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勇者の弟妹 ~~Tales of the new Legends~~  作者: ヒマジン
第7章 新学期編

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第122話 アメリカという大国

 千方の一件が完全に終わりを向かえたのは、正確な所で言えば8月の下旬。後数日で9月になろうかという所だった。


「今後は、こちらの手を煩わせない様にして欲しいもんだな」


 カイトは陰陽師達の総本家、皇家の本邸へと足を伸ばしていた。理由は勿論千方を捕らえたからだ。流石に彼らが捕らえた所でどうすることもできない。なので封印やその後の処置に関しては、陰陽師達に一任するのが最適だった。そもそもこれは陰陽師達の事だ。本来はカイトが手を出すべき事ではないのだ。

 と言っても流石に千方討伐のその日に連絡を入れたわけではない。様々な隠蔽工作を行う必要があった為、あの日から数日が経過していた。


「かたじけない・・・こちらはどうしても皇居周辺の守りを厳重にせざるを得ず、一般家庭の者に被害が及ぶ事になってしまった・・・」

「で? そういや走ってた奴はカミさん拐われたって話だったんだが、そこはどうなってたんだ?」

「どうやら、なんらかの手段で偽られていただけの様子だ。数時間後に普通に母と娘で会話している姿が見受けられた」

「はぁ・・・その程度も気付けんとはな」


 カイトは自分達も気付けなかった事はおくびにも出さず、呆れて物が言えない様子を醸し出す。今回、カイト達も陰陽師達も揃って千方に踊らされた格好だ。とは言え、その裏に潜む事実を知らない彼ら陰陽師からすれば、完全に手のひらで踊らされていたとしか思えないのだ。

 ちなみに、だが。この隠蔽については浬達の協力もあった事は、明言しておく。正確には浬達が自由行動になった事を受けて姉弟で映画でも見に行くか、と言って偶然に彩音に出会った事にしたのだ。

 勿論、その隙に彼女のスマホは密かに返した。使用履歴も完全に消去した。そして偶然出会ったのでスマホで写真を取ってそれを家族で共有するSNSに送信して、というわけだ。

 で、後は彩斗の側が次の指令か、と思いスマホを開けば、というわけだ。ここで全員踊らされていただけを把握した、というわけである。勿論、浬達を含めて大急ぎで確認を取られて、一度は接触があった事は確認させた。その程度だった。


「申し訳ない・・・」

「では、風鬼に引き続き千方と金鬼については確かに引き渡したぞ。水鬼については、こちらで引き取ろう。身の振り方を少し考えたい、と言っていたからな。彼女も率先して従っていたわけではない様子だ」

「わかった。そちらはお任せしよう」

「・・・はぁ・・・こっちまた海外だってのに面倒な仕事やらせやがって・・・踊らされてんじゃねぇよ、ったく・・・」


 皇志の謝罪と了承を背に、カイトはそれをほとんど聞かずに愚痴を混じえてその場を後にする。通常の陰陽師と異族のやり取りなぞこんなものだ。そもそも仲が良いわけがない。そして今回は完全に陰陽師達が失態をした形になっている関係で、こんな対応を取っても彼らも疑問に思う事はなかった。


「まぁ、完全に踊らされていた事にはこちらも変わりないがな。そこまで言えた立場でもないだろうに」

『まぁな』


 カイトを待っていたフェルの言葉に、小鳥になった彼も笑う。彼女の言う通り、実際にはカイト達も踊らされていたのだ。

 実際には裏にニャルラトホテプというカイト達でさえどうすることも出来ない相手が居たのでどちらも仕方がないが、浬達の事を隠す為には仕方がないだろう。これもある種、平穏のためである。


