表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/48

あざなえる縄 その八

 山保呂(やまほろ)郷巻(さとまき)興嶽(おきたけ)の屋敷に着いたのは、朝になってからだった。一縄(いちなわ)攻めを考えていない興嶽(おきたけ)だが、山保呂(やまほろ)の求めに応じて()ぐに山保呂(やまほろ)と会った。

一縄(いちなわ)(ぜい)の情勢を調べて(まい)りました。」

 興嶽(おきたけ)の前に座ると、早速(さっそく)話を切り出す。

「何か面白い話が有るか?」

 口ではそう言うが、興嶽(おきたけ)如何(いか)にも気の無い表情をしている。

一縄(いちなわ)の屋敷に坊主が(とら)われておりました。何でも、郷巻(さとまき)間者(かんじゃ)と疑われたそうです。」

「それはまた、(ばち)当たりな。だが、そうなった原因は、お前にあるんじゃないか?」

 山保呂(やまほろ)興嶽(おきたけ)の言葉に(かま)わず、話しを続ける。

一縄(いちなわ)正虎(まさとら)がその坊主に向けて、事が済むまで勝手にウロウロされては困ると言って、座敷牢(ざしきろう)に入れたそうです。事が終われば、出してやると。」

「ふん。」

 こんな話では(まった)興嶽(おきたけ)(ひび)いていない。

一縄(いちなわ)は何か(たくら)んでいます。少しでも郷巻(さとまき)側に情報が流れる恐れがあるなら、()み取ってしまいたいと考える(ほど)の企みです。」

「うん、そうだな。」

「先に(つぶ)してしまわなければ、どんな災厄(さいやく)を呼ぶとも限りません。弱り切った相手と(かろ)んじなされるな。」

「…奴等(やつら)は、またぞろ鷹ノ巣(たかのす)物見砦(ものみとりで)(ねら)っている。」

 そう言うと、興嶽(おきたけ)はニヤつきながら山保呂(やまほろ)の表情を(うかが)う。自分の知らないところまで興嶽(おきたけ)が知っている事に驚きを隠しきれず、黒い大きな瞳を更に大きく見開いて、相手の表情を見る。

 本当だろうか?当てずっぽうに(かま)を掛けているのじゃないだろうか。

 山保呂(やまほろ)は、興嶽(おきたけ)の真意が(はか)れずに黙り込む。

一縄(いちなわ)家人(けにん)が寝返った。」山保呂(やまほろ)の驚き具合に満足したのか、興嶽(おきたけ)の口は(なめ)らかに種明(たねあ)かしをする。「土蜘蛛(つちぐも)には言っていなかったな。もう一年近く前からになる。その頃から一縄(いちなわ)は、もう一度物見砦(ものみとりで)を落とそうと考えているらしい。」

「そんな…。」

 山保呂(やまほろ)は何を言って良いか分からない。

「話が本当かどうかは分からない。そんな無謀(むぼう)な計画、本当は無いのかも知れない。だが相手は、俺が何も動かなくて良いと言ってきている。頃合(ころあ)いを見計(みはか)らって、そいつが一縄(いちなわ)を倒すと言っている。」

「話がうま過ぎる…。」

「そうかも知れない。だが、(たと)えばこの話が(うそ)だったとして、俺にどんな(わざわ)いがある?」

 言われて、山保呂(やまほろ)は考える。(たと)えそれが(うそ)でも、何もしていない郷巻(さとまき)は今と変わらない。そうやって郷巻(さとまき)を安心させておいて、その間に兵を養おうと言う策略だとしても、攻めるつもりが元々ない郷巻(さとまき)にとっては何も変わらない。違いがあるとすれば、一縄(いちなわ)側が安心して兵を(やしな)えるだけの事だ。

「その男は、代わりにこんな条件を出してきた。一縄(いちなわ)を滅ぼした後、俺の家人(けにん)になるから、今の領地を安堵(あんど)してくれと言うのだ。つまりは、一縄(いちなわ)が見限られたに過ぎない。」

