陽追と月追
「たく、やりづらいったらありゃしねぇ」
何度も攻撃をしかけ、しかしその度に振るわれる四本の戦槌の猛攻によって追い払われる。まるで俺がどう動くか分かってるように振られるそれに、歯噛みしつつイライラしてしまうのはどうしようもなかった。
「どうした、契約者としての力は使わないのか!!」
「好き放題言ってくれる!!」
使わないんじゃない、使えないんだ、と言えればどんなにいいか。
契約者としての力の使い方、それそのものは何となく分かる。聞き覚えもやり方も知らないはずなのに、本能としてなのか知識としてなのか、とにかく知っているのは分かる。
だが、それを扱いきれるのか、また使ってどんな作用と副作用があるのかを俺は全く知らない。そんなものを、練習もなにもなしでいきなり対人で使うのは不味いと、バカな俺でも考えればすぐに分かる。なにより、
(なにより、恐らく契約者としての能力は強すぎる)
『ハティ』と『スコル』、契約者となってから入学まで軽く調べた限り、その神獣としての格はかなり高い。
神話上のエピソードはそこまで多くなく、寧ろ神話においてはマイナーな神獣ではあるが、その正体は『フェンリル』の子……つまり『ラグナロク』を引き起こした神『ロキ』の孫に当たる。
伝承通りの本人(?)だったのか、それともダンジョンと言う存在によって再現された偽物なのかはわからないが、それでも出会ったあの時感じた威風と覇気は間違いなく敵対など考えてはいけないと察するに余りあるものだった。
そんな存在の力を、ダンジョンの強力な存在を倒したことのない俺が扱って、お互いに無事でいられると気安く考えるほど、お気楽じゃあない。
「……シッ!!」
改めて気配をその場に置いて突撃しようとするが、その瞬間に戦槌が目の前に降ろされ邪魔をする。
「慣れちまえばその程度、簡単に防げんだよ!!」
「そうかよ!!」
攻防が続く。しかも俺の攻めは全く通用せず、方や向こうの戦槌はまるで踊るように無駄なく、しかし豪快に振られる。
捌いても捌いても全く近づけず、ついには
「っ!!」
嫌な音を立てた両の剣を見れば、最早捨てるしか無いと言わんばかりの罅が入っていた。
仕方なくそれをアイテムボックスにしまうと、一旦やつと距離を取る。
「どうした、予備の剣でも出せや」
「ホント、簡単に好き放題言ってくれるよ」
どうするか、最早打つ手など無い。確かに同じものはいくつもあるが、かといってそれが通用しないのは分かってしまっている。
「……お前、どうして契約者としての力を使わねぇ」
悩んでる俺に、やつは呆れるようにそう問いかけた。
「別に、使ったことの無い力を、他人相手に簡単に使うもんじゃないだろ」
「なるほどな、そいつは理解できる。が、だからこそここで使えば良いだろ」
その一言に思わずに呆れた視線を向けてしまった。
「ここは死なないように結界っていうセーフティが掛かってるって言っただろうが。慣れてないことは理解したが、ならここで使って慣れりゃ良いだろ」
「いや、だが、」
「それともなにか、お前はダンジョンでも味方がいるから、強すぎる力は使わねぇって封印して死ぬことを受け入れる口か?それならダンジョンになんて潜らねぇでやめちまえ」
やつはそう言うと鋭い視線を向けてくる。まさしく射殺すほどの殺気を纏った視線を。
「俺らダンジョン科の連中は死ぬことぐらい覚悟して潜ってるんだ。嘗めた覚悟のやつなんて居ねぇんだよ」
「……死ぬ覚悟、か」
そんなものは、あの逃げた日からとっくにできている。それでも
「他人にそこを触れられるのが、こんなにも腹立つことなんだって、今ようやく分かったわ」
目を瞑り、1つ深呼吸をし、そして自分でも開いた眼が据わっていくのを感じた。
「いいぜ、そこまで言うなら使ってやるよ。ただし」
