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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.2 < chapter.3 >

 緊急放送から五分後、脱走ゴーレムは芝生広場に追い込まれていた。

 ここは庭園の一角に造られた、すり鉢状の広場である。イベントの際に野外コンサートの会場として使われることが多く、客席となる斜面の縁には、あらかじめ結界の構築装置が設置されている。本来は入場規制や遮音のために使用される結界構築装置だが、これをそのまま転用し、ゴーレムを閉じ込めたという訳だ。

 しかし、閉じ込めはしたものの、戦闘用ゴーレムに匹敵する性能の暴走ゴーレムを、いかにして『力』のみで取り押さえるか。魔法や魔弾を放てば、事件の証拠となる魔法式まで消し飛んでしまう。

 突入をためらう警備部の面々に、現着したゴヤは状況を尋ねる。

「これ、もしかして他のゴーレムも使えない感じッスか?」

 ゴーレムに力で対抗するならば、こちらも同等のゴーレムを使うのが定石である。次点として戦闘用オートマトン、機械化サイボーグ兵、強化人間という選択肢が考えられるが、いずれも情報部と裏特務ジルチにしか在籍していない。そのため、警備部がゴーレムを使用しないことには、なにか深い理由があるに違いないと考えたゴヤであったが――。

「いやぁ~、それがですね? ゴーレム巫術が使える隊員、みんな法面のりめんの復旧作業に駆り出されちまってんですよ……」

「あ、あれッスか? 旧市街の……」

 昨日午後、旧市街エリアで土砂崩れが発生した。旧市街は数千年前から無計画な造成と建設、増改築が繰り返されているため、元の地形や地質が分からない。今回崩落した道沿いの法面も、運河の掘削時に搬出された土砂を積み上げて築いた、人工的な地形と考えられる。しかし、その運河の掘削もこの国の建国前、竜族の統治時代に行われた公共事業である。建国から五百五十年が経過した現在、建設当時の図面もその後のメンテナンス記録も残されておらず、旧市街の地面の下に何が眠っているのか、誰にも分からない状態に陥っている。

 崩れた箇所はただの法面なのか、それとも下に、何らかの構造物が埋設されているのか。地下室や隧道があるとすれば、上からコンクリートで固めてしまうわけにもいかない。劣化した地下構造物の上に何百トンものコンクリートを積み重ねてしまえば、大規模な陥没事故を誘発しかねないからだ。

 そのような事情から、旧市街で土砂崩れが発生するたび、騎士団、魔法省、国土開発省、中央市、王立大学は直ちに人員を派遣し、地質調査、考古学的調査を行いつつ、現場の復旧と強度の向上を図っている。これは非常に面倒で、人手の要る作業である。一般的な土木工事の数十倍の時間と手間がかかるため、投入できる人員は残らず現場入りさせるのが通例だ。

「あー……てことは、もしかして情報部も……」

 ゴヤは携帯端末を取り出し、コード・ブルーのオフィスに電話を掛けようとした。が、番号を入力している最中、空から何かが降ってきた。

「イイイィィィーヤッホオオオォォォーウッ!! 応援要員様のご到着だぜぇーっ!」

 ドン! という地響きと共に着地した人物は、コード・ブルー所属の戦闘員、ラピスラズリである。

 彼は土煙にむせるゴヤの腕を引っ掴み、結界のほうへと引っ張っていく。

「さっさと始めて、さっさと終わらせようぜ!」

「あの、ちょ、ラピさん!? もしかして、俺たち二人だけで突入するつもりッスか!?」

「あったりめえだろ。ナイルもアズールも、復旧工事のほう行っちまってるしな!」

「魔法使えないんスよ!? 防御呪文も強化呪文も、全部だめなんスよ!? さすがに生身でゴーレムは……」

「問題ねえって。それ、ウンチマンアーマーの実験機だろ? 開発中に何度か見せてもらってるからな。性能は知ってるぜ。俺があいつを引き付ける。お前は脚をぶっ壊せ。いいな?」

