第124話 来る者達
アメリカが動き始めた事は、即座にカイトにも伝わっていた。いや、伝わっていた、という必要はないだろう。なにせアメリカのジャクソン大統領その人が、直々にカイトへと連絡を寄越したからだ。それは、夏休み最後の日前々日の事だった。
『と、言うわけだよ。頼んで良いかな? 勿論、君が忙しい事は把握しているのだけどもね・・・当分は日本に滞在して欲しい』
「はぁ・・・大統領直々のご依頼であれば、引受させて頂きましょう」
カイトが呆れ混じりに何処か慇懃無礼な様子でジャクソンの言葉に応ずる。すごい話ではあるが、カイトはアメリカの大統領と個人的な付き合いがあった。それ故、口調はお互い友人に対する物となっていた。
まぁ、友人に近いが決して友人ではない。同盟者という立ち位置だ。利害が一緒だから、友人として話し合うだけだ。が、存外お互いにこの立ち位置は気に入っているようだ。
「あの跳ねっ返りのお嬢ちゃんについては、きちんと身柄を引き受けよう・・・と言っても流石に常日頃から面倒は見ないぞ。オレはベビーシッターじゃない」
『あはは。それはわかっているよ。まぁ、君が近くにいると反発するのが彼女だからね。一応、それを考えてクリスちゃんも補佐に派遣する。その二人に万が一が無い様にしてもらいたい、というだけだよ。二人共なまじ見た目が良いだけにね。変な虫もとい要らぬ軋轢が出るのが怖いだけさ』
「あいよ。そういうことにしておきますよ」
ジャクソンからの言葉に、カイトがため息混じりに頷いた。それで、通信は終了する。
「はぁ・・・」
カイトがため息を吐いて、即座に小鳥の姿に戻る。そうしてそれとほぼ同時に浬が問いかけた。
「今の・・・テレビで見た事あるんだけど」
『アメリカの大統領だ。直々に連絡を送ってきたらしいな』
「・・・へー・・・」
アメリカの大統領が一個人に直々に連絡を寄越すというのはすごい事だ、というのは浬にもわかったらしい。少し感心している様子だった。そんな浬に対して、フェルが問いかけた。こっちは必要な内容だった。
「で、誰が来る予定だ?」
『跳ねっ返りのじゃじゃ馬娘』
「あれか・・・」
フェルがため息を吐く。どうやら知っているらしい。
「誰?」
「エレン・ミラー・・・ミラー家というのは知っているか?」
「エレン・ミラー? ネルの事か?」
浬への問いかけだったのだが、煌士が驚いた様子で話に参加する。彼はエレンが来た時、完全に失血で意識が混濁していたのだ。エレンについては一切わかっていなかったのである。
「ん? 知り合いか?」
「ああ、うむ・・・我輩が元々アメリカに居た時に世話になっていたのが、ミラー家だ。そこの末妹が、エレン・ミラー。略称はネルだ」
フェルの問いかけを受けて煌士が数年来の友人の妹を思い出す。やはり年の差と男女の差があるので親しいわけではなかったが、一時期的とは言え一緒に暮らしていたのだ。知らないはずがなかった。
「なるほど。確かにあのじゃじゃ馬娘と知り合いでも不思議はないか」
「まぁ、たしかに気は強いが・・・」
フェルの言葉に煌士がなんとも言えずに苦笑する。じゃじゃ馬娘というのはいまいち良い言い方ではないだろう。が、こういう傲慢な言い方はフェルのデフォルトだ。ルシフェルらしいとも言える。誰からも指摘はされなかった。と、そんな煌士が気を取り直してミラー家の解説を再開した。
「ミラー家はアメリカ最大の航空宇宙産業の会社である『E.E』社・・・『Extra.Experience』の創設者一族だな。同時に最大の大株主でもあるし、現社長はミラー家のご家長殿だ。が、親族経営と侮る事なかれ。かなりのやり手の方だった。手腕は我輩の父と同クラス、と見て良いだろう」
煌士は最後に己の父を比較対象として出して、ミラー家についてを語り終える。とは言え、そんな事を語られた所で一般家庭の浬達にはどうでも良い。というわけで、問いかけたのは別の事だ。
「で、それがどうしたの?」
「さて・・・我輩もわからん」
「日本に来る、だそうだな。その件でこいつに援護を求めてきた、というわけだ」
『そういうこと・・・当分は公的にも日本に滞在する事になる、か・・・』
カイトはおそらく人の姿をしていれば明らか苦々しい物を浮かべただろう。それほど、口調には苦味が滲んでいた。