後悔するなよ、その一言を吐き出し、俺の中の契約者としての力を両の拳から解放する。
「――我が右手には前進と浄化、我が左手には停滞と破魔、対にして合、黄昏の狭間の力を今ここに」
足元に白と黒、2つの三角形の形が交差し対象になるように展開され、回転と共に六芒星型の魔方陣として完成して光輝き、そしてその白黒の光は炎へと変貌する。
「――担うは牙、猛りし走駆、振るいし鉤は刻をも喰らう」
生まれた炎はそれぞれ両手を起点に全身を覆うが、熱は一切感じず、寧ろ漲るように全身に力が湧いて出る。
同時、その解放されようとする魔力や魔素と呼ばれるエネルギーが空間を震わせ、何となく、この場を張ってある結界が悲鳴をあげているのが分かった。
「――陽追と月追の神獣の契約者、荒守ムジナが顕現する。その力、我が身に宿りて我が身を守れ」
その一節、最後の詠唱を終えた瞬間、展開されていた魔方陣からエネルギーの爆発が引き起こり、巻き上げられた土煙が結界内を充満させる。
「……そいつが、二重契約者の姿か」
奴が驚くように、そして身震いするように呟いた。
黒と白の炎は、それそのものがコートのような衣装へと変わり、その両手にはその炎によって纏うように産み出された鉤爪のようなものが指の一つ一つに連動するように揺らめく。
「なるほど、これが基本型か」
掌を握っては開くを繰り返せば、その炎の鉤爪は指の1本1本に呼応するように動き、俺自身が振れても一切熱を感じない。
「は、大した威圧感だな……壊れないはずの結界が悲鳴をあげてるぞ」
「みたいだな……悪いが慣らし運転の相手をして貰うぞ」
「ほざけ!!」
瞬時、まるで狙ったように飛んでくる2つの戦槌だったが、その光景を見て笑うしかなかった。
「見えてるんだよな」
飛んでくる戦槌の軌道が、まるでパラパラ漫画のようなスローモーションで、かつどう動けば回避できるか考える余裕ができるほどに見えていた。
やろうと思えば簡単に攻撃を弾くこともできたが、あえて最小限の動きだけで回避する。
その事に驚いている奴に、俺は今までと同じように殺気を込めない瞬時の接近を仕掛ける。
「っはや!!」
先程までと同じ攻撃、なのに奴は全く反応できずに握った拳を胸に直撃でくらった。
瞬間、カハッという空気を吐き出す音と共によろめいた奴の背後に回り込み一撃、さらに同じようにと連続攻撃を仕掛けるが、奴は反応できずにやられ続け、俺が距離を取ったと同時に膝から崩れ落ちた。
噎せるように口から血と唾を吐き出し、また俺の攻撃で受けた炎による火傷と延焼が肉体とその衣服から嫌な匂いを漂わせる。
「ゲホッ!!……ま、まったく反応できねぇ、この俺が……階層主を何体も倒してる俺が?」
「へぇ、そうなのか」
理屈はわからないが、どうやら契約者としての力を解放すると、俺自身の体感速度と行動速度が跳ね上がるみたいだ。
「言っておくが、これでもまだLawギアだぞ」
試したいことはまだ色々とあるからな。
「チッ、ウオォォ!!」
その一言が癪に障ったのかはわからない、わからないが奴は戦槌を乱雑に、しかし回避も防御も難しい位置取りで振り回してくる。
普通の状態であったのならたしかに難しいのだろう。だが、関係なかった。
「『爪剣双牙』」
両手の炎を強く握りしめ、瞬間、今まで鉤爪の形をしていた両手の炎が、それぞれ黒と白の炎がみるみると形を変えて圧縮された直剣へと造形される。
振り下ろされる戦槌にわざと剣を振り抜く。それはまるで熱せられたナイフによってバターが切られるように、音も何も発てずに真っ二つに切り裂いた。
「は?」
「悪いな、加減できなかった」
呆ける相手に、本気で悪いと思いつつも瞬時に接近し、その首もとに刃を突きつける。
「ゲームセット……でいいよな?」
俺のその一言に、皇の姓を持つ男は乾いた笑いで降参するしかなかった。