『さて・・・とは言え少し動きにくくはなりそうかね・・・』

「ふむ・・・そこは面倒か」


 フェルは陰陽師達の動きを見ながら、少しだけ顔を顰めた。陰陽師達はカイトが去るやいなや、天道財閥の家族に対する護衛をどうするか話し合い始めたのだ。何ら無関係とは言い切れないが、ほぼほぼ無関係な者達まで狙われたのだ。当然といえば当然の流れであろう。


「さて・・・それで天道の方はどうなっている?」

『追加報告』


 フェルの言葉に隠形鬼が言葉を送ってくる。彼女には今、影に隠れて密かに会議中の天道財閥の内情を探ってもらっていた。彼女の影は普通には見付けられない。そして建物の中ほど、その性能が発揮しやすい所はない。建物の中は光源とそれを遮る物がどこにでもあることから影だらけだ。

 そして室内に入れば、会議の内容なぞ盗聴し放題だ。それこそ机の下なぞ絶好の隠れ場所らしい。会議室の中で話し合われる会議の全てを聞いていた。


『天道財閥狙いの攻撃はそもそもで想定の範囲内。だから誰も動揺はしていなかった・・・と言うところ。離脱者はゼロで終わりそう』

「そうか・・・まぁ、なかなかの組織ではあるか」


 フェルが天道財閥の現状に少しだけ賞賛を送る。組織そのものを狙われたというのに、離脱者は居ないのだ。普通なら一人二人はここらで怖じ気付いて逃げ出しても不思議はない。

 が、まだ想定内で済んだ事で、なんとかなったのだろう。勿論、カイトが即座に救援に入った事、天道財閥そのものと言うか部へ御門がインドラとして直々に出た――覇王から頼まれた為――事も大きい。

 そして更にはこれが完全に踊らされていただけだから、という事も大きかった。家族を狙った様に見せかけた、陰陽師狙いの攻撃。そうであればこそ、誰もが始めから覚悟していたとして動揺が抑えられたらしい。それぐらいの覚悟は備わっていると見て良いのだろう。というよりも、その程度の覚悟も無ければこの世界の関わるべきではない、というのがカイト達の言葉だ。


『とは言え、それだけでは終わっていない様子』

「うん?」

『アメリカが動いているっぽい』

「ちっ・・・やはりあの国は嗅ぎつけるか」


 できればそうならない方が良かった、というような様子でフェルが顔を顰める。今回、アメリカでも事件は起きていたのだ。それを考えれば彼の国もかなりのアンテナを張っていたと見るべきだ。であれば、嗅ぎつけられていても不思議はない。


「となると、イギリスとアメリカは動くか」

『そうなるだろう・・・スターズから誰かが来るな、こりゃ・・・人選はジャクソン大統領の手腕一つ、という所か・・・ミスターが動くか・・・ジャックは無いかな』


 カイトは海を隔てた遠くの大国の大統領の思惑を想像して、苦々しい物が浮かぶ。カイトは彼らとは仲間同士として認識しているが、それ故に厄介さも認識して理解していた。

 その彼がこんな介入出来る格好の状況を見逃すとは思えない。確実に調査官を派遣するはずだった。いや、調査官そのものはもうすでに派遣しているだろう。なので派遣してくるのは、戦闘を見越した調査官だった。最悪には、自分達が介入して甘い蜜を手に入れる為のエリートを持ってこさせるだろう。


「ふむ・・・誰が来ても良い様に準備はさせるか」

『頼んだ』


 フェルが準備に入った事を受けて、カイトがその場を飛び去る。天神市へと戻るつもりだった。そうして、その一方でフェルはフェルで御門達浬らの為の行動とは別に、日本全体の対策を兼ねた浬達の隠蔽の為の活動に動く事になるのだった。




 一方、その頃。カイト達の危惧した通り、アメリカでもイギリスでも共に事態は進行していた。まずは、アメリカ。ここはやはりカイトが一番危惧していた通り、すでに人員の選定まで終えている状況だった。