「どうにせよ、半年近くも現状を続けていた。流石にここらが限度だろう」
『か・・・公に帰還報告を頼む。こちらは人員の引き締めを行う』
カイトはフェルを見上げて、公に自分が帰還した様に公知する様に告げてもらう事にする。流石にカイトとてアメリカの大統領から言われては日本に滞在しておくしかない。彼女らが着てからの当分は海外へはよほどの理由が無い限りは無理だろう。
「いや、おそらくその程度じゃ済まないだろうぜ」
そんな所に、御門が入ってきた。彼は大急ぎで浬達の支援体制を整えている所だった。その手には、一通の書類を持っていた。どうやらその最中に何らかの連絡が入ってきたのだろう。
『うん?』
「シュルズベリィ教授からの連絡だ・・・ほらよ」
御門はカイトとフェルに対して、持ってきた書類を投げ渡す。
「ふむ・・・なるほど。やられたな・・・それで、教授達は協力させて構わない、というわけか」
『げ・・・』
そこに記されていたのは、アーカム側から調査員の派遣についての連絡だ。曲りなりにも同盟国だ。そして、ニャルラトホテプの案件であればアーカムは専門家だ。これは如何にカイトとは言え断れない内容だった。
そんな苦味を滲ませた二人に対して、空也が問いかける。これは彼らにも関わる事だ。積極的に動いていくつもりだった。
「どうしたんですか?」
「この間祢々と名乗ったあいつが教授達を招く、と言っていただろう?」
「ええ・・・では、その教授というのが?」
「ああ・・・ラバン・シュリュズベリィ教授だ」
ラバン・シュルズベリィ教授。その名はクトゥルフ神話を知る者であれば、必ず知っているだろう名だ。1930年台に活躍したとされるアメリカの魔術師と言うか研究者だ。というわけで、煌士が一気に興奮を滲ませた。
「おぉ! やはり教授とはその教授か! ということは教授がお目見えされると!?」
「すごい方なのか?」
「すごいも何も本当に生きているのであれば、ニャルラトホテプらクトゥルフ神話の邪神達に対するエキスパートだ! 我輩、憚る事無く言わせてもらえれば邪神ハンターと呼ばせて頂きたい!」
「そ、そうか・・・」
空也が相も変わらずな煌士に少し引きつつ、とりあえず重要な事はきちんと聞いていた。
「とりあえず・・・今回の一件で一番力を借り受けられそうな方、というわけかな?」
「そうなるだろう」
「うむ!」
フェルだけではなく、煌士も空也の問いかけに同意する。ニャルラトホテプが裏で動くのだ。一番動きそうな相手は誰か、と言われるとまず間違いなくラバン・シュルズベリィという人物だった。
「とは言え・・・そうなると・・・おい、貴様だろう」
「はい? なんですか?」
フェルの言葉を受けて、どうやら公に入り込む事にした様子のナイアが首を傾げる。ここまでアメリカが迅速に動くのだ。誰の差し金か、なぞ考えるまでもない事だった。
「貴様が、アメリカに持ち込んだな」
「ええ。私と言うか別の私が。ニャルラトホテプの中でラバン・シュルズベリィと言うと結構な有名人ですからね。私とは別に彼には特例として調査官が居るので、今回の一件は持ち込んだんです・・・あ、勿論『パーパ』も同意済み・・・と言うかぜひとも招待してくれ、と彼から頼まれましたし。そもそも彼は貴方達の事も含めて教えようとしていたらしいんですが、流石にそれは私の権限で止めました」
『ちっ・・・それなら全部隠せよ・・・』
「そう邪険にしないでくださいよー。こっちだって貴方方の事を慮っての事なんですから」
カイトの舌打ちにナイアが堂々と宣言する。が、やっているのはカイト達にとって一番有り難くない情報の流出だ。経路を辿ればカイトの正体にたどり着ける。いやらしいことこの上ない。
「私達ニャルラトホテプと相対する上でラバン・シュルズベリィ教授以上に適任者が居ますか? それともギルガメッシュ王にでも助力を求めますか?」
『ぐっ・・・』
ナイアの正論に、カイトが顔を顰める。間接的とはいえニャルラトホテプと戦うのであれば、カイトとてアーカムの援護は欲しい。欲しい以上、どうにかして助力は求めなければならないだろう。それをやってくれたのだ。感謝こそすれ、非難する謂れはない。
「ほらほらー。どうなんですか? ほら、そこでお礼の一つでもプリーズ」