 興嶽(おきたけ)が細い目を一層細くして笑う。

「それでも、そんな男を信用して良いのですか。いくら勢力が落ちたとはいえ、一縄(いちなわ)を滅ぼすとなれば簡単ではない(はず)。そんな力のある家人(けにん)が、奴等(やつら)の中に残っていましょうか。」

笠階(かさかい)宇木正(うきまさ)と言う男だ。」

 興嶽(おきたけ)は、あっさりと男の名前を口にする。山保呂(やまほろ)は、口から心臓が飛び出さんばかりに驚く。

(さわ)(ごう)曲輪(くるわ)での合戦の後、一縄(いちなわ)(ぜい)の中で一悶着(ひともんちゃく)あったらしい。笠階(かさかい)宇木正(うきまさ)は息子を殺されたと言うのに、その下手人(げしゅにん)の処罰が甘過ぎた。それで愛想(あいそ)()かしたらしい。一縄(いちなわ)家人(けにん)の中でも大きな勢力だ。一縄(いちなわ)を倒す事だってできるだろう。ま、倒せなかったとしても、こっちに損は無い。」

「…いけません。笠階(かさかい)は駄目です。信用できる(よう)な相手じゃない!」

 山保呂(やまほろ)は、(せき)を切った(よう)興嶽(おきたけ)に言い(つの)る。

「なんだ、なんだ。やけに()み付くじゃないか。」

「そいつは、俺達の村を焼いた張本人(ちょうほんにん)だ。一縄(いちなわ)の中でもそいつだけは生かしておいちゃいけない相手だ。」

()(ほど)…。だか、それは土蜘蛛(つちぐも)都合(つごう)だ。俺にとっちゃ、そんな思い入れは無い。(うわさ)じゃ、有能な武将だと言うじゃないか。」

駄目(だめ)だ。(たと)一縄(いちなわ)が滅んだとしても、笠階(かさかい)が残っていちゃ、意味がない。」

「ほう、ならば、どうする。」

 興奮する山保呂(やまほろ)に対して、興嶽(おきたけ)はすっかり他人事(ひとごと)だ。涼しい顔で山保呂(やまほろ)を見ている。山保呂(やまほろ)は自分の右手の(こぶし)を見せる。

「この手で、始末(しまつ)する。」

「俺の郎党(ろうとう)なら、勝手な真似(まね)はやめさせるところだが…。お前は、お前の仇討(あだう)ちを果たすために俺に協力していただけの立場だ。俺がどうしてもお前を止めたいなら、お前を殺さなければならない。だったら、好きにすればいい。その代わり、協力もしない。」

「分かっている。…すまない。」

 山保呂(やまほろ)は頭を下げると、その場から姿を消す。興嶽(おきたけ)は一人部屋に残り、目を閉じる。

 これで、土蜘蛛(つちぐも)とは最後になるだろう。()しい気もするが、仕方(しかた)ない。一縄(いちなわ)(かたき)私怨(しえん)を燃やす土蜘蛛(つちぐも)は、この先、一縄(いちなわ)(ぜい)郷巻(さとまき)に取り込もうとした際、障害になる。土蜘蛛(つちぐも)一人でできる事など(たか)が知れている。一縄(いちなわ)(ぜい)郷巻(さとまき)の軍門に(くだ)る運命は変わらない。

 興嶽(おきたけ)は、目を閉じたまま、口角(こうかく)を上げてほくそ()んだ。


 山保呂(やまほろ)郷巻(さとまき)の屋敷を出た後、どうするか思案しながら山道を歩いた。

 笠階(かさかい)宇木正(うきまさ)郷巻(さとまき)側に寝返った。興嶽(おきたけ)の話が本当ならば、棟梁(とうりょう)たる一縄(いちなわ)正虎(まさとら)の首を土産(みやげ)郷巻(さとまき)家人(けにん)になると言う事だ。なんて狡猾(こうかつ)(やつ)だ。自分の陣営の旗色(はたいろ)が悪くなれば、味方を裏切って自分だけ助かろうと言うのだ。ますます笠階(かさかい)宇木正(うきまさ)と言う人間が許せない。絶対にこの手で宇木正(うきまさ)の首を取らなければ。一縄(いちなわ)を滅ぼし、笠階(かさかい)宇木正(うきまさ)も確実に仕留(しと)めるならば、まず、笠階(かさかい)宇木正(うきまさ)一縄(いちなわ)正虎(まさとら)を討ち取らせ、その混乱に乗じて宇木正(うきまさ)()き者にするのが良いだろう。

