入学
数週間後、それはそれは山のようにできたやることを済ませ、春の新入生として『国電妖』の高等部に入学することになった俺は、溜まりに溜まった疲れに欠伸を漏らしていた。
「やれやれ、欠伸をしながら登校とは、随分と余裕があるようですね」
その姿を見ていた彼女……この数週間でほぼ毎日のように顔をあわせている司波アカネに俺は何も隠さず堂々と答える。
「そりゃ今までの生活と比べたら凍死する心配も餓死する心配もない、悠々自適な一般的な生活をおくれたんだからな。余裕すぎて欠伸が止まらないとはこの事だ」
「……まぁ言いたいこと自体は理解できますが、こちらとしては貴方が持ち込んだ案件のせいでかなり胃が痛いのですけど」
鋭い視線を向けられているが、何てことはない。ただダンジョン協会のほうで正式に買い取りをしてもらったものの金額と量と品質が、彼女たちの想像の斜め上を数歩行っていただけにすぎない。
「なんですか、即金だけでも数千万って。それに未知の遺失物素材まで出てきて、解析に時間がかかるのも当然というものでは?」
「否定はしないけどな。まさかあの猪肉が『神獣もどき』だったとは思ってなかったよ」
「えぇ、お陰で最低でもB等級素材としてkg単価数万円ですよ?それを数百kg……支部の予算を破産させるつもりですか」
そんなつもりは毛頭無かったのだが、結果としてそうしてしまった件については少々悪いとは思っている。
「けど協会本部で買取りして貰うなら、支部の予算が消し飛ぶ訳じゃないだろ」
「それは……そうですが、一応うちの組織としてはダンジョン協会はスポンサーの一つでもあるので、白い目で見られるのは少し……」
さようで、とそう返すと俺は話題を変えることにした。
「ところで、俺の入学することになる科……お願いした通りになったんだよな」
「えぇ、そこは当然。しかし意外ですね、まさか『ダンジョン科』を選ぶとは」
『国電妖』の高等部には主に四つの学科が存在する。
一つは一般入学生が通う、文字通りの一般的な高校と同じか、もしくは進学のための特別勉強を重視した、いわゆる『普通科』。
次に遺失物の歴史や伝承といった、現代通常科学とは別の知識や技術を解析し、再現や復元を行う『異文科』。
そして遺失物素材の技術解析・開発を主軸に現代通常科学との複合技術発展や、新技術開発を主眼に研究・開発を行う『機巧科』。
最後に、『異文科』並びに『機巧科』の解析・開発を実践的な角度から試験・運用を行い、かつ現代の異質さの元凶であるダンジョンそのものの解析・攻略を行う『ダンジョン科』の四つだ。
このうち『普通科』は基本的にダンジョン活動をすることを許可されないのだが、『異文科』と『機巧科』の二つは、特定の条件を満たした場合に限り『ダンジョン科』を兼任できる。というより、そうしている人間のほうが大概だった。
かくいう隣にいる司賀アカネも、普段は『異文科』の所属であり、かつその特定の条件を満たしたために『ダンジョン科』に所属しているわけだ。
「貴方の事ですから、ダンジョンに関わるのは分かっていましたが、まさか『異文科』にも『機巧科』にも属さずに、『ダンジョン科』オンリーでとは思ってもみませんでした」
「まぁ幾つか理由があったのは事実かな」
そう言って俺は手の契約の証を見せる。
「まず大前提として、いくら『国電妖』が中立的派閥の『電妖派』だとはいえ、その中の『異文派』と『機巧派』のどちらかに所属してしまえば、それだけでパワーバランスが崩れるかもしれないだろ」
「そうですね……現在確認されている『契約者』が世界中で貴方を含めて48人、うち国内の『契約者』は『異文派』が二人、『機巧派』が一人、そして『電妖派』が二人に、現在どこにも所属していない貴方の六人になりますから、貴方が正式にどこに所属するかによってはそうなりますね」
「個人的な感覚としては『電妖派』なんだがな、その中でも『異文派』寄りとか『電妖派』寄りとかあるし」
俺個人の考え方は完全中立のどっちつかずというか、使えるものならどっちも使うというものなのだが、それを理解してくれるやつは少ないだろう。