『ぐっ・・・この・・・』
カム・オンとばかり手で誘い立てるナイアに、カイトが非常に苛立ちを露わにする。が、ここで怒れば負けだ。何かに負ける気がしていた。と、そんな挑発に挑発を重ねるナイアの一方、浬が煌士に小声で問いかけていた。
「ギルガメッシュ?」
「メソポタミア文明の都市国家ウルクの王だ。蛇が不老不死の妙薬を食べて、という神話を聞いた事はないか?」
浬がヒソヒソと煌士に問いかけたので、煌士も同じく小声で返す。一応ギルガメッシュの名は高校レベルの世界史にも出てくるが、流石に中学生の浬達がそれを知らなくても仕方がない。
そしてさほど重要な名前か、と言われるとそうでもない。とは言え、この不老不死の妙薬と蛇の脱皮の逸話自体はそれなりに有名な話だ。下手をすればギルガメッシュの名よりも有名だろう。だから、浬も知っていた。
「ああ、聞いたことはある・・・かな」
「その際に不老不死の妙薬を奪われたのが、このギルガメッシュという王様だ。この王様のすごい所は、神話であるにも関わらず実在の可能性が非常に高い事だ」
「本当に居た、とされているってこと?」
一応、今までに彼らが会ってきた神様や英雄達も実在はしている。しているが、表向きは皆が皆創作物の存在として考えられている。それに対して、このギルガメッシュという王は彼が活躍したのが神話の時代でもあるにも関わらず、実在の可能性が非常に高いとされているのであった。
「そうなる。神話では神の血を三分の二引いた非常に高い神格を持つとされる大英雄でもある」
「それと同時に、地球最強の一人でもありますね。殺し合いならケルトの女王スカサハ、技術なら上泉信綱、政治等を含めた総合力で言えばギルガメッシュ、という三本柱がこの地球上において最強とされています。実際、武力の方もエンキドゥと組めば真王様に食らいつけるだろう稀有な方ですね」
煌士のヒソヒソ話はどうやらナイアの聴覚に捉えられていたらしい。煌士の言葉を引き継いで、ナイアが解説を加えた。
「そして同時に、私達に対して真王様が真王である、と教えたのも彼ですね。根本的な原因は彼が原因とも言えます。彼が居なければここまでニャルラトホテプが集う事もなかったので・・・」
どうやらこの間言っていたニャルラトホテプの集会が起きたというのは、このギルガメッシュの情報が下だったのだろう。
「ま、実際の所ギルガメッシュ王は人祖の王。神話の時代に地球を纏められた方なので、真王様の先輩に当たる方ですよ」
「人祖の王? しかしギルガメッシュ王には確か先に4人の王が居たはずであろう?」
「王権神授説はご存知ですか?」
「それは当然に・・・」
煌士はナイアの指摘に困惑しながらもその問いかけを認める。王権神授説とは王権が神から与えられた物である、という考え方で王様という地位を外側から強化する為の方法の一つだった。
これが終わり始めた頃に民主主義の興隆が始まるので、王権神授説の終焉こそが地球文明の中世の終わりと言えるだろう。
「地球文明の歴史において、同時代の王達とギルガメッシュ王の先代達は全て、この王権神授説によりどちらかと言うと神に近い立ち位置を自ら見出しています。勿論、代弁者とかそう言う地位ですが・・・が、ご存知の通り、ギルガメッシュ王はイシュタルを振った際に理由の一つとして、神となる事を否定しておられます。『聖婚儀礼』を拒絶していますからね。彼は常に人の側に立っていたのです。これが歴史上彼が最も特異とされる理由でもありますね」
「ふむ・・・そう言われれば、たしかに特異ではあろうか・・・」
「そうなのか?」
「うむ。王権神授説と先に我輩らは言ったが、これは16世紀中頃を経てもまだまだ全盛期だった。それこそ自らを神と号した王なぞ数限りないだろう。それを紀元前30世紀頃ですでに否定していたということは、たしかに特筆すべき事であろう?」
「なるほど・・・一人だけ、数千年先の未来の基準に立っていたわけか・・・」
「もしかすると、彼が暴君と喩えられたのもそこらに起因するのかもしれんな・・・」
空也と煌士は改めてギルガメッシュという人物を見直して、彼への評価を改める。改めて言われてみて見える事もあったらしい。ちなみに、勿論こんな議論が出来るのは空也と煌士、そして詩乃ぐらいなものだ。他の浬達はぽかん、と口を間抜けに開けっ放しにしていた。
