迷っているね、君はどうしたいんだい?
突然現れ悪魔を倒していく少年に撮影者もなんだなんだと驚いている。
次の映像では大勢が乗ったバスを片手で担ぎ上げ道路を走る力也の姿が映し出されていた。大型のバスがまるで重さを感じさせずお盆のように運ばれていく。
その姿はばっちりと、鮮明に映し出されていた。
この時、悪魔だけじゃない。俺たちの存在まで世間に知られた。
知られてしまったという衝撃が襲う。だがそうした思いを感じながらも俺は映像に釘づけになっていた。
戦っている。多くの人たちを助けるために。星都も力也も。すごい。本当にすごい。ここには映っていないが香織や此方、日向ちゃんだって戦っているはず。
みんな、この街で悪魔と戦っているんだ。
映像は終わりスタジオに戻る。
「これらの映像には未確認生物とそれらと戦う子供の姿が確認出来ます。これはいったいどういうことでしょうか」
女性キャスターが専門家に意見を求めるが当然答えられるわけがない。どちらにせよ大騒ぎだ。どういうことかとコメンテーターたちが話し合っている。中には内容を疑問視する声もあるがむしろ一番ダメージを受けているのは隣の人の方だ。
「はあ、情報統制の難しさを痛感させられるね。今年のピューリッツァー賞はSNS利用者か。これがアカデミー賞なら僕も楽なんだけどね。はっはっはっは」
呆れて笑うしかないということだろうか。この人が一番笑ってはいけない気がするんだが。
賢条は大仰に笑っているが、俺には笑えなかった。
悪魔の襲来。それに対しみんなは戦い人を助けている。
「と、そろそろバスが来るころだ。コップを捨てるついでに僕が案内してあげるよ」
賢条は残りのお茶を呷り立ち上がる。バスに乗ればこの街とはお別れだ。
俺は。
「…………」
俺は、立てなかった。
「……剣島君?」
「俺は……」
震える手を見つめる。こんな時にも情けなく俺の右手は体を震わせる。いつも怯えて格好悪い。
だけど、俺の足は立ち上がることを躊躇っている。ここから逃げ出すことを拒んでいる。
俺は、どうしたいんだ?
「…………」
葛藤が身動きを封じてくる。
「剣島君、一度戦場に出た兵士が、どういう理由で戦うか知っているかい?」
「え?」
俺が動かないでいると賢条が落ち着いた声で話しかけてきた。
「戦場や紛争地域に派遣される軍人というのはどの時代にもいる。誰しもが初めは使命感や国のため、もしくは家族のために戦場へと赴く。そして、そこで地獄を知る」
「…………」
どうして今そんな話を。そう思いつつ黙って話を聞いてしまう。
「けれどね、中には自らそこに残り戦い続ける兵士もいるんだ。帰還しても再び戦場へと戻って戦う、そんな人たちがね。なぜだと思う?」
「それは……。さっきも言ってた、使命感とか国とか、家族のためとか?」
「いいや、違う」
賢条はきっぱりと言い切った。なぜ戦うのか。それは軍人の使命でも国のためでもない。ましてや家族のためでもない。
「最初はそうだった。でも戦争で戦うとその理由が変わる」
「理由が変わる?」
それらが違うならなぜ戦うのか。故郷に帰還したのに、なぜ戻ってまで戦うのか。
その答えを賢条は教えてくれた。
「仲間のためさ」
その言葉を聞いた時、俺はハッとした。
「いつ死ぬかも知れない戦場で共に戦った仲間がそこにいるからだ。戦場で築いた絆というのはとても強い。何物よりもだ」
戦場で築いた絆はとても強い。そうだ、それは俺にも分かる。
セブンスソードのみんな。それを聞いたとき真っ先に思い出す。殺し合いなんて儀式を抜け出すために協力して、時には殺し合って。だけど最後には認め合い俺たちは乗り越えたんだ。みんなをこんなにも思うのはあの困難を共に戦った絆があるからだ。
そこで俺はみんなに助けられた。
みんなにッ。
「迷っているね、君はどうしたいんだい?」
賢条が聞いてくる。その顔はさきほどまでのニコニコした顔ではなく静かな芯がある。
手は震えているのに足は動かない。でもそれは躊躇っているからだ。逃げ足のために前に出るんじゃなくて、戦うために前に進むんだろって。
頭は迷惑になるとか、足手まといになると言ってきて、だけどほんとは違う。心では戦いたいって叫んでる。
本当は、俺も戦いたいって!
「俺は、心が弱い人間だと思ってた。実際そうだと思う。いつも落ち着かなくて、パニクって。いつ悪魔に襲われるのかって、そればかりが頭の中を巡ってる。臆病者だ」
言っていて悲しくなってくるけど、それが俺なんだ。
「でも、それでも」
視線は自然と下を向き不自然に笑みがこぼれる。ほんと、俺ってやつはつくづくひどい。
けれど上がった口角はすぐに下り表情も引き締まる。胸が苦しいほどに熱くなっているのが分かる。
「仲間を守りたい。誰も失いたくないって、なによりも強く思うんだ、俺の心がッ」
正直、すごく悔しいよ。みんな戦ってる。俺だって戦いたい。みんなの助けになりたいし、みんなを俺だって守りたい。でも、俺はこの様で、俺だけが怯えてる。
でもッ。
「弱いはずの俺の心が、こんなにも熱く言うんだよ。仲間のために、俺は戦いたいって!」
どんなに惨めでも、無様でも、みんなを失うなんてことは嫌だ。
みんなの隣で、俺も戦いたい!
「こんな俺が、場違いにもそう思ってる。滑稽かもしれない。思い上がりだって言われるかもしれない。だけど、それが俺なんだ。弱い心でも、みんなのために戦いたいって思うんだ!」
胸の奥から心がずっと叫んでる。弱音と一緒に湧き出る戦いたいという本音。臆病な俺の心が、一端にも言っている。みんなのために、俺も戦いたいって。
「君は弱くないよ」
え。
聞こえてきた言葉に顔を上げる。賢条は真面目な顔で俺を見ていて、その声はとても真剣だった。
「そう思うのは君の心が強いからだ。いいかい、君のPTSDは心が弱いからじゃない。ボディービルダーだって風邪をひく。君も同じだ。そう思うのは、君の心が強いからなんだよ」
「俺の心が、強い?」
その言葉に心が奮える。
思ったこともなかった。だって、いつも周りにびくついているのに、心が強い?
考えたこともなかった、そんなこと。
「でなければ、戦いたいなんて思わないさ」
彼に言われて気づかされる。




