第120話 世界の真実 ――その一端――
同じ神である御門ことインドラの苦言に腹を立てたニャルラトホテプ達は、とりあえず誤解を解くために世界の真実を語る事にしたようだ。そうして、彼女らはホテルの一室を魔術で操作して、宇宙図の様な物を投影した。
「うわー・・・」
「結界ガン無視かよ・・・」
宇宙を上から見下ろすという物凄い光景に感動する浬達を横目に、この部屋の調整を行っていたインドラが背筋を凍らせる。彼よりも遥かに、ニャルラトホテプ達は格上の存在だった。世界に対する影響力が桁違いなのだ。
「これが、私達の存在する世界です」
「きれいでしょー」
ニャルラトホテプ(中)に続けて、ニャルラトホテプ(小)がニコニコと見たままの感想を述べる。そうして、今度はニャルラトホテプ(大)がその中の一角を拡大していく。
「で、これが君たちの住む地球だね」
浮かび上がったのは、太陽系だ。地球があり月があり太陽があり水星や金星がある、誰もが知っている太陽系だ。
「今、あなた達が確認出来ている中で文明が存在するのは地球だけ・・・ですが、地球以外にも文明は存在しています」
ニャルラトホテプ(中)はそう言うと、コントロールを引き継いで宇宙の他のエリアを幾つかピックアップする。するとそこには、既に地球文明以上の文明の発達がある文明の存在が見て取れた。
どうやら、年齢が近い方が良いだろう、とニャルラトホテプ達はニャルラトホテプ(中)が基本となり説明をする事にしたらしい。彼女が中心に立っていた。
「これが何処か、というのは皆さん地球人の発展の為に明言はしません。しませんが、これはリアルタイム映像です」
「・・・ということはまさか・・・これは宇宙人なのか!?」
「その通り」
目を見開いた煌士の言葉に、ニャルラトホテプ(大)が笑いながら指で花マルを描いて浮かべる。この言葉が真実か否かは誰にも――それこそカイトにもフェルにも御門にも――わからないが、真実であるとするのなら、正真正銘現在の宇宙には別の生命体が居る事の左証だった。
「勿論、今は発達した所をお見せしましたが、発達していない所も幾つも存在しています。文明レベルは様々。それこそ旧石器時代の星から、今の皆さん程度の星、今見た超未来の文明まで様々です。宇宙から見て確認しやすい、という事で上を見せただけです」
わかりやすいから上を見せただけ、とニャルラトホテプ(中)は言うと、拡大した映像を収縮させる。それに煌士は残念そうだったが、仕方がないと諦めた。
「さて・・・その上で、神という役割を語りましょうか。そも、そこの雑魚軍神様は人類の庇護者の様に語りましたが、それもまた真実ではあります」
「ぐっ・・・」
ニャルラトホテプ(中)から指名された御門が顔を顰める。出来ればそう何度も雑魚雑魚と言わないで欲しい所であった。
「が、同時に神は試練を与える者。それは避けられぬ道理です・・・でしょう?」
「・・・はぁ。ああ、そうだ。俺達神々は時として、人類に試練を課す。人類の発展を願えばこそ、だ」
ニャルラトホテプ(中)の指摘を受けて、御門もまた、それを認める。そしてこれは誰からも疑問に思われなかった。神話では、神様は何度も人類に試練を課して人類の発展を導いてきた。時には敵に回り、人の障害ともなっていきた。なんら不思議は無い、神様の活動の一つだろう。
「が、それも人類の黎明期で星の神様の仕事は終わりです。後は、時折どうしても解決出来ない事象が起きた時や星に異常が出た場合にのみ、人類を守る事になるのが、星の神様です。現に今のインドラはあなた達の庇護者という側面が大きいでしょう? まぁ、これは特殊な例ですけどね」
ニャルラトホテプ(中)が浬達へと問いかける。それは誰もが認める所だ。この間の千方の一件でも彼は風鬼から侑子を守り抜いたし、今回の一件では天神市に帰ってそこで天道財閥の強力な助っ人になっている。試練を与える事よりも、人類の危機に手を貸している事の方が多かった。
「が、試練が無ければ堕落するのが、人類の定め。宿命でも良いでしょう・・・が、それでは困るのですよ」
「困る? 誰が?」
「この世界そのものが、です」
