彼の思いは、君なら分かるんじゃないかな?
その上で、この平和な世界を歩いてみて、思ったんだ。
「これが、あいつが望んだ世界なんだ」
この平和な世界。完全な自由も完全な秩序もないけれど、それでも人が人らしく生きている。恐怖や絶望だけじゃない、多くのものがあるのがこの世界だ。
「ここにはあの事件や、人類が殺戮王に襲われるなんて未来もない。みんなが平和に暮らしてる。だけど、この世界にはないものがある。俺、探してみたんですよ、なにかないかなって。あいつが残したもの。あいつを知っている人。だけど」
そんないい世界のはずなのに。
この世界には唯一、存在しないものがある。
「見当たらなかったんですよね」
それが、俺の心に埋まらない穴を開けていた。
あれ以降、彼とは会っていない。それどころか誰も彼を覚えていない。まるで最初から存在していなかったかのように。
「それこそあなただけですよ、俺の仲間以外だと」
「だろうね~」
いや、これは本当にすごいことだ。どういう理屈でそれを可能にしているのか率直に知りたいくらいだ。機密事項だとかで聞ける訳がないんだけど。
「すごいんですね、特戦って。まさか俺たち以外にも記憶してる人たちがいるなんて思わなかったですよ」
この世界にはまだまだ俺の知らないことがたくさんある。魔術の世界とか国の力とか。そういうのを思い知らされる。
「褒めてくれるのは嬉しいけど、僕たちは君が連発した世界改変を把握した上でここにいるんだよ? 記憶のバックアップは当然さ」
「そういえばそうでしたね」
特戦はパーシヴァル第一段階の機能はすでに持っている。魔卿騎士団も謎ばかりだが日本だってどこまで異能に精通しているのか分かったものじゃない。
「それで、お願いしていた件なんですけど」
彼らについていろいろ知りたいことはある。だが俺が本当に知りたいこと、ここに来た目的は別のものだ。そうでなければこうして二人きりで話をするなんてことはない。
これこそが、俺が最も知りたいことだった。
「夏目駆は、いないんですか?」
あの夜、駆は光の中へと消えてしまった。俺にはなにも言わず、笑顔だけを向けて。
気づいた時、世界は変わっていた。いや、元に戻っていたんだ。時間が巻き戻ったように。そのため悪魔の侵攻もデビルズ・ワンもなかったことになった。
だけど、その世界には駆と相川がいなかった。さきほども言ったとおり俺なりに探してはみたけれど覚えているのは俺と仲間たち。それ以外は駆を忘れていたんだ。そんな人物初めから世界にいなかったように。
駆は、いなくなってしまった。この世界から。自分が殺戮王となって人類を襲う前に、平和な世界を自分から守るために。
自分を、なかったことにしてまで。
「念のため五十年振り返って調査を行ったよ」
賢条の言葉に意識が集中する。なにが分かったのか、つい緊張してしまう。
「君には悪いが彼は私たちから見れば危険人物なのでね。同名は何人も見つかったが君の知る人物は一人もいなかったよ」
「…………」
その答えに、膨らんでいた気持ちがゆっくりと萎んでいく。
「彼の両親も調べてみたが子供はいるが孤児ではなく一緒に生活している。その子も名前や容姿からして別人だ」
「そうですか」
彼の調査結果は予想していたものではあった。もしかしたらそうなんじゃないかって。だけど俺の心には穴が空いたような空虚さがあって、分かっていてもどこかで期待していたんだと思う。
賢条は俺の反応を見つめ寂しそうな笑みに変わった。
「自分の存在を消す。それによる世界のリセット、か。まさか殺戮王とまで呼ばれた彼が最後にそれを選択するとはね。きっと、君の存在が大きかったんだと思うよ。そういう意味でも私やこの世界は君に救われたと言える。感謝しているよ。君は、複雑だろうけれど」
確かに複雑だ。この世界は救われたけど駆は犠牲になった。
「俺は、あいつになにもしてやれなかったのかな」
じゃあ、あいつは誰が救う? 駆だって救われるべきだったんじゃないか?
「あいつの苦しみを和らげたり、受け止めたり。あいつがいなくならなくてもよかったように、なにか出来なかったのかなって」
この世界を嬉しく思うと同時に寂しさを覚えてしまう。ここに彼がいないことが、うまく言えないけど、敗北感のようなものを与えてくるんだ。
俺は、結局彼を救えなかった。友達だって、そう言ったのに。
「彼の思いは、君なら分かるんじゃないかな?」
「?」
俺が、駆の思いを?
「自分のせいで周りに迷惑をかけたくない。大切な人を傷つけたくない。だから遠ざける気持ち」
それは、PTSDを患っていた時の俺だ。
「君はそれを乗り越えた。だけど彼の持つ影響はそれ以上だ。そんな彼の苦悩、分かるなんて言えないが、その思考は理解出来る。君も同じじゃないかな? 人の苦しみを取り除くというのはとても難しいことだ。厳しい言い方になって申し訳ないが、それが出来ると思うのは、少し傲慢だ」




