さあ、行こう小鳥さん。無限の、未来へ~
夜空に浮かぶ赤い月。空に穴が開いたかのような召喚陣からはこの時を待ちに待った悪魔たちが地上へと降り立っていく。町を、人を、地上を蹂躙する様子は悪夢そのものだ。聖書に描かれたことが現代で行われている。
その様子をジュノアは高層ビルの屋上から見下ろしていた。いくつもの場所では火事が起こり煙が上がり地上は大惨事だ。世界の終末。それを描いたかのよう。
そんな惨状を前にジュノアは両腕を伸ばし、優雅に揺らしていた。
「ふ~ん、ふふ~ん、ふ~ん」
それは指揮者の動きだ。無人のオーケストラを前に思うままに腕を上下左右に揺らす。しかしその動きはめちゃくちゃでリズムを理解しているようには見えない。それでも本人は楽しそうだ。
「ん~、心躍りますねえ、この展開。リリンとイヴン。二つに分かたれた人類の決着。果たしてどちらが新人類に相応しいのか、地上の主は誰なのか。それを決める戦い、火蓋は切られた。この戦いでそれが決まる。楽しみでなりません」
地獄と化した街でジュノアは笑う。闇の中でそびえ立つ摩天楼の上、人類の宿敵であるリリンとして。
「ん?」
頭上の召喚陣から大きな鳥の声がしたので仰ぎ見る。見れば赤い穴から巨大な鳥が出現していた。全身が黄色いその鳥は雷のような声を上げ落雷と共に空を飛ぶ。翼を広げればバスよりも大きく、ジュノアのいる屋上に降りてきた。
サンダーバード。雷を属性に持つ上級魔物だ。見た目は綺麗だが性格は凶暴で知られ、その存在は魔界でも天災のように扱われている。これが現れた街は嵐に遭ったかのように破壊されるほどだ。どうやら召喚陣が開いたことで地上に迷い込んだか、それとも新たな獲物の臭いをかぎ取ったのか。
サンダーバードは小さな両足をジャンプさせジュノアの前に近づいてくる。その動作は小鳥のそれと変わらない。瞳自体も丸っこく可愛い顔つきをしている。
近づいてくるサンダーバードにジュノアも見上げる。自分よりも数倍大きい鳥に見つめられジュノアは破顔した。
「わお、これは可愛らしい小鳥さんですねえ」
それから声を出し喉を慣らしていく。
「んん。あーあー」
準備が整い腕をサンダーバードに伸ばす。
そして歌い出した。
「あー、今日はなんという日だろう~。この地で、君と僕は、出会った~」
両腕を広げる。まるで劇のように、オペラのように。全身で表現していく。
「人と悪魔がまみえる~、魔界と地上がつながる~」
その場でステップを踏み回転していく。
「今日はなんと素晴らしい日だろう。分かたれた世界が一つになり、伝説が蘇る。伝説って? そう! この特別な日に、僕達は出会うべくして出会ったのさ!」
台詞パート。
「それは? それは(イケボ)。それは? それは(イケボ)。運~命~さ~」
ジュノアは両腕を広げながら屋上の外側へと歩いてく。無人の観客席にアピールした後サンダーバードのもとに戻る。
「さあ、行こう小鳥さん。無限の、未来へ~」
この舞台を示すように片腕を広げた後ジュノアはサンダーバードに手を差し出す。
決まった。華麗な演技、百点のどや顔。
「ふぅん、歌はいいですね。心を豊かにしてくれる、イヴン最大の発明ですよ」
サンダーバードはそんなジュノアを見つめつつ、不思議そうに顔を左右に動かすとバクっとジュノアをくわえてしまった。そのまま飲み込もうと顔を上げる。
なんとういう非情。せっかくの芸術も野生には通じない。無念!