浬の問いかけに、ニャルラトホテプ(中)が明言する。そうして、彼女は続けた。
「先程、上司のアザトースと言いましたが、その更に上司、謂わば会長や社長と言えるのが、この『世界』そのものです。私達はある種、『世界』そのものの意思を代行している、と言うところでしょう。別に珍しくも不思議も無く、そこのインドラやあなた達が知る所ならオーディンやゼウス、アマテラスらも一緒ですね。その点、彼らが地球という星を基盤としているということと、私達はこの宇宙全てを基盤としているという所にしか差は存在していません」
「・・・ああ、正解だ」
確認の為に一同の視線を受けた御門が、肩を竦める。ニャルラトホテプ(中)の言うことは何か不思議ではなく、少し神様について詳しく知っている者であれば常識として把握していることだった。勿論、神様なら常識というか全ての大前提として把握していた。
つまり、いくらニャルラトホテプ達が特殊だろうと、所詮は普通の神様なのだ。群体の神様というだけだ。その点は、日本の八百万の神々も似ているだろう。そう言う意味では、彼女らは日本の神々との相性は良い。そしてそれ故、物語に語られる程の全能さは無いのである。
「さて、その上で世界が困るとはどういうことか、というと、簡単です。『世界』は・・・そうですね、貴方達全ての母親は成長を望んでいます。腐敗して滅びる事は望んでいない」
「・・・つまり、千尋の谷に落とす、ということか・・・? 星の神々・・・インドラ殿の仕事は、その星の人類の黎明期までの面倒を見る。その後の人類が星の海に足を出した宇宙時代の黎明期に試練を与えるのが、ニャルラトホテプの仕事、と」
「理解が早くて助かります。それ故、全世界に私達は存在する。全世界で統一した試練を課す必要がありますからね」
煌士の総括に、ニャルラトホテプ(中)が感謝を述べる。そういうことなのだ。規模は大きいが、ニャルラトホテプ達のやっている事は人類の黎明期に御門達がやっていることと何も変わらない。文明の発達に応じて規模と手段、そして試練を課す存在が変わっているだけだ。
「「「私達ニャルラトホテプは人類の中に潜り込んで、人類を内側から引っ掻き回す事で試練を与える存在。そして同時に、人類に対して他の文明の存在を匂わせて星からの飛躍を促す為の存在・・・それ故に、私達は試練を与え、突破した暁には星の海を渡る力を与える。それが、母なる世界の望みであれば」」」
ニャルラトホテプ達は神々しさを纏い、一同へと告げる。悪辣さもある。いやらしさ、目を背けたくなるような悪徳な所業も多い。だがそれでも、今の彼女らの顔は一言で表すのであれば、人類の更なる繁栄を願う神の顔だった。そうして今度はニャルラトホテプ(中)だけが続けた。
「そしてそれ故に、私達は無慈悲に滅ぼします。腐敗から逃れられないのであれば、その星の人類に存続の価値は無し。緩やかに滅びるのであれば、一思いに滅ぼして次に託します・・・そう、かつてのアトランティスと今の貴方達の様に」
「ああ、明言しておけばね。あれを滅ぼしたのは、どの個体でもなくあの鵺の『パパ』とやらだ。それなりに愛着はあったらしいのだけれどね。一思いに、全てを闇に葬ったよ。勿論、総意として、全員が同意している。当時大体20億人ぐらい居たけどね。大体19億9990万ほど、間引きした様子だね。10万人も居れば問題はない。残った僅かな文明の子供達は世界中に分散させて貰った。今度は世界中に色々な文明を根付かせて貰いたかったものでね。彼らは飛び出すではなく、引きこもる事を選択したからね」
「「「なっ・・・」」」
それはおそらく、クトゥルフ神話に語られる旧支配者達の来訪の話、なのだろう。誰もが、それこそ初めて聞いたらしい御門さえも絶句して二の句が継げなくなる。背筋を凍らせる事さえ、できなかった。
当時は当時の神様が居たのだろう。だというのに、殆ど何の痕跡も残せずに滅ぼされたのだ。それほどまでに、ニャルラトホテプという存在は強大な力を持ち合わせているらしい。
「ま、そこまで怯える必要はありませんよ。私達に対しては人類が死ぬ気を見せてくれれば、それで満足して退散しますから」