「ならどっちも所属しないとなると、『ダンジョン科』一択になるのは当然なんだが、もうひとつ理由がある」
「というと?」
「下手に派閥勧誘されるくらいなら、普段はほとんどダンジョンに潜ってそっちで単位を稼ぐほうがよっぽどマシだ」
時間的にも金銭的にも、と言えば彼女の表情が目に見えてひきつる。
「あれだけ稼いだのに、まだ稼ぐのですか?」
「将来的にはどっかの土地かマンションでも買って、その収益で不労所得生活をするのが目的だからな、資金はあればあるほど良いだろ?」
目指せ、高収入ニート、と本気で答える。
「なんというか、夢も希望もない目標ですね」
「夢も希望も、とうの昔に捨てるしかなかったからな。安心安定安楽の三拍子こそ世の中の必要なものだろ」
「だったら不動産王とか目指せば良いじゃないですか」
「土地転がしは趣味じゃないって。家賃収入とかそういった比較的安定的な収入こそが正義だ」
なんなら金は払うから、管理とか税金とか法律とかは、それ専門の人間や会社と契約してほぼ丸投げしても良いと思ってる人間だし、俺。
「むしろ今まで生きるために死に物狂いに近い状況でダンジョンにソロで潜ってきたんだ、半ニート生活ぐらい許されるだろ」
「まぁ、そこについては同情の余地は多少ありますが……」
そう言って俺は学内に入り、そして、
「おい、この編入野郎、テメェに立場ってやつを教えてやる」
「嘘だろ……初日から喧嘩売られたんだが……」
案内された教室で、俺は椅子に座りながら頭を抱えていた。
「聞いてんのか、このやろう」
「あー、聞いてる聞いてる……で、なんで俺は誰かも知らない人間に脅されてるのかな?」
別に目立ったことは全くしてない、ただ世間一般の普通の学生のように先生の話を聞いて、入学式とか色々終わって、さぁ部屋に戻って普通に寝ようと思ったのに、目の前の明らかに2メートルはあるであろう巨体のクラスメイトと、その取り巻きに囲まれていたのだ。
「脅すとは人聞き悪いな、俺はただ、このダンジョン科のルールを教えてやろうって思っただけだぜ?」
「それは大人数で机の回りを囲んで逃げないようにしてでもやることなのか?」
「そうだな、俺も本当ならそんなことはしたくねぇんだが、こっちも司波から無理やり命令されてストレス溜まってるんだ」
その一言に眉が少しだけ動く。
「へぇ、あの女の使いっ走りするとは、そんなに偉いのかアイツ」
「ハ、一般家庭出身で、ここの中等部から常に首席だった女だからな。ちなみに次席は俺だ」
「なるほど、学年二位様が直々にってかよ」
面倒なことを、と思いつつ目の前の男を改めて見れば、その巨漢はまるで無駄を切り詰めてできた、巌のような佇まいを感じる。
「……一応聞く、穏やかな学内案内ってわけじゃないんだろ?」
「そうだな、それで済むような生温い場所じゃないのは、おまえもここに入学した時点でよく知ってるだろ?」
「違いないな」
俺は視線を少しだけ柔らかくし、次の瞬間回りの取り巻きの一人の腹を殴り一撃で意識を刈り取る。
「遅い」
瞬間、動こうとした他の取り巻きにも同じように一撃を食らわせ、目の前の男への一撃は直撃する寸でのところで防がれた。
「なるほど、あの女が声をかけるわけだ」
「そっちこそ、よく防げたな」
あの地獄のような五年の月日、俺はダンジョンで生きるためにあらゆることを実戦で学んだ。今のも、相手に出来ていた隙に対して、自分の行動を読ませずに倒すという、先の先と呼ばれる技術を使ったのに、コイツにだけは防がれた。
「生憎、これでもダンジョンパーティー内では指揮官であり盾役なんでな、防ぐことにかけてはそれなりに自負がある」
「なるほど、そりゃ凄いな」
俺が防がれた拳を引っ込めれば、ヤツもそれ以上はしない。
「良いぜ、何をするつもりかは知らないが案内してくれよ」
「安心しろ、これから行く場所でならもっと暴れても問題ないからな」
「そうか、で、今さらなんだが……おまえ、名前は?」
俺の問いに奴は苦々しそうに答える。
「カケル……皇カケルだ編入生」