「ふむ・・・ということは、やはりあの鬼は日本の金鬼という鬼の可能性が高い、と・・・」

『ええ。調査の過程で僅かに掴めた姿形から、一番合致しているのはそれかと』

「ふむ・・・」


 ジャクソンは日本に密かに入らせた調査官の直々の報告を受けて、顎に手を当てる。日本は色々と可怪しい土地だ、とは聞いているし、実際理解している。


「どうしますか、大統領」

「抗議かね? それは言いっこなしだ。彼らはその代わり、その危険な戦力を我々に戦力として供出出来る。多少の痛みは我が国としても受け入れる前提だっただろう?」


 副大統領の問いかけに、ジャクソンが笑う。日本には政府どころか、それこそカイトにさえ従わない猛者達が山ほど居るのだ。そんな土地での揉め事の一つがこちらに来たとしても不思議はないと思っていた。

 そしてそれ故、今回の件について日本政府に対して抗議の声を出すつもりもなかった。日本政府に言った所でどうすることも出来ない程にやばい相手なのだ。そしてそのヤバさは、彼らも良く知っていた。


「言った所で日本政府とて困るだけさ。じゃあどうやれば良いのか、と聞かれたら我々は答えられるかね、マット?」

「無理ですね」

「だろう。核兵器さえ軽々防いだ相手を我々人間に抑えろ、なぞ無茶振りにしかならないよ。ブルーくんだから、なんとか手綱が嵌められている。そのブルーくんとて最近は大忙し。この程度は大目に見てやろうじゃないか。まぁ、ブルーくんには、戻る様に頼むけどね。二年前の韓国の一件とは別だよ、流石にこれは。今回ぐらいは、大目に見てやろうじゃないか」


 ジャクソンと副大統領は二人、笑い合う。無理なものは無理。カイトとて個人で、そして出来る事が限られている事は彼らもこの数年の付き合いの中で把握している。

 そしてだからこそ、彼らはカイトを恐れてはいない。だから、彼らもカイトを仲間として見做しているのだ。知略を持ってすれば対応出来る相手に怯えるなぞ合理的な人間らしくないというのが彼らの出した答えである。


「とは言え・・・気になる情報が入ったのも事実か」

「これ、ですか・・・」


 ジャクソンと副大統領は二人、少しだけ先程とは違い顔に真剣さを滲ませる。基本的に彼らは真剣さを見せない。どんな状況だろうと余裕を見せる事。それが地球一の超大国の長として絶対に必要な事と見て、それを演じる事を何よりも心がけていたからだ。その彼らが、真剣さを滲ませる。それほどの情報だった。


「鵺・・・それが世界中でテロ行為を起こそうとしている、か・・・」

「正確には、鵺の父・・・かの邪神が、ですか。そもそもこのテロを起こそうとしている事さえ、ニャルラトホテプの手はずでしょうね」

「何処からの情報、とは聞く必要はなさそうだね」


 ジャクソンは笑う。これは匿名という形で、わざわざ日本に潜ませた諜報員に向こうから接触する形で情報がもたらされたのだ。誰がもたらしたのか、というのはわかっていた。言わずもがな、祢々の『パーパ』だった。


「教授へ伝える事にしよう。これはどう考えても彼らがシュルズベリィ教授を日本へおびき寄せる為に撒いた餌だね。で、彼らも乗るさ。ニャルラトホテプと言うかクトゥルフに関しては彼らが専門家だ。誰かを派遣してくれるだろう・・・いや、今回はもしかしたら教授が動くかもしれないね」

「大統領。予想も良いですが、少しはきちんと言って欲しい所ですね」

「あはは。わかってくれて嬉しいよ、マット・・・さて、どうするかね」


 副大統領の笑いながらの抗議の声に、ジャクソンが少しだけ考えている風を見せる。派遣してくれるだろう、と彼は言ったが人任せにするつもりは無かった。米国のホワイトハウスとしても、誰かを派遣するつもりはありありだった。