「試練を与えて失敗すれば滅ぼす、と不安になるが、その試練だって理不尽ではないつもりさ。きちんと、クリア可能にはしている。無理ゲーにはしていないつもりだよ」
ニャルラトホテプ(大)と(中)は苦笑混じりに、少し怯えさせすぎた、と首を振る。確かに最悪は滅ぼすが、そこまでしないのが常だ。そしてそれは神様である以上、当然の話だった。
「それにー。理不尽には私達も滅ぼせないんだよ? きちんとお母様のお母様にお伺いを立てて、何度もお伺いを立てて、それで滅ぼすんだよ」
「どちらかと言えば、そこまで何度もチャンスを与えられても越えられなかった文明の方が悪い、というのが我々の総意です。現に先に見せた文明などは越えていますよ? 脱ゆとり教育。越えられなくても仕方がない、ではなくこの世は正真正銘の競争社会なのです」
深刻にならない様にするつもりなのか、ニャルラトホテプ(中)は(小)の言葉を引き継いで何処かおちゃらけた風に話す。
「まぁ、そういうわけなので・・・ぶっちゃけると、私達も彼が滅ぼそうとしない限りは、止める権限は無いです。通常の行動は自由なので。悪い子もいれば、良い子もいますよ。まぁ、その良い悪いもあなた達の感性、というだけで別の星では真逆になる可能性も大きいですけどね。私達と貴方達の感性の差は貴方達がこの星しか知らぬが故で、私達は別の星々の感性も持ち合わせている、というだけですね」
ニャルラトホテプ(中)は改めて祢々の『パーパ』とやらと祢々の動きを止められない事を明言する。いや、止めようとすれば止められるので、正確には止めない事を、だろう。
悪びれることも無いのは、やはり感性の差だ。そしてその感性の差を文明の違い、と言われては誰にも何も言えない。正真正銘、これは未知との遭遇だからだ。だが、それをおぞましく思うのも、地球人だから仕方がない事だった。
「理解できない・・・」
「それで結構。貴方達が理解できないのも当然。私達は別の星の文化風習にも影響を受けて動いていますから・・・高々数時間で理解されても困ります。数千年掛けて、理解していってくださいな」
ニャルラトホテプ達を何処かおぞましい物でも見るような目で見て呟いた鳴海に対して、ニャルラトホテプ(中)はそれで構わない、と明言する。
別に彼女も理解は求めていない。今理解しろ、と言った所で無駄である事ぐらい人類の歴史が証明しているからだ。少なくとも、彼女の言うとおり数百年数千年掛けて理解していかねばならないことなのだろう。
「とは言え・・・理解出来ぬから、と排斥するわけにもいきません。貴方達が全宇宙で戦争を巻き起こすつもりなら、別ですけどね。あぁ、それは別に私達も止めません。文明の選択ですからね。それをなさいますか?」
冷酷に冷徹に。ニャルラトホテプ(中)は『普通の感性』を持つ鳴海に告げる。理解できない、と非寛容であっても構わない。その果てに待つのは戦争だ。そしてニャルラトホテプ達は戦争を否定する事はない。いざとなれば、彼女らが引き起こす。所詮、戦争は手段にすぎないのだ。目的ではない。
「ま、その上で言えば私達はその点、仲介役も担っています。全ての星に居ますので、全ての文化風習に理解を示していますので。まぁ、それでも今は初会合みたいなものなので、今はそれで良いんじゃないですか? 今は」
「う・・・」
ニャルラトホテプ(中)に言われて、鳴海が後退りする。それは何処か、見下げられている様子があった。やはりなんと言いつつ、このニャルラトホテプは戦争は嫌いなのだろう。必要だからやっているだけ、というのが何処かにじみ出ていた。どちらかと言えば、地球人寄りの思考を持っている様子だった。
「はぁ・・・そう責めてやるな」
「いえ、そういうつもりは無いですよ? ああ、そう言えば貴方は別世界の存在。そう言う意味では、私達と同類でしたか」
「まぁな」
「・・・え?」
フェルの言葉に、全員が驚く。堕天使だ、とは聞いていたが、正真正銘地球人では無いとは思ってもいなかったのだ。そうして、フェルは別に隠すことでもない、と明言した。
