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笑顔

 テーブルには二人分のパスタとお茶の入ったコップ。

 女の分は平皿で、俺はどんぶりだ。フォークは無駄に五本もあるので二本出す。

 一人暮らしだから、皿も揃っていないのはしょうがない。カトラリーだけは実家のもらい物をそのままいただいてきたので充実しているのだが。

 いつもは自分だけの小さなテーブルは、二つ皿が並ぶだけで狭く感じる。

 椅子は一脚しかないが、まさか見知らぬ人に立って食えとも言えないだろう。


「ほら座って座って」


 いまだに部屋をしげしげと眺めている女の腕を引き、皿の前に座らせる。

 しかし、軽い。こんなに女の子って軽いのか?まさに儚いという言葉そのものだ。

 例えるなら彼女はつかみどころのない、宙に舞う羽根のような。

 こうやって目の前にいるのに、不思議と現実味がない。

 きょとんと俺を見つめる女に、俺は言った。


「別に金とかとらないから。とりあえず食いなよ」


 俺はテーブルのどんぶりとフォークを手にとって、すぐそばの壁にもたれながら遠慮なくパスタを口に運んだ。昨日の酒がこたえているのか食欲はなかったが、食べてみると意外と入るものだ。

 腹が減っているからなのか?なんだかがっつり食べている!という気がしないのは。

 俺の食べる様子をじっと観察して、女はようやくフォークを手に取った。

 どうも居心地が悪い。なにか疑われているのかもしれない。


「……賞味期限は切れてないぞ」


 その言葉の意味が通じたのか定かではないが、女はようやくパスタを食べ始めた。ゆっくりと、というより、恐る恐る、という形容詞がふさわしい手つきで。

 しかしフォークの扱いが下手だ。グーで握っているのだ、幼児じゃあるまいし。パスタをフォークの先にからめて巻くとかいう知識もないらしく、悪戦苦闘している。

 怪しいものを食べるかのように、女はパスタをもぐもぐと咀嚼して、飲み込む。

 そしてその一瞬後、俺は不覚にもどきりとしてしまった。

 ふと彼女の顔がほころんで、やわらかい笑顔を見せたのだ。

 まさに不意打ちってやつだ、急にそんな顔を見せるから。

 黒目がちの瞳を少し細めて笑う様を見ると、少しくすぐったい気分になる。そのたどたどしい食べっぷりも、無邪気で可愛いような気がしてくる。


「美味い?」


 相変わらずわかっていない様子だが、その顔を見ると美味いのだろう。缶詰のミートソースパスタが、そんなに美味しいだろうか。

 先に食べ終わってしまった俺は、彼女をしばらく見つめていた。

 彼女の見せる無垢な笑顔は、不思議と俺をほっとさせた。

 ついさっきまで「わけのわからない女」だったのに、今は「わけがわからないけど可愛い女」だと思う自分がいる。

 こんな訳のわからない状況で、不覚にもトキメキを感じてしまうとは。

 俺はなんだか気恥ずかしくなって、目をそらし、シンクにどんぶりを置きに行った。

 そこで、ふと振り返る。

 もしかしたら今のは夢で、その席に本当は誰も座っていないんじゃないか? そんな錯覚を覚えたからだ。

 だが、彼女はやはり座っていた。ホッとする。


 ホッとする? なぜだ?


 ここのところ仕事三昧で、女と関わることも少なかったからだろうか。

 それとも今まで、一人暮らしの寂しさに気づく暇がなかっただけなのだろうか。

 まだ昨日の酔いが残っているという可能性もあるが……。

 ぼうっと彼女を見つめながら、ふと、気になったことを聞いてみた。


「君、名前は? 俺は立川健治っていうんだけど」


 その質問に相変わらず彼女は俺を見つめ返すだけだ。

 だが、これを聞かなくちゃ呼ぶのにも不便でしょうがない。

 俺は自分の胸を指差しながら、はっきりともう一度名乗る。


「け・ん・じ。俺は健治。君は?」


 そのジェスチャーが通じたのだろう。指を差された彼女は、少し考えるようにして、ようやく言葉を発した。


「……ユイ……」

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