「流石にスターズも隠し玉になるジャックは無理か」

「大統領選の後に、同盟国との関係構築の為を考えての来日にさせるしかないですか」

「そうだね・・・そこで向こうで直接報告を聞いてもらう事にしよう。あ、そう言えば選挙戦といえば・・・アンダーソン財団はどうなりそうかね」

「今のところ、その詳細をマスコミ各社に嗅ぎつけられた様子はありませんね。我々の動きを微かにでも感じ取っているタブロイド紙はかなり警戒している様子ですが、同じくです」

「そうか・・・まぁ、それは良いか」


 ジャクソンは話の流れで問いかけた事なので、それは今は横においておく事にする。アメリカ大統領は退任後は大抵自分の名を冠する財団を作って、何らかの活動をするのが通例だ。そしてジャクソンもそれは変える事はない。

 が、それは表向きだ。裏向きにはそれの代表として、ジャックの支援、つまりはアメリカ政府の支援に動く事にする予定だった。費用は勿論、アメリカ政府、ひいてはそれを支援する超巨大な企業連合が持つ事になっていた。当人はミネソタあたりで釣りでもしながら隠居しているさ、と公言して憚らないが、誰もそんなの信じていなかった。


「そうだね・・・じゃあ、エレンちゃんに頼む事にしよう」

「はい?」

「表向きは高校の留学で良いさ。彼女を囮にすれば、教授達が調査をしやすくなる」

「ブルーをおびき出す為の言い訳でしょう」

「あはは。そうとも言う。他にも数名見繕うけど、少女らになるだろうね。ブルーくんは女の子が大好きな様子だからね」


 副大統領の言葉に、ジャクソンが大いに笑う。かつての煌士の一件でも分かるが、この高校生の少女とカイトの縁は何か因縁めいたものがあったらしい。

 そして魔術というある種超常的な物を知れば、ここら不思議な縁は不思議と信じられてくる。なので万が一に備えた願掛けのような人選だった。

 勿論、当人の実力も高い事もある。調査員としての実力はいまいちだが、戦闘員としての実力と囮としての性格として悪くはない。他に彼女が暴走しない様に誰か一人援護に配置すれば、問題はないだろう。


「じゃあ、クリスちゃんとエレンちゃん。この二人にはとりあえず確定として天桜学園の関連校へと行ってもらう事にしよう。教授達も大方この両校へ研究者を向かわせるだろうからね」

「ミスカトニック大学と提携しているが故、ですか」

「そう読んだよ。丁度エレンちゃんもクリスちゃんもどっちもミスカトニック大学とその付属校に所属させている。丁度よい話さ」


 副大統領の言葉にジャクソンが応ずる。現在、天桜学園とミスカトニック大学という大学は姉妹校提携を行っている。これは数年前の日本・アメリカ・イギリスによる3ヶ国での同盟締結に関わるもので、その縁を使って留学を申し込むつもりだった。これは流石に断れないだろうという推測だったし、断れる道理がない。


「さて・・・じゃあ、急いで手続きを取らないとね。年末よりも前に、留学だ」

「わかりました。早速、辞令を出して手続きを行わせます。援護には横浜の米軍を?」

「そうだね。太平洋艦隊の司令官と基地の司令官には二人に最大限の便宜を図る様に命じてくれ。勿論、情報処理のランクは極秘。国家機密扱いだ」

「わかりました。では、さっそく手はずに取り掛かります」


 副大統領は少しだけ腰を折って、その場を後にする。早速行動に入ったのだ。


「さて・・・ブルー君。君はどういう動きを見せてくれるかな。あわよくば、君の正体の断片でも掴めると面白いのだけどもね」


 千方の一件さえ掴んでみせたアメリカにさえ、カイトは正体を悟らせていない。桁違いの技量と言葉通り世界が違う技術を使いこなすことで正体を隠し続ける事が出来ていたのだ。そうして、ついに大国の一つが動き始める事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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