 問題はそれよりも谷子呂(やちしろ)だ。誤ってあいつを傷付けてしまったが、生きていてくれた。あいつは何故(なぜ)か、一縄(いちなわ)側の間者(かんじゃ)として活動していた。あいつは、一縄(いちなわ)(だま)されているんだ。見つけ出して、自分の(あやま)ちを()びるとともに、あいつの目を()まさせなければ。きっと今も一縄(いちなわ)の手下として働いているに違いない。郷巻(さとまき)の領内に潜伏(せんぷく)しているのか?それとも、一縄(いちなわ)の領内で待機しているのか?(さわ)(ごう)曲輪(くるわ)の合戦では、郷巻(さとまき)興嶽(おきたけ)の首を(ねら)っていた。それなら、今もきっと狙っている。興嶽(おきたけ)を暗殺できれば、一縄(いちなわ)の一発逆転が狙えるやも知れない。相手はそう考えて、谷子呂(やちしろ)興嶽(おきたけ)を狙わせているのだろう。

 山保呂(やまほろ)は、笠階(かさかい)の事は後回しにして、郷巻(さとまき)領内で谷子呂(やちしろ)潜伏(せんぷく)して居そうな場所を虱潰(しらみつぶ)しに探そうと決めた。


 山保呂(やまほろ)郷巻(さとまき)領内で谷子呂(やちしろ)を探している頃、当の谷子呂(やちしろ)は、山吹(やまぶき)と共に毎日を過ごしていた。(ただ)し、山吹(やまぶき)は父の宇木正(うきまさ)に、決して間違いを(おか)さぬ(よう)にと(くぎ)を刺されている。誰でも入って来られる広い部屋で、山吹(やまぶき)は座敷に座り、谷子呂(やちしろ)は部屋の外、回り廊下に座って一日を過ごす。屋敷の外に出る時は、二人以外に山吹(やまぶき)お付きの下女達(げじょたち)、警護の郎党(ろうとう)数人を加えて出掛ける。こうする事で、笠階(かさかい)郎党(ろうとう)下人(げにん)の間におかしな(うわさ)が広まるのを防いだ。

 七月のある夜、山吹(やまぶき)は裏山に行くと言い出した。思った事はためらわずに口にする山吹(やまぶき)だが、我儘(わがまま)を言うのは珍しい。こんな(よい)の時間に山に入れば、藪蚊(やぶか)格好(かっこう)餌食(えじき)になるのは目に見えている。それでも、思いとどまらせるための説得をするよりも、裏山に行かせて満足してもらう方が楽だとお付きの下女達は考えたのだろう。谷子呂(やちしろ)や警護の郎党(ろうとう)が呼び出され、十人程度の人数で裏山に行く事になった。

 家の外に出ると、山吹(やまぶき)母屋(おもや)の裏手の方へと足を向ける。

山吹(やまぶき)様、門は向こうでございます。」

 下女の言葉など聞かず、山吹(やまぶき)はさも当たり前の(よう)(はな)れの庭へ向かった。一行は、裏庭の土塀(どべい)に開いた穴の前で立ち止まる。

 まさか、この穴を通るつもりか?

 お付きの者達は口に出さねど、(みな)、胸の内で不安になっている。体の大きな谷子呂(やちしろ)でも、腹ばいになれば通れない事は無い。だが、そんな事までして、この穴を通る何の意味があると言うのだ。まして、笠階(かさかい)跡取(あとと)りとなった山吹(やまぶき)にそんな真似(まね)はさせられない。きっと誰かがやめる(よう)に言い出すだろうと、誰もが互いに様子を(うかが)っている内に山吹(やまぶき)が言い放つ。

「この穴を通って裏山に行きます。」

「ちと、小さい(よう)に思います。」

 谷子呂(やちしろ)が即座に(こた)える。内心、お付きの者達はほっとする。谷子呂(やちしろ)が言ってくれた。谷子呂(やちしろ)の言う事なら、山吹(やまぶき)はきっと素直に聞くだろう。

