だから私は不死の力を望んだの
お互い仲間思いなため衝突していたがリトリィが引いたことで落ち着いた。
そんなやりとりを余所に駆と千歌は対峙し続ける。交わす視線を音なき言葉に変えて、思いを目線に乗せて。
その視線の激突は、苛烈でどこか物悲しい。
駆は千歌を見上げたまま、すっと檻に閉じこめられたリトリィを指さした。
明確なコミュニケーション、それが動き出す。
「それは無理ね。ありきたりだけど、返して欲しかったら私と戦うしかないわ。そのための人質でしょ」
リトリィは駆を殺戮王へと覚醒させるための餌。それが成らずに渡すことはあり得ない。
「君にはまだデスザルを使ってもらうしかない。ここまでの戦闘で十分だと思ったけど、仕上げは私がするしかなさそうね」
彼女が放つ冷たい宣言が駆の胸の内を熱くする。
戦う気なのか? それに躊躇いはないのか?
自分を殺戮王なんて化け物に覚醒させることを、本当に望んでいるのか?
かつての友に抱く疑問と怒りが渦となり、悔しさを握りしめ、駆は千歌に向かって腕を振り抜いた。
戦いなんて、本当はしたくない。そうじゃないのか。
駆は自分を指さし、次に千歌を指した。そして両手を胸の前で握り合う。
友情。それを目に見える形で見せつける。
どうあっても、この思いは届かないのか。
「無駄よ、駆君。私に引く気はない。分かってるでしょう」
一縷の望みは呆気なく地に落ちる。分かっていた返答に、それでも心は落ち込んだ。
そうまでして、この世界を変えたいのか。裏切られたような喪失に表情は暗い。
「駆君。自由ってなんだと思う?」
聞かれ、駆は俯けていた顔を上げた。
「自分の行動を制限されないこと、でしょう?」
彼女の話に、耳を傾ける。
「そこで問題となってくるのは他者の存在だけど、でも、他人なんてどうしようもない。邪魔してくるやつは邪魔してくるし、それを止めることは出来ない。むしろ、重要なのは行動する側である自分自身の方。行動しようとする自分の意思。それがなければ自由なんて宝の持ち腐れよ。私は、それをよく知っている」
「…………」
それは……。そう、心の中でつぶやいた。
「だから私は不死の力を望んだの。死がない世界が真の自由を作り出す。死別もなく、理不尽な終わりもない。終わりがなければ次がある。その次で挑戦できる。死という縛りがなければなにものにも縛られることはない。本当の自由が手に入るのよ。そこで、自分で行動するの。自由な意思で自由に行動を」
千歌が語る理想。死のない世界では終わりも別れもない。死という恐怖から解放されたならなんでもできるはずだ。失敗しても失敗しても、その次で成功すればいい。
自分の意思さえあれば、この世界はどこへでも行ける。
千歌はそれを実現させようとしている。そのために多くの悪魔を集め、多くの悪魔を殺めた。
かつての仲間すら敵にして。
それもすべて、真の自由のため。
そこへ、ヲーが一石を投じた。
「不死王、それは飛躍し過ぎだ」
千歌の目がヲーに移る。
彼女の語る理想。しかしそれは本当に耳触りのいいそれと同じなのだろうか。
それをヲーが切り込んだ。
「終わりがなければ、それは永遠の修羅だぞ? すべてが不死となり挑戦し続けるというのなら、終わりなき戦いが続くのみ」
そう、永遠に挑戦できるのはなにも自分だけではない。その世界に生きるすべてだ。そのすべてが終わりのない挑戦を続けるというのなら、それは争いがずっと続くということ。
ゴールのない、永遠の競争なのだ。
「自由と競争は切っても切り離せないものよ」
それは無論千歌も承知している。その上での選択だ。
「戦いを終わらせるのではないのか?」
「いいえ。私が実現させるのは平和という結果ではなく、それを実現する手段を確保するということよ。自分の意思で道を切り開く。その選択肢を保証するのよ。真の自由によって」
彼女の意思は揺るがない。自由はすでに手の内にあると言ったように、彼女は差し出した手を強く握り込む。
「生きている限り、誰しもが困難に立ち向かう時がくる。それがどんな世界であってもね。だから私たちは前に進んでいかなくてならない。その意思を奪わせはしない。それのどこがおかしいの?」
「止めて千歌!」
彼女が話す途中、大声が遮った。
彼女を止めたのは、リトリィだった。
「それじゃあ苦しみも悲しみも解消しないからでしょ!」
檻の中から叫ぶ。それは単なる批判ではなく、彼女を止めたい一心に聞こえた。
「分からないわね、それは今だって同じでしょ」
「それは」
しかし千歌は止まってくれない。言い負かすこともできずリトリィは顔を伏せてしまう。
「しかし、争いとは主に平和の取り合いだ。しかしその平和が手に入らない世界になんの意味がある」
「その世界の平和とは、いったい誰のための平和なの?」
「ん」
その質問にはヲーも口を噤む。




