僕の友達、私の――
倒れた子供を拾ったあと俺たちは近くで野宿をすることにした。
今は火を囲むように座り、このあとどうするのかを話している。
先ほど拾った子供は少年だったらしい。
「らしい」というのは、まだ体も小さく、顔も幼いため俺にははっきりと判断できなかったからだ。
オッカムが少年と言っていたから間違いないだろう。
彼の目はまだ覚めていない。
目立った外傷はなかったため、疲労で寝ているだけだとオッカムはもらしていた。
第一部隊からの連絡も結局こなかった。
ルイーナで何かが起きていることは間違いないだろう。
「明日の朝、日が昇る前ににルイーナへ向かう。馬の足を速めれば朝のうちに着く」
「わかりました。途中、軍が待ち伏せていると思いますがどうしますか」
トリカはオッカムに対しては、いまだに丁寧語で話している。
「今の俺たちは旅人ってことなんだろ。遺跡でおもしろいものが発見されたと聞いて見に来たとでも言えばいいんじゃないかな」
「そうだけど、それでも通してくれなかったらどうするの」
「そのときは――」
オッカムが口を開く。
俺とトリカは、次の言葉を待ってオッカムのほうを見る。
「眠ってもらうしかない」
要するに力尽くだ。
「朝には少年を起こして話を聞き出す。何があったのかはルイーナに着く前に知っておきたい」
俺とトリカは頷いた。
朝になり、さっそくルイーナへ向けて移動を始めた。
朝と言っても周囲はまだまだ暗い。
俺とトリカは前がよく見えないため、夜目の利くオッカムが御者台で周囲を見張っている。
俺たちは子供から話を聞き出すという重大な使命を課せられた。
どうもオッカムは子供が苦手らしい。
オッカムが子供を苦手というよりも、子供のほうがオッカムの鋭い目つきを怖がるのだろうと勝手に予想している。
「おい。朝だぞ、おきろ」
まだ暗いけどなと思いつつ、少年の肩を揺さぶる。
彼は小さくうなったあと、ゆっくりと目を開けた。
「おはよう」
声をかけるが、少年はまだうつろなままだ。
「……お兄ちゃん、だれ」
「私たちは旅をしてるの。ルイーナに向かってる途中であなたが倒れるのを見つけたから拾ったんだけど、どこか痛いところはない」
横からトリカが柔らかい笑顔を浮かべて話しかける。
下手に口を出すよりトリカに任せた方がよさそうだ。
「うん、だいじょ……あっ、ボヤイ! ボヤイはどこ?!」
少年は急になにかを思い出したようで叫びながら周囲を見渡す。
彼の目が俺の横で止まった。
俺もそちらへと目を向ける。そこには金属でできている人形があった。
昨日、少年の近くに落ちていたものを拾っておいたのだ。俺は軽く手を伸ばして人形を掴み、そのまま少年に渡した。
少年は安心したように人形を両手で抱えている。
たしかあの人形は荷物の中に入れたような……。
「彼はボヤイっていうのね」
「うん、ボヤイは僕の大切な友達なんだ」
「そうなの、いい友達ね。私はトリカ、隣のおにいさんはルイゼット。前で馬を見てるおねえさんはサリーっていうの。あなたはなんていうのかな?」
オッカムは名前があちらこちらに知られているため、普段はサリーと名乗っているらしい。
とりあえずサリーと伝えてくれとさきほどオッカムにいわれていた。
「僕の名前はガウスだよ」
「ねえ、ガウス君。私たちはこれからルイーナに向かおうと思ってるんだけど、何があったのかおねえさん達に教えてくれないかな」
「そうなんだよ。大変なんだ! おじいちゃんが死んで、手紙を出して、あいつらが来て、そのすぐあとで軍人さんが来て、助けをよばないとって、でもあれをどうにかして守らないといけなくて!」
錯乱してしまっている。意味がよくわからない。
「ガウス君、落ち着いて。まず最初からゆっくり話しましょう。おじいさんが亡くなったのね」
「……うん。一週間ちょっと前に倒れて、そのまますぐに死んじゃったんだ」
「それはつらかったわね」
ガウスの目には涙が溜まってきていた。
「おじいちゃんが死んじゃう前に『わしが死んだら手紙をだしなさい。そいつがお前の面倒を見てくれるはずだ』って言われてて、手紙を出したんだけどなかなかそのひとが来なくて」
「ご両親はいないの?」