「・・・すっごい間抜け面」
「だって何言ってるかさっぱりわかんない」
「うん」
浬と海瑠はモルガンの指摘に半笑いで答える。これが正しいだろう。普通ギルガメッシュ叙情詩なぞ知らないのが普通の中学生だ。知っている二人が可怪しい。
『ま、素晴らしい方だ。人として、彼に勝てる奴はいない。人祖の王。その言い方は最も正しく、こいつらニャルラトホテプが注視していたのも無理は無いような偉大な方だ』
「それほどなのか・・・と言うか、不老不死は手に入れられなかったのではないか?」
『あぁ、あれか。あれは彼の創作話だ。不老不死の薬なぞバレると碌な事にならん、だそうだ。実際にはきちんと持ち帰ったそうだ・・・ま、使わなかったらしいがな。そこらは彼が賢帝と喩えられる旅路の終わりの話になる』
「ふむ・・・」
何かがあったのだろう、と煌士は予想する。そしてそれは今は本題ではない事に、ここで詩乃が指摘した。
「それはよろしいのですが、その前になぜ助力を求められないのですか?」
「あぁ、それは彼がストップ掛けてるからですよ」
ナイアの指摘に、カイトが何とも言えない顔で少し口を尖らせる様子を見せる。
『そりゃ、先生にお力をお借りできればとは思うけどさー。実際ウルクと中東の石油会社を経営されてる先生にご助力をお願いするのもなんつーか申し訳ないってか・・・』
「ウルク? まだあるのですか?」
『まぁ、ちょいと想像とは違うだろうけどな。今もウルクを治めてらっしゃる。そりゃ、統治者に助力求めるわけにもいかないでしょーよ』
煌士の問いかけにカイトが道理を説く。そもそも御門とて自分の会社もあるが、面倒見の良さと自分の息子達が居ればこそ来てくれている。が、これは一企業だから出来た事だ。流石に統治者に助力は求めにくいのだろう。
「あぁ、そういうことですか・・・それは確かに、そうですね。申し訳ありません」
『いや、いいさ。実際助力を受けられれば、とは思うからな』
「・・・あの、カイトさん。一つ良いですか?」
『ん?』
詩乃が自らの疑問に決着を見た事で、今度は空也が疑問を呈した。それは当たり前といえば、当たり前の話だった。
「先生、ですか?」
「こいつはなぜか時折ギルガメッシュの事を先生と呼ぶ。理由は決して語らんがな」
『ま、色々とあるのですよ、そこら』
カイトに代わって答えたフェルに続けて、カイトがその理由をはぐらかす。どうやら、まともに語るつもりは毛頭ないらしい。
「と、いうわけだ・・・それはさておき。教授の方はどうなっているんだ?」
「ああ、それですね。それは勿論、皆さんの正体は隠して接触しました。まぁ、私達から直々の接触なので、普通に彼らも日本で何かが起きようとしている、と気づいた様子ですね。直々に来るでしょう」
軌道修正を図ったフェルの問いかけにナイアが答える。流石にここでカイト達の正体を露呈させる事は避けたらしい。自分達の複数が日本で活動している、という事を教えただけのそうだ。それだけで動く程には、ニャルラトホテプとラバン・シュルズベリィ教授らとの因縁は深いのだろう。
「そこらは警戒しないで良いですよ。彼ら、そこら貴方の正体とかどうでも良いんで」
『まぁ、そうっちゃそうだが・・・』
アーカムに居を構えるシュルズベリィ教授らは一応アメリカ政府と協力しているが、決して共同しているわけではない。色々な理由はあるが、独立独歩の風習の強い所だった。それ故、カイトの正体には特段気にしておらず、カイトの力さえ借りられればそれで良いのであった。そういう点を考えれば、たしかに悪い話ではないだろう。
「ま、そこらは私達におまかせくださいな。流石に真王様が帰ってこられた時に開口一番より前に最大出力の攻撃ぶっぱとか嫌ですからね。隠蔽はさせていただきます」
『はぁ・・・』
どうなることやら、とカイトがため息を吐いた。とは言え、彼女らの掣肘は無理だ。というわけで、好きにさせるしかない。そうして、カイト達も非常に嫌そうな顔で教授らの受け入れの為の態勢を整える事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日21時からです。




