山田ハニー誕生
3、山田ハニー誕生
所長と秘密保持契約を交わしたその日の夕方。
顧客の新規開拓が出来た事で早めに上がらせてもらった私は、ハナにこのネタを話そうとハナのお店に行った。
ハナのお店というのはクレープ屋で、商店街から一本裏通に入った、学生の小銭で荒稼ぎする店だ。今くらいの時間なら、ちょうど放課後ラッシュが終わり、一息ついてる頃だろう。
角を曲がり店が視界に入ってくると、店先に置いたベンチに座り、高校生のカップルが一つのクレープをとりあってラブラブしていた。
羨ましく思っても凝視はしない、大人の私。素早く店にはいると、ガラス張りの入り口ごしにジロジロ見てやった。
「花香さん、いらっしゃい」
笑いながらヒトちゃんが言った。
「不審者かと思ったよ」
「いやあ、毎度変なところをお見せしちゃって」
オーソドックスに頭をカキカキ言うと、
「いいよ、慣れてるから」
とのたまった。まあね。
「ハナちゃんは?」
「姉ちゃんは、ラッシュおわりでバイク乗りに行った」
「そっか。それじゃあ……ツナサラダクレープ!レタス多めで!」
「ハーイ」
カウンターに寄りかかり、久しぶりに、ヒトちゃんがクレープを作るところを見た。手際も良く、生地もまん丸だ。
「もうハナちゃんより上手なんじゃない?」
「目じゃないっすよ。最近俺ばっかり作ってるから」
「最初はぐちゃぐちゃだったもんね。失敗作くれるのいいけどすごく太ったもん。私も、事務所のみんなも」
「へへへ……」
犠牲者に笑ってごまかすヒトちゃんの両手は休みなく動いて、あっという間にツナサラダクレープが出来上がった。
半額の200円を渡すと、壁に作りつけのベンチに座った。
200円というのは、私とハナとの協定で、払わせまいとするハナと、どうしても払いたい私の中間をとった結果だ。だって、タダじゃ頼みづらいもの。
久々のクレープにかぶりつくと、高校時代を思い出す。よく食べたなあ。
「ヒトちゃん、合格!」
ビッと親指を立ててグッジョブすると、
「あざーす」
と、帽子のツバを軽くつまみ頭を下げた。ヒトちゃんは、ハナによく似ていて男前だ。Tシャツにだぼだぼのチノパン、エプロン、キャップまで黒づくめで、細い体にちょこんと乗る顔は美形だけど、やっぱり団子鼻。
そういえば昨日のハナも、これのエプロンなしバージョンだった。みんなが勘違いするわけだ、と納得した。
「ヒトちゃんモテるでしょ?」
「なに?いきなり」
「この店は、おいしいクレープと美味しそうな店員さんで儲かっているっと」
メモを取るまねをする。
「まあね。携番はよくもらう」
「で?」
ワクワク。
「ん?別に何もしないよ」
「なんだあ、タイプの子とかいないの?」
「うん。姉ちゃん見てるから、女性に対して変な幻想とか持ってないし」
くっくっと喉を鳴らして笑った。
噂をするとその人は現れるもので……
「花、来てたんだ」ノソっと裏口から現れた。
「あ、おかえり」ヒトちゃんと声を揃えて言った。
「じゃ、俺そろそろあがる」
「ヒトちゃんゴチ。ありがとね」
手を振ると、ヒトちゃんもちょっと手を振り返して出て行った。
「ヒトちゃんクレープ焼くの上手になったねえ」
「まだまだ。香ばし感が足りないよ」
「お、やはり免許皆伝はまだですかい?」
「あたぼうよ」
ハナが肩まである天然のウェーブのかかった黒髪をキャップにたくしこみ、エプロンをすると、さっきまでのヒトちゃんがいた感じとあまり変わらない。
お客さんがいないので、拭いたりはいたりしはじめたハナに、昨日の所員の誤解の話をした。
案の定気にいったようで、ノリノリになってしまい、明日の同期奥田とのランチに来ると言い出した。
「ばれたらばれたでいいんでしょ?」
「うん、全然構わないけど」
「おもしろそうじゃん。偽名は山田……ハニーと呼んで!」
目を輝かせ細かい設定を決め出すハナは、アイデア満載で頭がよく回る!
ハナさん一体どこに行こうとしてるの?




