やば、マジでキレそう……
「おいおい、ひどい言いようだねぇ。人間っていうのはもっと上品じゃねえのかよぉ」
「うざい、きもい、喋るなきもい」
話しかけられるのも嫌になる。天井まで上がったテンションを地の底に叩きつけられ死にそうなほど嫌な表情をしている。
それもこれも最初に持ち上げられたからだ。それさえなければ落胆することもなかったというのに。
「ああもう! マジでなんなの! 最初はあんなに可愛かったのになりすまし? そういうのがマジでキモいんだけど! アイコンだけ小動物で中身おっさんかよ! それなら最初からそうしといといてよね。隠してウケ狙ってるのがイタすぎ!」
罵倒の火の玉ストレートを連発していくがそれだけでは怒りは収まらずスパーダを取り出す。
「そういうわけだから死んでくれる? キモすぎるから殺す」
死刑判決。罪状は本体偽装。
「言い過ぎだろぉ、人間だからってそう簡単に相手に向かって悪口言っていいのかよぉ」
「しゃべんな」
問答無用。この罪に情状酌量の余地なし。
「いいさ、そういう態度なら思い知らせてやる。今から謝っても遅いからなぁ」
「あんたこそ生まれたことを後悔させてやる」
敵を見上げながらミリオットを突きつける。
うさぎの体を被った悪魔。裏切られた期待も合わせて百倍返しだ。
対して相手も久々の人間に興奮を隠すことなく笑い声を上げている。
可憐と狡猾の肉花、ラビラワー。
期せずして白対白の戦いが始まった。
「ギャエエエエ!」
ラビィラワ―が大声で叫んだ後本体は引っ込み口が閉じる。元のうさぎの姿に戻り突進してくる。
「なめんな!」
それをミリオットで返り討ちにする。光を纏った大剣を振るい吹き飛ばした。彼女の何倍もある悪魔が一撃で後退していく。
「どうだ!」
いける。力では負けていない。
すぐにミリオットをラビィライに向ける。
「ミリオット!」
刀身を覆っていた光は線となりラビラワーに発射する。
だがそれに気づいた敵もすぐに跳躍し退避する。
「外したッ」
巨大でもうさぎらしい俊敏さだ。大きいから遅いということはない。見かけに依らずスピードタイプだ。
ミリオットで狙い撃つ。素早いとはいえその巨体、動きも直線。タイミングさえ間違えなければ当てられる。
「そこ!」
ラビラワーの進行先へミリオットの予測撃ち。それは見事当たり狙いはばっちりだ。
だが、ラビラワーはそれすら回避した。
「そんな!」
当たると思われたミリオットの光線。その直前ラビラワーは宙を跳んだのだ。
まるでそこに透明な足場でもあるように。白い体躯は空中を縦横無尽に駆けめぐっている。
「速いッ」
一足での飛距離が長いのに加えて速度も速い。
その動きはまるで街を跳ねる巨大なスーパーボールだ。白の弾丸が空中を飛び回る。
日向も力と速度の向上によって移動距離は高いもののラビラワーの方が上だ。地上だけでなく空中すら疾走する三次元機動。地上しか走れない彼女では光線しか対応手段がない。それもこうも速ければ狙いが定まらない。
「くそう!」
日向はラビラワーを追いかける。道路を走り、敵が反転したのを見計らい勢いをつけジャンプする。
聖王剣を頭上にかかげ、一刀両断せんと振り下ろす。
が、ラビラワーは直前で進路を変更し彼女の横に移動、そこから体当たりしてきた。うさぎの頭が側面から日向の全身にぶつかってくる。
「くう!」
そのまま反対の建物に激突しクレーターができる。体中がしびれめり込んだ腕を引っ剥がす。
「やってくれんじゃん」
忌々しい。今すぐにでもやり返したいがそうもいかない。事実として相手の能力は厄介だ。
日向はビルの壁を蹴り道路に着地する。
どうやってこの敵をしとめるか。闇雲に遠距離攻撃してもかわされる。強引に近づいていっても移動範囲の差で届かない。
どうする?
「そんなの突っ込むしかないじゃん!」
いろいろ考えても名案なんて浮かばない。そもそも考えながら戦うなんて柄じゃない。
要るのは力と硬さとスピード。小細工など不要。いつだって真っ向勝負!
ラビラワーに向かって突っ込んでいく。距離を詰めミリオットで切りかかる。空中に逃げられれば光線で狙い撃つ。これがミリオットの戦い方。それ以外なんて知らない。ただひたすらに王道を突っ走る。
敵はなんといってもすばしっこい。比喩でもなんでもなくうさぎが空中を飛び跳ねているのだ、捕まえるのは至難の技。それに体もでかいためパワーもある。
だからこそしとめがいがある!
空中を走り回るラビラワーの後を追い日向はビルに向かってジャンプすると壁を蹴ってさらにジャンプする。小さなしっぽに手を伸ばす。
しかしラビラワーの体は直角に進行を変えいなくなってしまう。そのままUターンしてぶつかってくる。ミリオットで防御するも踏み込みの利かない空中ではこれ以上動きようがない。
「馬鹿な人間ん、いただきぃ!」
ラビラワーは連続で体当たりしてきた。日向が落ちないよう下から突き上げまるでお手玉のようだ。突進により弾かれる度別方向から攻撃を受ける。
何度も何度も、ラビラワーの頭突きやひっかっきが日向を襲う。叩かれて体が回る。どっちが空でどっちが地面かも分からない。ぐるぐると視界が回り絶え間ない衝撃と痛みが全身を襲ってくる。もう、防御もほとんど出来ていない。
ラビラワーは日向を突き上げると宙を走り追い抜いた。さらに宙を走り雲が間近に見える距離になる。
「ギョェエエエ!」
空に怪声が轟く。赤い夜空を背にラビラワーが宙を蹴り、日向に向かってきた。
なにもない空中を草原のように全力で走り抜ける。高高度から疾走しての体当たり。それはまさに落雷のようであり。
「――――」
ぶつかった瞬間、音が消えた。
衝撃に日向は道路に激突、耳を震わすほどの轟音と共にアスファルトが砕け散る。土煙が消えていく。日向は陥没した道路の上で仰向けに倒れていた。
「ん……」
体が、痛い。思うように動かない。
「やば、マジでキレそう……」
痛む体をなんとか起こし立ち上がる。顔は引きつりダメージが深刻なのが分かる。
ラビラワーは優雅に着地を決め日向の正面に立っている。胴体が開き本体が現れる。開くのが花弁なら本体はまるで雄しべのようだ。
「どうしたどうした人間、さっきまでの威勢はどうしたぁ? それとも助けてってお願いするか? 面白ければペットにしてやってもいいぜぇ?」
「きも」
肩は下がり顔も俯きがちだ。そんな様子だが日向は笑った。顔を上げ、きもいだけが取り柄の悪魔を見やる。
「そんなの絶対あり得ないから」
屈服しない。服従しない。
なによりその目は諦めていない。
日向はミリオットを構える。傷はある。痛みもある。蓄積したダメージが表情に陰を落とす。
それでもなお戦おうとするその姿は勇士そのもの。
聖王剣を持つに相応しい、不屈の少女だ。
「ならお前は俺の養分だぁ!」