も相まって、凪の頭の中は完全にキャパシティオーバーだった。


「えへへ、ごめんごめん! あまりにも嬉しくて、つい!」

陽乃花は、自分の行動の大胆さにようやく気づいたのか、パッと身体を離し、顔を真っ赤にして照れ笑いを浮かべた。しかし、彼女のその無邪気な笑顔が、凪の混乱にさらに拍車をかける。


「……いや、あの……その……」

凪は、言葉にならない言葉を口の中でどもらせた。脳裏に焼き付いた、イチゴ柄のパステルピンクと、レースのパステルグリーン。そして、胸に残る柔らかな感触。彼の脳の処理能力は、完全に限界を超えていた。

「……情報量が、多すぎるわ……アホ……」

かろうじて絞り出したその言葉は、もはや悪態なのか、ただの悲鳴なのか、彼自身にも分からなかった。


敗北と喪失の果てに掴んだ、再起への確かな光。

それは、凪が「音楽」という原点に立ち返り、そして陽乃花という「最初の観客」を得たことで初めて生まれた、魂の共鳴だった。

彼らの本当の反撃は、ここから始まる。


(第十二話:了)

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