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彼氏?!

2.彼氏?!


 私の勤める行政書士事務所は三十名の大所帯で、守備範囲も広いせいか、なかなかに忙しい。

 行政書士という仕事柄、男性のほうが多かったはずなのに、続々と入っては寿退社を繰り返す、若い事務の女の子たちの手に落ち、事務所の独身男性たちは確実に減っていった。

 そして遂に『最後の独身貴族』を売りにしていた、同期奥田が結婚を決めた。

 同期と言っても、浪人と、ダブりで年は二つ上の三十歳。

 お相手は、やはり事務の新人さん。「最後の」と言うとおり、こいつで事務所内の独身男性はいなくなった。

 別に期待してなかったけど、こんなに見事に声がかからないなんて。少しはへこむってもんで……。

 落ちまくっている私をよそに、所内はおめでたいムード。ふんっ。

 なんだかんだと、その夜は、結婚前祝いの宴会が開かれることになった。正直行きたくないけど、行かなかったらひがんでるみたいに思われるのがオチで……

 残業をして逃げようと画策したけど、所長と奥田に両脇を抱えられて連行された。事務所の行きつけの和食屋に行くと、やけになって普段は飲まない日本酒を飲んだ。

 隣に座っている所長にお酌していると、

 「花香(はなか)は、彼氏はいないのか?」

と傷をえぐって来た。

「いませんよ、所長」

「なんでできないんだろうなあ?スタイルは抜群で性格もいいのに」

「遠まわしに、ブスって言ってますよね」

「うーん。ブスじゃないぞ。でも美人でもないよなあ」

「もういいですよ、私は、仕事に生きますから」

 自分で言った「ブス」がぶすぶすと突き刺さる。痛すぎて、逆にスルー。

 反対隣に座っていた同期奥田がスルーできないことを言った。

「ブスじゃなかったら、俺お前と結婚したかも」

「な、なんだって?」

「花香の後ろ姿はタイプなんだ。話してて面白いしな。でも、バックはあんまり好きじゃないんだ」

 なんてことを!嫁さんが隣にいるのにそんなこという奴はクジラに飲まれて溶けてしまえ!

「ブスで良かったです。奥田なんかこっちから願い下げ」

 テーブルの上におしぼりで境界線を引いてやった。

「こっから出ないでよ」

「……」

「空中もダメっ。しっしっ」

 奥田め。私は無視を決め込み、奥田に背中を向けた。

「所長は奥さんとどうやって知り合ったんですか?」

「高校の同級生だ」

「わあ、純愛?」

「いや、身体の相性が良くて」

「……隙間なくフィットしましたか?」

「お前なあ。女だったらそこで照れるもんだぞ」

「そうですか?」

 年甲斐もなく顔を赤らめた所長のほうが照れていた。

「そういうところも問題かもな」

「はあ、女子高で毎朝読み聞かせされてたもんで」

「読み聞かせ?」

「スポーツ新聞のエロ小説です」

 そこから、『女子高』に興味津津の男どもに質問攻めにされた。

 面白おかしく秘密の花園について教えてあげると、少しがっかりされた。何やら女子高に神秘的なものを求めていたらしい。

 そんなこと全くないのに!

 主人が、彼氏がと早々に引き揚げる女性陣を眺めながら、そんな言い訳のできない私は男どものアホらしいエロトークを聞いていた。笑顔を顔に張り付け、右から左へ脳を通り過ぎる話しを聞き流し、無心の境地でいたら、ハナが一人で店に入ってきた。

「よっ」

と手を挙げると、こちらに気づいて寄ってきた。

「花じゃん、何してんの?」

「んー、会社の飲み会」

 ごしょごしょと小声でつけ加える。

「もう帰りたいんだけど、タイミングのがしちゃって」

「ふーん。じゃうち来る?」

「でも、飲みに来たんでしょ?」

「いいよ、コンビニで買って帰るから。付き合ってよ」

「うん!」

 くいっとおちょこをあけた。

「帰りまーす……ってどうしたんですか?」

 そこにいた男どもが、全員こっちを見ていた。

「あ、ああ、なんでもない。気をつけて帰れよ」

と所長。ハナに見惚れたか?

 失礼しますと頭を下げると、ハナの腕をとった。

「いこ」

 後ろでひそひそと噂されてるとも知らずに、その晩は同僚の悪口を肴にハナと飲んだくれたのだった。

結局ハナの家にとまり、自宅には帰らずに仕事に行くと、所長に呼び出された。

 所長室に入ると、ドアを閉めろと言われた。怒られる心当たりもなく、ドキドキしていると、にやりと笑う所長に問い詰められた。

「昨日の奴は彼氏?」

「は?」

(昨日の奴?彼氏?)大混乱である。

「昨日の奴と言いますと?」

「あ、ごまかすな。いい感じだったじゃないか。付き合ってるんじゃないのか?」

 はて、一体誰のこと?腕を組み首をかしげて真剣に悩む私に、いらいらして所長はいった。

「ほら一緒に帰った奴。迎えに来たんじゃないのか?うち来るとか、付き合ってとか言ってたじゃないか」

「ああ、あれは……ええっ、誤解です、そんなんじゃありません」

「でもお前、その服。昨日とおんなじだろう。泊ったんだろ?」

 私は盛大に噴き出した。いったいどうしたら、ここまで話が混乱するんだってくらいこんがらがっていた。

 笑いすぎてお腹が痛くなったころ所長は憮然と私を見ていた。時折起こる笑いの発作の合間に、一生懸命説明すると、所長は驚いて聞いてきた。

「女?」

「はい」

「俺は、てっきりお前の男かと思った」

「ふふ。違いますよ。高校の同級生です」

「女子高の?」

 私はうんうんと頷く。

「紛らわしいなあ。あの場にいた全員が、お前の男だと思ってるぞ。誤解といとけよ」

「ええー、めんどくさい」

 所長は意地悪に笑うと

「このままにしておくか」

と言ってきた。それも面白そうだったので、いたずらな気持ちでそれでいいですよと、所長と秘密保持契約を握手で交わし、仕事に戻った。

 デスクに戻ると、意味ありげな視線を送ってくる同期奥田や、話を聞き込んだであろうお局の春日からランチの誘いを受けた。今日はクライアントと会議なのでと断ると、明日、明後日のランチが無理やり決まった。

所長!秘密保持できるか不安です!!

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