「あ……はい! 了解ッス!」

 開発段階から知っている人間が『いける』と判断したのだから、きっと大丈夫なのだろう。ゴヤはそう考え、ラピスラズリと共に結界内へと突入した。

 が、二人は戦闘開始からわずか五秒で、肺活量の限界に挑戦することになる。

「うううううぅぅぅぅぅーわあああああぁぁぁぁぁーっ!?」

「なぁぁぁーんスかこれえええぇぇぇ~っ!?」

 違法改造され、戦闘用ゴーレム並みの性能となった量販品。

 確かにそう聞いた。だから、そのつもりで身構えていた。

 けれどもゴーレムが繰り出した最初の一撃は、二人の知る、どんな戦闘用ゴーレムとも異なる技だった。

「ロ……ロケットパンチなんて聞いてないッスよ!? なにをどう改造すれば……っとおぉっ!?」

「うおっ!?」

 二人が避けたロケットパンチは空中で華麗にターンして、今度は背後から飛来した。ゴヤとラピスラズリは持ち前の運動神経と勘の良さで、間一髪、回避に成功する。が、態勢を整え直す間に、ゴーレムの両拳は元通り、ガチャリと腕に装着されてしまった。どうやらこのロケットパンチは、何度でも再使用リユース可能な『標準パーツ』であるようだ。

「ぅおいっ! おいおいおいおいおーいっ! マジかよ! ロケットパンチ飛ばしてくるゴーレムなんて、はじめて見たぜ!?」

「ラピさん! こいつ相手に近接戦て、ちょっと難しいんじゃないッスか!?」

「かもしれねえけど……ま、ちょっと探ってみようぜ!」

 言うが早いか、ラピスラズリはゴーレムに向かって真っすぐ駆け出した。

 両者の距離は十五メートル少々。体の大きいラピスラズリにとっては、ほんの六、七歩の間合いである。

 ゴーレムはラピスラズリにロケットパンチを飛ばす。当然、ラピスラズリはそれを避けた。全力で駆けながら顔の高さに飛来する物体を回避するには、横方向に跳ぶか、スライディングで地面スレスレを滑り抜けるか、敵頭上まで一気に跳び上がるかの三択。ラピスラズリが選択したのは、二つ目の『スライディング』だった。

 ゴーレムの足元をすり抜け、背面に回り込んで素早く背中に密着する。

 性能の悪い自動追尾なら、ロケットパンチはラピスラズリ目がけて真っすぐに飛び、間に入ったゴーレムに直撃するはずである。だが、ゴーレムの両拳は空中で器用に軌道を変え、標的をゴヤに変更した。

「っ! 自動追尾じゃねえッスね!」

「ああ! 目視操作だな!」

 自動追尾でこれだけの機動性能があるのなら、背面に回ったラピスラズリの追跡を続行するだろう。このタイミングでゴヤに狙いを変えたという事は、これは本体が標的を目視で確認し、リアルタイムで操作している可能性が高い。

 であるならば、数的優位を使わぬ手は無い。

 ゴヤはゴーレムの視線を引き付けるように、大振りな動作で結界内を走る。

 その隙にラピスラズリは上着を脱ぎ、ゴーレムの背後でタイミングを計った。

 すぐ真後ろにラピスラズリがいるにもかかわらず、ゴーレムは何の攻撃も仕掛けてこない。戦闘用に初期設計された機体と異なり、背面にはカメラやセンサーが取り付けられていないようだ。

