第13話 約束のホットミルク
カランコロン♪
ドアベルが鳴る。
木の香り。
コーヒーの香り。
どこか懐かしい空気。
昔ながらの『喫茶店』という雰囲気の、静かで落ち着いた店内。
この時間は客が少ないようだった。
店内の一番奥。
人目を避けるように、カウンターの一番奥の席にそっと座る。
目深にかぶった帽子と、マスク、眼鏡はそのままで。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中から、優しい笑顔の女性が話しかけてきた。
「あの、昔こちらにおじいさんいらっしゃいませんでしたか?」
女性に尋ねると、一瞬きょとんとした表情を浮かべ、すぐに笑顔になった。
「あぁ、それは私の祖父だと思います」
「祖父……?え?お孫さん?」
「はい、祖父のお知り合いですか?」
女性はにこやかにそう言った。
「いえ、知り合いというほどでもないのですが」
「そうですか。祖父に御用でしたか?」
「いえ、あのそういうわけでもないんですけど……おじいさまは今?」
「あぁ、祖父は5年ほど前に亡くなりました」
「え?」
「大往生でした」
「……そうでしたか、残念です」
「そう言っていただけて、祖父も喜んでいると思います」
その女性、お孫さんはそう言って微笑んだ。
「あの……ホットミルク、いただけますか?」
「ホットミルクですね、かしこまりました」
「あの、それで」
「はい?」
「スペシャルホットミルクでお願いしたいのですけど……」
「スペシャルホットミルク……?」
そうつぶやくと、女性は少し考え込んでからにっこりと微笑んだ。
「かしこまりました」
「お待たせいたしました。『スペシャルホットミルク』です」
こと……と目の前に置かれたのはマグカップ。
そして小皿に添えられたいくつかの金平糖。
「ごゆっくりどうぞ」
女性はそう言うと、カウンターの向こうにいる男性店員のほうへ去っていった。
このホットミルクをいただくのに、顔を隠したままでは失礼な気がして、慌てて帽子と眼鏡とマスクを取った。
そっとマグカップを持ち上げると、ふんわりとミルクの優しい香りがした。
ひと口飲むと、熱すぎず冷たすぎないほどよい温かさ。
そしてほんのりとした甘さ。
『大きくなったらまた飲みにおいで。楽しみにしてるよ』
あの時、このお店のおじいちゃんは大きな手で頭をポンポンなでてくれた。
あの日。
雨の中、泣きながら歩いていた私を招き入れてくれて。
このスペシャルホットミルクを出してくれたんだよね。
「大きくなったら、歌って踊る人になる!」って言ったら、「そうか」って微笑んでた。
笑わずに、怒らずに、話を聞いてくれた初めての人だった。
だから、どんなに他の人に馬鹿にされても、けなされても。
たった1人でも……あのおじいさんだけは、見ていてくれるかもしれない。
そして、絶対売れてあのスペシャルホットミルクをまた飲みに行く。
それだけで、頑張れた。
かり……と小皿の金平糖をひとつ、つまんでかじる。
星の形をしたそれは、甘いけど甘すぎない。
「ごちそうさまでした」
飲み終わって席を立つと、お孫さんが柔らかい笑顔で話しかけてくれた。
「祖父との約束、叶えてくださってありがとうございます」
「ご存じだったんですか?」
にっこり、と女性は笑うだけだった。




