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婚約破棄されたので記録係になったら、消されたはずの人々が世界を変え始めました  作者: 月守いとは


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第14話 消すための仕事

 数日後、文書庫に新たな帳簿が運び込まれた。


 それは他のものとは明らかに違っていた。


 封はされていない。

 だが扱いは慎重で、エドガー自身が直接運んできた。


「こちらを」


 短く言って、机の上に置く。


 革装丁の分厚い一冊。


 表紙には何も書かれていない。


 わたくしはそれを見つめる。


「……新しい記録、でしょうか」


「いえ」


 エドガーは首を振った。


「過去の整理記録です」


 その言葉に、わたくしはわずかに首を傾げた。


 整理記録。


 つまり、記録をどう扱ったかの記録。


「監査官の指示で」


 続けて、そう言った。


 レオンの。


 わたくしはゆっくりとその帳簿を開いた。


 中に書かれていたのは――


 削除履歴だった。


 どの記録を、いつ、どのような理由で削除または改訂したか。


 それが、整然と並んでいる。


 無駄のない記述。


 感情の一切ない、処理の記録。


 ページをめくる。


 一件一件が短い。


 ――地方暴動記録 一部削除(理由:王家関与の誤認防止)

 ――貴族不正記録 表現修正(理由:影響範囲拡大防止)

 ――疫病記録 一部削除(理由:不安増幅防止)


 すべてが、合理的だった。


 そして。


 すべてが、消えている。


「……これは」


 自然と声が漏れる。


 エドガーは静かに答えた。


「王都での標準処理です」


 その言葉に、わたくしは視線を落とした。


 標準。


 つまり、例外ではない。


 日常的に行われていること。


 ページをさらにめくる。


 似たような記録が続く。


 削除。

 修正。

 簡略化。


 そして、最後に残るのは。


 整えられた「問題のない記録」。


「……すべて、消されているのですね」


 呟く。


「消されたものもあれば、形を変えられたものもあります」


 エドガーの言葉は、あくまで事実だった。


 評価はない。


 ただ、そうであるというだけ。


 そのとき。


「それが仕事だ」


 背後から声がした。


 振り返ると、レオンが立っていた。


 いつの間にか、そこにいる。


「記録は、管理のために存在する」


 机に近づきながら言う。


「不安を煽るものは削る」

「誤解を招くものは修正する」

「不要な情報は排除する」


 一つ一つ、淡々と。


「それによって、統治は安定する」


 帳簿に手を置く。


「これは、その過程だ」


 わたくしはその言葉を静かに受け止めた。


 間違ってはいない。


 むしろ、正しい。


 国家というものを維持するためには、必要なことなのだろう。


 けれど。


「……では」


 ゆっくりと、問いかける。


「削られたものは、どこへ行くのでしょうか」


 レオンの視線がわたくしに向く。


「どこにも行かない」


 即答だった。


「消えるだけだ」


 その言葉は、あまりにも簡潔で。


 あまりにも冷たかった。


 わたくしは、手元の帳簿を見つめる。


 ここに書かれているものは、すでに「処理されたもの」だ。


 削られたものは、ここにはない。


 記録すら残らない。


 完全に、消える。


「……それは」


 言葉が出る。


「正しいのでしょうか」


 問いは、曖昧だった。


 けれど、確かにそこにある疑問。


 レオンはわずかに眉を動かした。


「正しいかどうかではない」


 答える。


「必要かどうかだ」


 その一言は、強かった。


 正しさではなく、必要性。


 そこに価値基準を置く。


 わたくしは、その言葉を噛みしめる。


 必要なものだけが残る。


 それは、合理的だ。


 けれど。


 そこからこぼれ落ちるものは、確実にある。


 そのことを、わたくしはもう知っている。


「……では」


 静かに、しかしはっきりと。


「必要ではないものは、存在してはいけないのでしょうか」


 レオンの目が、わずかに細くなる。


 問いの方向を、正確に捉えている。


「存在してもいい」


 短く答える。


「だが、残す必要はない」


 その違いは、決定的だった。


 存在と、記録。


 そこに線を引く。


 わたくしはゆっくりと息を吐いた。


 そして、帳簿を閉じる。


「……そうですか」


 それ以上は言わなかった。


 否定しても、意味はない。


 これは、立場の違いだ。


 価値観の違いだ。


 簡単には埋まらない。


 けれど。


 それでも。


 わたくしは、自分の机へ戻る。


 筆を取る。


 開くのは、あの帳簿。


 補遺の記録。


 まだ書きかけのページ。


 わたくしは、ゆっくりと筆を動かした。


 消されるものがあるのなら。


 残らないものがあるのなら。


 せめて。


 ここにある限りは。


 わたくしは、それを書き続ける。


 誰にも読まれなくても。


 意味があると認められなくても。


 それでも。


 ここにあったものを、消さないために。


 その手は、もう止まらなかった。

読んでいただきありがとうございます。


「なぜ消すのか」

王都側の論理が明確になってきました。


正しさ vs 必要性

この対立は、さらに深くなっていきます。


次話では、セシリアの選択が

より“明確な形”で現れます。


ぜひブックマークして続きを追ってください。

ここから物語が一段と熱を帯びてきます。

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