 ゴーレムの大きさは三メートル程度。身長二メートルのラピスラズリにとっては、それほど馬鹿デカイ相手でもない。ラピスラズリは機を見て、ゴーレムに飛びつく。

「っらああああぁぁぁーっ!」

 背中にしがみつき、脱いだ上着を頭にかぶせて『眼』を塞いだ。

 すると思った通り、ゴヤを追っていたロケットパンチはあらぬ方向に飛んでいき、一つは地面に、もう一つは結界にぶつかり砕け散った。

「ッシャア! ラピさん、大成功ッスよ!」

「ああ! けど……イデッ! この! クソ! なんでもいいから、早く、何とか……!」

「あっ! サーセン!」

 両拳を失っても、ゴーレムの肩から手首までは無傷で残されているのだ。両腕を振り回し、ラピスラズリを引き剥がそうともがいている。

 現状、敵の視覚は奪われている。この状態での的確な反撃は不可能と見て良い。ゴヤは当初の打ち合わせ通り、ゴーレムの脚を狙うことにした。

「はあああぁぁぁーっ!」

 ジョリーの開発したウンチマンアーマーは、名前こそふざけているが、性能に間違いはなかった。生身では通用するはずの無い足技が、確かな手ごたえと共にまっていく。

 ミドルキックで膝を、ローキックで足首を、ハイキックで脚の付け根を。

 いずれも稼働部であるため、これらの箇所は強度を上げづらい『ゴーレムの急所』である。一撃で関節を破壊するほどの力はないが、ゴヤの攻撃は、確実にダメージを与えるものだった。

「……よし! このまま行けば……!」

「気をつけろガル坊! こいつ、身体の中で変な音が……っ!」

「えっ!?」

 まさか自爆装置か。

 ヒヤリとした二人に向かって、いつの間に結界内に入ってきたのか、中央司令部所属の魔導技術調査官が叫ぶ。

「そのゴーレムに自爆装置はありません! 毒ガスや炎の噴射装置も、魔導砲も仕込み武器も、一切取り付けられていません! そういった安全検査はオールグリーンでした!」

「じゃあこの音なんだよ!?」

「おそらく、変形機能が起動しているものと……!」

「はあっ!? 変形!?」

 ラピスラズリが聞き返した直後、ゴヤが「それって何スか!?」と問うまでも無く、変形機能なるものの正体が明かされた。


 唐突にしゃがみ込んだ次の瞬間、ゴーレムの脚は瞬時に変形し、いかにも頑丈そうな無限軌道キャタピラーに変化する。


「え、あ、いや、その……どういう術式組めばこうなるんだよ!?」

「よく分かんねえッスけど、マジでヤベエッスね……?」

 脚部へのダメージを感知し、ゴーレムは防御力の高い戦車形態タンクモードへと変形したらしい。

 これではゴヤの攻撃は通用しない。次の手を考えなければならないのだが――。

「見た目が変わっても、外部情報を取り入れられるのは頭部前方のカメラのみです! 音声感知機能も、魔力感知機能もありません! そのまま視覚情報を遮断し続けてください!」

「無茶言うな! タコ殴りにされてろってのか!?」

「はい! 医務室には連絡済みです!」

「えっ!? マジで……っ!?」

「なお、ロケットパンチ以外の兵装はありません! 力尽くで鎮圧してください! これは非常にレアな改造事例です! なんとしても! 絶対に! 術式の解析を行う必要があります! 魔法の使用は厳禁ですので、どうぞよろしく! では、私はこれで!」

「んだとコラァ!?」

 ラピスラズリの怒声をあっさり無視して、中央司令部所属の魔導技術調査官はさっさと結界を出て行った。必要な情報を伝えるためだけに現れたようだ。

「クッソ! これだから技術畑の人間は……!」

「ラピさん! 足元がソレなら、ひっくり返せば動けないんじゃないッスか!?」

「かもな! やってみてくれ!」

「了解ッス!」

 言うが早いか、ゴヤは助走をつけて跳び上がり、ゴーレムの左肩を真横から蹴り飛ばした。

 折り曲げた足を変形させた無限軌道キャタピラーは、本物の戦車に比べてずっと小さく、安定感に欠ける。ゴヤの予想通り、横方向からの衝撃に耐えきれず、簡単に横転してしまった。

 倒れたゴーレムに、すかさず追撃を仕掛けるゴヤ。

 けれどもその攻撃では、ゴーレムを仕留め切ることはできない。なぜならば――。

「っ! また変な音が……!」

「え、マジっすか!? こいつまた……」

 変形するんスか、という言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。

「ふぇ……っ!?」

「ガル坊!?」

 予測不能の攻撃に、十メートル以上も吹っ飛ばされたゴヤ。その攻撃は、ひっくり返り、空転する左右の無限軌道キャタピラーの間から繰り出されていた。

 一瞬で伸びて、すぐに縮んで引っ込んだもの。それは特大サイズの発条スプリングである。

「ま……まさかこいつ、戦車形態タンクモードでも垂直ジャンプできるのか!?」

 そのための機能であることは疑いようがない。量販品の作業用ゴーレムをここまで魔改造するなんて、変態的天才を通り越し、もはや神の所業である。これはたしかに、術式の解明を最優先としなければならない事案であろう。

