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刃なき剣の旅路  作者: 雪夜小路
旅立ち
1/53

死刑執行

「ルイゼット様」


 名前を呼ばれて目が覚める。

 どうやらうたた寝してしまっていたようだ。


 入れ、と声をかける。

 執事のブルッフがドアを開けて入り口のそばに立ち、こちらを伺う。


「時間でございます」


 丁寧な口調で知らせる。普段は張りがある声も今日はどこか弱々しい。


「わかった」


 ベッドから起き上がり靴を履く。


 ブルッフの横を通り過ぎると再び呼び止められる。

 衣服が乱れていたようだ。ブルッフが静かに自分に近づき整える。


「懐かしいな。昔はよくブルッフにこうして直してもらった」


 ブルッフはなにも言わない。


「十の頃からは自分でもきちんとするようになったからな」


 やはり、ブルッフは何も言わない。


「それも今日で最後だな」


 ブルッフの手が止まる。それも一瞬で、再び動きだす。


「お坊ちゃま……」


 声が震えている。そう、こうしてもらえるのもこれが最後だ。


 今日は俺の――死刑執行日なのだから。




 フロントまで来ると多くのメイドたちが二列で並んでいた。

 列の間を歩くとメイドたちが頭を下げていく。

 ブルッフがドアを開けるとそこには見慣れた顔があった。ロンだ。


「刃吏十二軍が第一針ロンジン。ルイゼットを迎えに来た」


 こちらを見ながら堂々と声を張る。


 刃吏を示す白い軍服、そして胸には時計を模した刃吏章を佩用している。

 ロンの髪は短く切り詰められ、その顔はいつも以上に引き締めらている。

 身長は俺より少し高い、だが見上げるほどではない。

 六歳のころからずっと一緒につるんでいた。

 同じ師のもとに通い共にその腕を磨いて来た。

 体格は俺と同じで細く引き締まっている。その軍服に隠れた体は並大抵の鍛え方では得られないポテンシャルを有している。

 同じ年代で彼に力で拮抗できるのは俺とケファ兄くらいのものだった。


 後ろを振り向き「行ってきます」と言うが、執事やメイドたちはなにも言わない。

 ただ俯くだけだった。




 死刑の執行は城内で行われる。

 他の役人たちもついてくるようだったが、ロンが一人でいいと言い聞かし、今は二人並んで歩いている。

 屋敷は城からすぐそばにあり、十五分ほどで着く。

 始めの三分はお互い黙っていたが、気まずくなり俺の方から口を開く。


「そういえばロン。刃吏になったんだってな」


 返答はない。


「おめでとう。本当はもっと早くに言ってやりたかったんだけど、最近は身辺整理で捕まっててさ。会いに行けなかったんだ。まあ、お前なら第十二針だって夢じゃないさ」


 ロンは足を止め、こちらをさっと向く。

 その顔には普段の凛々しさがなくなっていた。

 すぐに正面をむき直すと「どうして――」と呟き、胸の勲章を押さえた。勲章から手を離し、正面を向き再び歩き出す。

 ロンの顔は今にも泣き出しそうで、その顔を見るのがつらく俺も顔を前にして歩き出す。

 あとは石畳を蹴る俺とロンの足音だけが耳を通過していった。




 城に着くと黒い軍服を着用した衛士に引き渡された。

 毎日のように見ている城だが近くでみるとやはり大きい。

 城はこの国のほぼ中心にあり、周囲を監視しているようにも見て取れる。


 控え室で五分程度待たされたのち、再び衛士に引き連れられ執行室に入った。話には聞いていたがその通りだった。


 部屋は円形であり、中心に階段のついた高台がある。

 壁や床は石でできており、ひんやりとした冷気が俺を包んだ。

 高台の周囲には、さらに高い位置に閲覧席が十二ある。閲覧席は時計の文字盤の如く高台を囲んでおり、全てに人が腰掛けている。


 ここには刃吏十二軍の長がそれぞれ座っている。

 彼らはこの国を武力、知力、技術力といった様々な力で支えている。

 いや、支配しているというほうが正しい。


「ルイゼット、前へ」


 正面から聞き慣れた低い声が聞こえる。

 石造りのこの部屋では小さな音でもとてもよく響く。


 衛士が俺に階段を登るように促す。

 一段目を上ると右斜め前方の閲覧席に座っていた人物が席を立つ。ロンである。

 ついで二段目踏むと、ロンは彼の刃である槍を掲げた。同時に右の閲覧席に座っていた人が席を立つ。