するとジュノアはくちばしを持ち上げ立ち上がった。
「んー、思ってたのと違いますねえ」
両腕で上顎を持ち上げている。そのまま口にアッパーをして脱出すると地面に着地した。
「ギャアア!」
ジュノアに口を殴られサンダーバードが暴れている。しかし命辛々逃げ出したジュノアは残念そうなな面もちだ。
「もしかして私たちの友情ってもう終わりですか? 悲しいですねえ」
サンダーバードは顔を振りジュノアを睨みつける。周囲に雷を落とし大声で威嚇してきた。かなり怒っているようだ。
そんな野鳥にジュノアは軽くステップを踏むとボクシングポーズを取った。どれだけ上級魔物とはいえ芸術を理解できない下等生物だ。
「まあいいでしょう、それでは遠慮なく」
ジュノアは右腕を伸ばし人差し指をクイ、クイと動かす。
演舞がダメなら戦闘で魅せるまで。
戦いの始まりだ。
サンダーバードの叫び声が雷を呼び寄せる。周囲に電流が走りジュノアは左右に回避する。その後サンダーバードに接近し拳を叩き込んだ。ワンツーからの膝蹴り、渾身のストレート。
その威力にサンダーバードは吹き飛び屋上の柵を破り外まで放り出された。しかし翼を広げ飛んでいってしまう。これでは戦えない。
ジュノアは急いで走り出す。
「ワン・ショットサモン!」
屋上を蹴ると夜の街へと文字通り飛び出した。夜空に金色の髪が流れていく。
前方にはワン・ショットサモンによって召喚された悪魔の手足が並びそれを足場にしてさらにジャンプする。ジュノアが着地する度悪魔たちもジュノアを前に進めてくれる。
ワン・ショットサモンはなにも攻撃手段だけではない。応用と連携を駆使すればその幅は広がる。
リリンは超人にして一流のデビルサモナー、その一端を発揮する。
ジュノアは悪魔の手足を伝いサンダーバードに接近する。横につけると足場となっている悪魔がサンダーバードに向けジュノアを投げつける。その勢いのまま跳び蹴りを打ち込んだ。
「ギャアア!」
サンダーバードは高層ビルに激突しガラス窓が一気に割れていく。ジュノアは壁面に腕を突き刺し固定する。サンダーバードが起き上がろうとするがワン・ショットサモンから現れた黒い巨人の腕が鷲掴みすると再度ビルに叩きつける。
「ギャアア!」
だがサンダーバードも負けていない。全身から迸る電流が周囲を破壊する。伝播する衝撃がガラスをさらに割り巨人の腕も灰となる。
「おっと!」
直撃する前にジュノアは壁面から飛んだ。ワン・ショットサモンで後を追いかける。
サンダーバードは翼を大きく動かし上昇していく。まるで月でも目指すかのように。その高さは雲のちょうど下あたりまでになり周囲にはなにもない。
そこでサンダーバードは両翼を広げいくつもの雷を落とす。凄まじい轟音と共に放たれたそれらは他に宙を飛ぶ悪魔たちをすべて焼き尽くしていた。
「あら」
足場がなくなったことで落下する。すぐに次の召喚をしようとするがそれをサンダーバードは見逃さない。
すぐに方向転回しジュノアに突っ込んでくる。くちばしを突き刺しそのまま地面へと進んできた。
「くう!」
さすがに空中、さらにこれほど巨大な魔物に押されては体の自由がきかない。風圧が壁に感じる。体の動かし方を忘れたかのように身動き取れない。
ジュノアはサンダーバードに押されながらスクランブル交差点に激突した。アスファルトはミサイルを受けたかのように陥没し破片が飛び散っていく。衝撃に周囲の車が浮き上がり落下した際にガラス窓が割れ警告音が鳴り響いている。
砕かれた道路の上にジュノアは寝そべっている。そんな彼女をサンダーバードは足で押さえると電撃を加える。全身に流れる高圧電流は普通なら即死の威力だ。それを何度も与えていく。ジュノアの体からも湯気が立ち上がる。
サンダーバードは顔を左右に動かした後ジュノアをつつく。獲物が死んだことを確認するように。重機のプレスで叩かれたように体が跳ねる。
何度目かになるサンダーバードのくちばしが迫る。
それをジュノアの拳が打ち返した。
「キュウ!」
サンダーバードが下がる。ジュノアは「うーん」と寝起きのような声をあげ起き上がった。
「起きてますねえ」