「っとに……どこをどういじくれば、こんなモンが……っ! このっ! 動くんじゃねえっ!」

 ゴーレムが倒されてなお、必死にしがみつき、目隠しを続けるラピスラズリ。起き上がるにも攻撃態勢を整えるにも、まずは視覚を取り戻す必要がある。ゴーレムがラピスラズリに気を取られているおかげで、ゴヤには体勢を整え直す時間が十分にあった。

 立ち上がって、アーマーに損傷がないか確かめる。

 ヘッドセットから聞こえる機械音声によれば、外装部分にわずかな損傷がみられるだけで、駆動系は全くの無傷。実験機とは言うものの、耐衝撃性能は既に実用レベルの完成度だ。

 ただ――。


〈ウンチマンエネルギー充填完了! EXアタック『アンリミテッド・スフィンクター』が使用できます! 使用しますか?〉


 機械音声はそう問うが、問われたゴヤには、それが何だか分からない。『括約筋制限解除アンリミテッド・スフィンクター』という技名からして、ロドニーの下半身が大災厄に見舞われそうな予感はするが――。

「よく分かんねーッスけど、とりあえず『Yes』で!」

 深く考えたら負ける。

 ゴヤは思考を放棄した。

 知能指数を限りなくゼロに近付けなければ、『ウンチマンアーマー』などという、ふざけた兵装で戦うことはできないのだ。


〈『アンリミテッド・スフィンクター』起動! 九十秒間、攻撃性能が30000%上昇します!〉


 三万パーセントって何だ?

 パーセンテージの使い方を間違っていないか?

 そう思ったゴヤだったが、ツッコミを入れる時間的余裕はない。ウンチマンアーマーは黄金色に輝き、ヘッドセットからは九十秒のカウントダウンが流れ始める。

 ゴヤは拳を握り締め、もう一度ゴーレムに迫る。

「はあああぁぁぁーっ!」

 跳躍用の発条スプリングを攻撃に転用するには、対象が発条スプリングの真正面にいなければならない。ほんの少しでもずれた位置に立っていれば、先ほどの攻撃をもう一度食らう心配はなかった。

 左右の無限軌道キャタピラーの間を力いっぱい殴りつけるゴヤ。するとたった一発で、ゴーレムを構成する岩石に大きな亀裂が入った。

「っ! スゲエ! マジで三万パーセント……っ!?」

 敬愛する先輩の括約筋制御権と引き換えに、驚異的パワーを手に入れる。

 この悪魔のような取引に、罪悪感を抱かなかったと言えば嘘になる。しかし、目の前の敵を倒すには、この選択以外にはありえない。


 そう、これはやむを得ない犠牲である。


 ゴヤは自分にそう言い聞かせ、攻撃を続けた。

「ウオオオオオォォォォォーッ!」

 次第に亀裂が深まっていくゴーレムの脚部。やがてボロボロと落ち始める石の断片。このまま末端部から削り続ければ、術式が書き込まれたコアだけが残る。術式を無傷で確保するには、これが最も堅実な方法である。

 絶え間なく叩き込まれる拳と足技は、やがて無限軌道キャタピラーを完全に破壊した。

 下半身を失ったゴーレムは、もはや移動もままならぬ無力な存在である。目隠しをしていたラピスラズリも、ここでようやく手を離すことができた。

「ラピさん!」

「ああ! 一緒にやろうぜ!」

 ラピスラズリがひらりと身を翻すと、いつ抜き払ったのか、その手にコンバットナイフが握られていた。

 ナイフで斬ることはできずとも、ゴヤの入れた亀裂にナイフを突き立て、楔のように岩石をかち割ることは可能である。互いの攻撃モーションは知り尽くしている。二人は息を合わせ、ゴーレムの腕、肩、胴を破壊していった。


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