 席を立つ際、各人は自分の刃をそれぞれ体の前に掲げる。


 刃はこの国において自分の証明である。

 個人はそれぞれ道具、兵器といったものに出会い、独自の力を得る。

 このときに目覚めた道具を刃と言っている。


 俺にはその力を得ることができなかった。

 十六になったが、自分の刃に出会うことができなかったのだ。

 多くの兵器や宝石、文具、果ては調理具を使ってみたが、何一つとして俺と反応するものはなかった。


 十三の頃からはもう力の目覚めに半ば諦めていた。

 刃がこの国で自分の証明である以上、力に目覚めていないものは人として認められない。城下町から追放され、ヒエラルキーの最下層として生きていくことになる。

 しかし、自分は王族であった。本来、貴族以上は十七になるまで刃を見つけなくても人として扱われる。

 ただし、その際は追放刑でなく死刑となる。


 先日、王に向け暴言を放った俺は十七の誕生日を迎える前に、『今後、刃に目覚めることはない』。

 すなわち、人にあらずという理由で、人生の幕を下ろされることとなった。


 この突然の執行に対し、第三針であり俺の兄貴分であったケファロ――ケファ兄が、王に俺を許すよう訴えた。

 しかし、王はこの抗議に対し怒り、ケファ兄から刃吏の位を剥奪し、死刑とした。


 これにより一針と二針がそれぞれ二針と三針に繰り上がったことで、ロンは第一針に就いたのである。




 一段ずつ登り十二段目を登ったとき、正面に立っていた人物が席を立った。


 彼こそが刃吏十二軍のトップである第十二針。

 そして、この国の王にして俺の父――ディオニュシオスだ。

 約百年前にこの国が建国されてから、六代目の王としてその席を独占している。


 服装は他の刃吏たちと同じ白い軍服である。

 右となりに見えるロンと比べてもその大きさの違いがはっきりとわかる。

 かつて黒々としていた頭は、五十になる今では全て白くなっている。

 顔は険しく、とくにその眼は見るだけで人の命を切り捨てる、とも噂されるほどだ。


 小さいときの俺は親父のこの目がとても苦手だった。

 父の目の奥になにか別の大きな怪物がいてそれが父の目を介して見ているのではないか感じていた。

 そんな思いをよそに周囲の人間は俺の目が父にそっくりだと言う。

 形は確かに似ているかもしれないが、やはり根本的ななにかが違う気がしていた。


 最後の十三段目に足をかけたとき、王は彼の刃である諸刃の剣を体の前に掲げた。その諸刃の剣はダモクレスと呼ばれ、この剣で刃に目覚めることがこの国の王の証となっている。


 三十四年前、ディオニュシオスはこの剣で実の父――俺にとっての祖父を殺して王の座に就いた。その後も息子(俺にとって兄)、妻(俺にとっての母)、彼の親友をその剣で次々と切り捨てている。

 俺も本来はこのダモクレスの剣で刃に目覚めるはずだが、ディオニュシオスはその剣に俺が触れることを許さなかった。




 十三段目には首にかけるロープが吊られているわけではない。

 ただの正方形の床しかない。一辺がせいぜい両手を伸ばしたくらいである。


 自分はいまその中心に立っている。


「これより刑を執行する」


 低い声とともに、王の右に立っていた第一針――ロンが掲げていた槍を自分のほうに突き出す。次に第二針が彼の刃である本を自分に突き出す。

 時計回りに刃吏たちが徐々に刃を下ろしていき、第十一針代理が鞘に納められた刀を自分に突き出し、最後にディオニュシオスが諸刃の剣を自分に突き出す。


「我ら十二針が刃を持って――汝の命脈ここに断つ」


 全員が声をそろえて宣言した。


 言い終えると俺の立っていた床が消え失せる。

 一瞬の浮遊感、その後、重力に従い俺の体は加速しながら落ちていく。

 王の姿が上に消えていき、すぐに真っ暗な世界となった。

 どんどんと落ちていくと下に光が見える。


 光に達すると、下には視界に収まらないほど大きな大地が見える。

 先ほどまでいた上に見える国の名前はダモクレス。王が持つ剣の名前が国の名前にそのままなっている。

 地上約五千メートルに浮かぶ島国である。

 下から見たのは初めてだ。


「ちっちゃいな……」


 呟いたものの空気の音でかき消され、耳には届かなかった。

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