「通れない事も無いでしょう。谷子呂(やちしろ)、お前が最初に通ってみなさい。」

 山吹(やまぶき)谷子呂(やちしろ)は、笠階(かさかい)の中では主従の関係だ。お互いそれをわきまえられる年齢になっている。命じられるまま、谷子呂(やちしろ)躊躇(ちゅうちょ)する事無く穴へと頭を突っ込む。腹ばいになり、全身土埃(つちぼこり)まみれになりながら、(へい)の向こうに谷子呂(やちしろ)の姿が消える。

「外はどうですか?」

「はい、問題ありません。」

「では、そこで見張っていなさい。」

 そう言って、山吹(やまぶき)は身を(かが)め、穴に頭を突っ込む素振(そぶ)りを見せる。

山吹(やまぶき)様」流石(さすが)に見かねた下女が、(あわ)てて声を掛ける。「そんな穴をくぐらずとも、門に回りましょう。」

 動きを止めた山吹(やまぶき)が下女を振り返る。

「通りたくないなら、お前はここで待っていて良いですよ。」

 山吹(やまぶき)はにこりと笑い、頭を穴に突っ込む。長い髪が土壁(つちかべ)(こす)れてぼさぼさになろうとも、着物が土まみれになろうとも、まるで気にせず山吹(やまぶき)は穴の向こうに消えていく。こうなっては止める事も、ましてや自分だけ穴のこちら側に残る事もできない。山吹(やまぶき)の姿が消えたと見るや、警護の郎党(ろうとう)が穴に自分の頭を突っ込む。

「無理をしないで良いです。気の進まない者は、そちらで待っていて下さい。()ぐに戻って来ますから。」

 山吹(やまぶき)はそう言うが、お付きである以上、その言葉に甘んじる(わけ)にはいかない。結局、全員穴を抜けた。(へい)の外で互いの姿を確かめ合う。暗いとはいえ、(ほこり)だらけの下女達は、なんとも情けない顔をしている。(みな)が穴を抜けたのを確かめると、山吹(やまぶき)は何も言わずに歩き出す。谷子呂(やちしろ)も何も言わずに付いて行く。やがて小さな小さな滝が流れ落ちる池が見えて来て、その(まわ)りを(ほたる)が飛んでいる。(はかな)い光を放って、蛍は山吹(やまぶき)達を(いざな)っている。山吹(やまぶき)は池の(はた)まで来て立ち止まる。

谷子呂(やちしろ)山吹(やまぶき)は飛び回る蛍を目で追いながら声を掛ける。「蛍は何のために光るのですか?」

「良く知りません。」谷子呂(やちしろ)は落ち着いた低い声で答える。「恐らく、雌雄(しゆう)で呼び合っているのでしょう。」

「こんな(あわ)い光で相手に分かるのかしら。」

「蛍には、これで充分なのでしょう。」

 山吹(やまぶき)はふっと()みを(こぼ)す。

「蛍達はどのくらい生きられるの?」

「こうして飛び回っていられるのは、両手で数えられる(ほど)の日数を思います。」

「そんなに短い…。この池より他に知らずに終わるのですね。可哀想(かわいそう)。」

「人と蛍は違いますので、(あわ)れむ必要はございません。」

「では、何が蛍の幸せですか?」

「こうして夜の水辺を飛び回り、雌雄(しゆう)出会えれば、それで充分かと。」

 山吹(やまぶき)が手を伸ばし、蛍を一匹捕まえる。手をそっと開けば、何事(なにごと)も無かった(よう)に飛び去って行く。

「同じではありませんか。一生が短いか長いかの違いだけです。…谷子呂(やちしろ)は幸せですか?」

 一瞬の沈黙が(あた)りを支配する。

「…考えた事もありません。」

 山吹(やまぶき)は何も言わず、蛍の動きを目で追いながら微笑(ほほえ)む。暗い山の中で、山吹(やまぶき)の笑顔に気付いたのは、ユニ族の谷子呂(やちしろ)だけだったろう。山吹(やまぶき)は、草履(ぞうり)を脱いで、素足(すあし)を池の水に(ひた)した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