「はぁ・・・私はこの世界の存在では無いよ。と言っても、天使でもそれは私だけだ。他は全員地球で生まれ育っている」
「ま、このように別世界の者だろうと理解し合える者も居るんです。そこらで、折り合いはつけてくださいな・・・あ、傲慢なのは彼女の性格で、他の存在は関係ないですよ?」
「・・・うん」
続けたニャルラトホテプ(中)の言葉に、鳴海も頷いた。確かに、別世界のフェルでも可能なのだ。同じ世界に住む存在なら可能かもしれない、と思えたのだ。
「さて、ではその上でなぜ私達が今の地球を滅ぼさないか、ですが・・・簡単に言って今の地球は私達からしても、重要な存在と位置づけています」
「それは、なぜだ?」
「『真王』候補が存在しているからです」
煌士の問いかけを受けたニャルラトホテプは、カイトの使い魔を指差して明言する。
「我々ニャルラトホテプとて神。この世界への奉仕者です。そして、この世界は遠き未来の果てに全てを統一する事を望んでいる。わかりやすく言うと、全てが分かり合える事を望んでいる、ということですかね」
「全宇宙の統一、という話か?」
「そう考えてもらって構いません」
煌士の問いかけに、ニャルラトホテプ(中)は頷く。少し考え方ややり方などは違うかもしれないが、簡単にはそれで良かった。
「その時、全ての『人類』の指導者となる者を『真王』と我々は呼びます。その候補者の事を、我々は『真王』候補と呼んでいます。そしてその『真王』候補の名は・・・カイト・アマネ。現人類最強の存在です」
「え・・・?」
唐突に兄が指さされて『真王』候補である事を教えられて、浬が困惑する。が、カイトはそれに、肩を竦めた。
『勝手に言ってるだけだ。王座なんぞ就くつもりはない』
「だよねー・・・ほっ・・・」
柄でもない。そう思った浬は、安堵の表情を浮かべる。兄が何処か遠くへ行く様な気がしてしまったのだ。なんだかんだ言いつつ、彼女は兄が好きなのであった。が、それに対してニャルラトホテプ(中)はただ、事実だけを指摘した。
「貴方がそう思おうと、我々は何時か貴方が『真王』となると目している。『世界』もそう思っている。この宇宙で貴方一人だけが、全てを束ねる可能性がある。どれだけ他に進んだ文明があろうと、現時点でさえ一番『真王』に近いのは貴方ですよ」
「え・・・?」
『やれやれ・・・』
ニャルラトホテプの指摘に、カイトは肩を竦める。それは鳥の顔なのにわかるぐらいには、嫌そうな顔だった。
「貴方以外にこの星でギルガメッシュから直々に<<星の剣>>を授かった者は居ない。全ての『世界』において貴方以外の誰が、大精霊達と友誼を交わせました? そして貴方の本体が今、私を呼び出せる<<輝く闇>>を所有者として持っている・・・これらは全て、全宇宙でも貴方だけですよ」
ニャルラトホテプ(中)は相変わらず事実を事実として認めたがらないカイトへと、事実を羅列する。だからこそ、彼女らはカイトこそが『真王』だろう、として彼の側にニャルラトホテプを配置したのだ。
それもカイトに疎まれない様に、彼の好むだろう容姿と性格を持つ者をわざわざ新しく作って、だ。ある種、ニャルラトホテプ(中)の存在そのものがカイトへと媚を売っていたのだ。それだけ、カイトをこの世界と裁定者たるニャルラトホテプ達が重要視している証だった。
「そしてそうであればこそ、その『真王』が帰って来るだろう地球を滅ぼす事は出来ない。この星の命運は『真王』候補にこそ預けられるべきで、それの不在の最中に滅ぼす事は私達の方針に反する。それは祢々の『パーパ』も変わらない。だから、安心は安心なのですよ。彼が居ないからこそ、私達は地球人類に試練を課せない、というわけです。この点は、幸運でしたね」
ニャルラトホテプ(中)は浬らへと、幸運だ、と語る。カイトが居れば、試練になったかもしれないのだ。だが居ないが故に、アトランティスを滅ぼしたニャルラトホテプもゲーム程度で抑えている。
確かに、幸運だった。そうして、そんな断言と共に、今では誰も見向きもしない宇宙の映像は、終わりを告げるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




