マスター……どうして来たのよ!?
それを嬉しく思う。どうしても顔が浮ついてしまう。しかしすぐ心配に歪めた。これでは千歌の思う壷だ。彼女の仲間は死にものぐるいで迎え撃つ。死を恐れぬ軍隊だ、戦闘を回避することは出来ない。
そうなればデスザルの使用を余儀なくされ、人間の心はすり減っていく。
結果、完全な殺戮王が出来上がる。それを不死王が食らい魔人融合を果たす。
まずい。如何に駆が殺すことに特化していても相手が不死では勝算は低い。
玉座の間に響く騒然とした雰囲気の中、千歌とリトリィは黙って様子を見守っていた。
計画通りの千歌。
救助が来たリトリィ。
両者に、歓喜はない。
場所は移りミラル山道、駆は不死王の部隊と戦っていた。岩場に挟まれた一本道。迂回することは出来ずまともにやり合うしか道はない。ポクからもらった強化の霊薬に全身を赤く染め目の前の敵に拳を打ち出していく。ポクはあくまで補助役だ、指輪に収め戦場で戦うのは駆とヲーだけ。ヲーも槍を振るうが多勢に無勢でありこれでは時間が掛かりすぎる。
「死をもって、不死王の理想に殉じるのだ!」
「うおおおお!」
おまけに敵の志気はいつになく高い。すべての敵が死を恐れぬだけでなく積極的に戦ってくる。
敵も必死だ。駆たちを包囲せんと回り込んでくる。
その時ヲーが勢いよく跳躍し敵を乗り越えた。後ろに回り込んだ分前が薄くなったためだ。しかしそのせいで駆だけが敵陣に残された。
「逃げたぞ!」
「それよりも殺戮王だ!」
当然敵はヲーよりも駆を優先する。これで駆は完全に包囲された。敵の武器が一斉に襲いかかる。
瞬間、緑の指輪が光る!
敵の攻撃、それをヲーが受け止めた!
「なに!?」
駆が突然ヲーへと変わり驚愕する。肝心の駆は後方、ヲーがいた場所へと瞬間移動していた。
直後ヲーは指輪へと収まりすぐに現れる。こうして駆とヲーは敵部隊をすり抜け城へと走り出す。
ポジション・シフト。仲間と自分の位置を入れ替えることにより見事敵陣を突破した。
「殺戮王、第三防衛線突破しました!」
その知らせはすぐに司令部でもある玉座の間へと伝わった。
駆が近づいている。そのことが千歌とリトリィにも伝わってくる。
「第二防衛線も突破されました!」
すぐに状況が知らされる。戦況が刻一刻と変化していく。
「殺戮王、こちらに向かってきます!」
部下の報告が早いか、扉の向こう側から声と戦う音が聞こえてくる。刃が擦れる音、部下の短い悲鳴、それらが近づいてくる。
そして扉一枚隔てた向こうで、音がかき消えた。
沈黙。重苦しい雰囲気となって無音がこの場を占める。
扉が、ゆっくりと開かれた。
敵か、味方か。
部下たちは全員武器を扉に向け全員が注目している。
扉から顔を覗かせる者。
それは、駆だった。
「マスター!」
その姿にリトリィは顔をぱっと輝かせ千歌は表情を変えることなく見つめる。
駆は両手で扉を押し開き背後にはヲーと指輪から出てきたポクが控えている。赤い絨毯を踏み、玉座の間へと入り込んでいく。
「行け! この命、不死王様の理想のために!」
「うおおお!」
そのような進入を許すはずもなく部下たちが一斉に襲いかかる。どれも速い。斧が、剣が、自前の爪が、駆目がけ迫る。かわすなど不可能な数だ。
駆の目つきが細まる。
直後、攻撃は当たる前に灰と化していた。視界に広がる遺灰がふわっと浮き上がり流れて消えていく。
ここにいた数十の悪魔たち。それが、すべて消えていた。悲鳴を上げる間もなく、一瞬の内に命を散らしていた。
そこで、千歌が立ち上がる。
「さすがね。デスザルの前では時間稼ぎにすらならないか」
味方は全滅。しかし彼女は動揺していなかった。むしろ計画通りに進んでいる。
「ここに来るまでどれだけ使ったの? 今のが初めてじゃないんでしょ」
途中に用意してあるいくつもの防衛線。警備兵だっている。それをすべて直接戦闘で倒せるわけがない。ここまで来れたのはデスザルがあったからだ。それは多くの心を悪魔に染めたということだ。
「とはいえ、まだ余裕はありそうね」
駆の表情は厳しい。千歌に向ける鋭い視線は彼女へ向ける思いだけではない。デスザルの代償に耐えている証拠だ。
今の駆はかろうじて理性を保っているに過ぎない。これ以上デスザルを使い人間性を捧げれば本当の悪魔になるのも時間の問題だ。
「マスター……どうして来たのよ!?」
駆の無事にほころびた笑顔だが瞬時に切り替えてリトリィが怒鳴る。
「リトリィ、言わずとも分かっているはずだ」
「そうだズラ、むしろ感謝して欲しいズラ」
「だけど、それじゃこいつの思う壺じゃん!」
「だとして、仲間を失うのをよしとするか?」
「それは~」
「お前は大人しくオイラたちに救出されればいいんだズラ!」
「も~う!」