「うん、どっちも知らない。ずっとおじいちゃんと遺跡を調べながら暮らしてきたんだ。手紙を出したあとで変なおじちゃん達が来て、そのひと達が手紙の人かと思ったけど、あいつらは遺跡の中を荒らしてるだけで、僕のことなんか知らないっていうし」
あいつらとはホルダー集団のことだろう。
「しかも、そいつらが来て数日したら今度は軍の人たちがきて、軍人さんとあいつらが遺跡の中で戦いを始めたんだ。すぐに終わるかと思ってたんだけど、遺跡が広いからかなかなか終わらなくて、軍の人たちを手伝うわけにもいかないし、村の人にも頼れないから、とりあえず誰か村の外から助けを呼ぼうって村の外に出たんだけど、歩いても歩いても道ばっかりで」
「それで私たちに出会ったってわけね。でも、どうして軍の人たちを手伝わなかったの、それに村の人にも頼れないってどういうことなの」
「おじいちゃんが軍の人には危ないから近寄らないようにしなさいって言われてたし、村の人とはあまり話さないんだ」
「どうして?」
「えっと、それは……」
なるほど、やっとわかってきた。
「ガウス、それは君が能力者だからじゃないのかな」
「えっ?」
トリカが驚いたようにこちらを見る。
一方のガウスはばつがわるそうに俯いていた。
「軍の人を手伝えなかったのは君がホルダーだから、村の人に頼れなかったのは君がホルダーであることを知られていたから、人形が大切なのは君の刃だから、違うかな?」
俺が人形に目を向けると、ガウスは人形を守るように抱きかかえる。
「違う! ボヤイは刃なんかじゃない、僕のたった一人の友達なんだ」
「ホルダーであることは否定しないんだね」
「……そうだよ、僕はホルダーだよ。どうせおにいちゃんたちも僕を気味悪がるんでしょ、村の人たちみたいに」
「いや、そ――」
「――んなことはないよ」と言いかけたところで、隣からトリカに「ルー」と名前を呼ばれて目を向ける。
わずかな殺気を感じた。そこには俺が俺を見ていた。トリカの鏡だ。
「へっ?」
口から声が漏れる。まばたきをした次の瞬間、見える風景が変わっていた。
そこには鏡に映る俺もトリカもいなかった。大きな枠とそこから入るわずかな光だけの世界。
鏡の中、トリカの能力だ。
対象がトリカの鏡に映る対象自身の目を見ることで、対象を鏡の中に閉じ込める――移すことができる。
つまり、自分はいまトリカの鏡に閉じ込められている。一週間ぶりに閉じ込められた。
ちなみにトリカはもう一つ鏡から鏡へと移動する能力を持っているが、トリカの全身を映す鏡が必要になるらしい。そちらは町中でないと使えないだろう。
丸枠に映る風景が動く。丸枠にはガウスが映っている。
彼は目を丸くして俺のほうを見ている。
そりゃそうだろう。
いきなり、目の前から人が消えて、その人間が鏡に入ってたら誰だって驚く。
入れられるほうも驚くんですよ、トリカさん。わかってますか?
「ガウス君。おねえさんもホルダーなの。正確にいうと前にいるサリーさんもホルダー。鏡の中にいるおにいさんは――ルーは違うんだけどね。私たちはあなたと同じなの。同じように周りの人たちから避けられてきたの」
文句を言おうと思ったが、黙って聞いておくことにした。
「おねえさんたちもそうなの」
「ええ。避けられて、ひどい言葉を浴びせられた。ときには殴られたりすることもあったわ。誰もおねえさんを見てくれなくなって、私自身も誰も見ようとしなくなった。でも、そんな嫌な私と友達になろうっていう奇妙な――奇特な人に出会ったの」
俺は目を閉じて話を聞いている。
トリカがどうして俺を鏡に閉じ込めたのかわかった。
「しばらく、人と接していないとどんどん接するのがつらくなってくるの。どうせ理解されないだろうからって心に嘘と言い訳をつき続けて、しだいに自分の本当の思いもよくわからなくなる。一度その状態になるとそこからでるのが難しい。私はさっきの人に手を伸ばしてもらえたから助かった」
「その人はどうなったの」
「その人はいま私の大切な人になってるわ」
俺にとってもトリカは大切な友達だ。
「ガウス君がボヤイと友達になったみたいに、ガウス君とボヤイも私達と友達になれると思う」
「……僕にできるかな」
「その人ならきっと即答するわ」
できるさ。
「――ってね」




