モテ期到来!!
12、モテ期到来!!
「お待たせしました〜」
ついたての影になっているテーブル席をを覗き込むと、そこにはハナと奥田がいた。しかもなにやら険悪な雰囲気。
「あ、あれ、なんで奥田がいるの?」
「あたしが教えたのお」
春日女史はあたしを追い越すとハナの隣に座った。
「あ〜っと」
どこに座ろうかと悩むとそこにメール着信が。
『花、しまった!人司に設定、話しとくの忘れた。ハナ』
「えっ、あの」
チラリとハナを見ると、春日女史と楽しそうに話している。
「ヒトちゃん遅いなあ。あたしちょっと見て来る」
ものすごくわざとらしく言うと、携帯片手にいったん外に出た。
「ヒトちゃん出てよ〜」
電話の呼び出し音は虚しく鳴り続け、留守電に変わる。
「もしもし、ヒトちゃん?お店着いたら、入らずに花香に電話して!お願い」
「携帯忘れてきた」
そう言って前に立ちはだかった人物は、当のヒトちゃん。
「ちょうど良かった!あのね、あたしとハナちゃん付き合ってる事になってるから」
「はい?」
「もうみんな来てるし。ハナちゃんがあたしの彼氏って設定だから、合わせて、よろしく」
「またいたずら?」
「その類、行こ」
のれんをくぐって、戸を開けた。
「大将、お願いしてたお料理一人前追加で、あと生五つ、持って来てください」
「あいよ!」
べろん、べろん……
聞こえて来ました。酔っぱらいのマーチ。
今日の音の主は、
「花!こんなゴリラ相手にするな!駄目男的婚約破棄野郎!」
エントリーナンバー1番、華吉。
「花香しゃん、君のために他の女を泣かせました。責任とってください」
2番、駄目ゴリラ奥田。
「そんな事頼んでません!あたしにはハニーがいるもん。浮気者奥田なんかイヤ」
3番、花香。
「はなかあ」
「ハニー」
ひしと抱き合う二人。
「人司くん、ほっときましょ。これだけ飲んだら、明日には忘れてるわあ」
「……」
「なに絶句してるのお?」
「花香さんがもてもてだ……」
「そうよ、びっくりでしょ?うちの事務所じゃ意外に人気あるのお。所長でしょう、奥田くんでしょう、事務長でしょう、それから後輩くんも。奥田くん以外結婚してるけどね」
「知らなかった」
「ああ、恋愛対象な感じしないからねえ。本人も気づいてないし、そこがいいのかしら?」
「わかります」
「それにしても、お兄さんは花香ちゃんにゾッコンよねえ」
「ゾッコン、ですか」
「あたしも人司くんにゾッコン。ねえ携番交換しよ」
「ああ、今日携帯忘れちゃって」
「うっそおん。じゃこれ、あたしの番号。電話してね」
箸袋に番号を書いて渡した、春日女史。いやでもバブルを彷彿とさせてしまう。
「さ、帰ろっかな。飲み過ぎも、寝不足もお肌の敵だからあ。人司くんどうする?」
「あ、あ、アニキと花香さんを連れて帰ります」
言いなれないアニキを絞り出した。
「方向逆なのよね……しょうがない、奥田くうん、そろそろ帰るよ!」
エントリーナンバー2、3は酔いつぶれている。
1番はその様子を勝ち誇ったように眺めながら、おちょこからちびりちびりと飲んでいる。
春日女史は、その細腕に似合わない怪力ぶりで、奥田を引きずって行った。
「あ、会計」
酩酊状態の姉は知らぬ顔で、人司はなけなしの小遣いから支払った。
「姉ちゃん、帰るぞ」
人司は花香をおぶり、カバンを後ろ手に持つと立ち上がった。
ハナは、両手におちょこと徳利を持って立ち上がるとヨロヨロと着いて来た。
「大将、騒いでごめんね。徳利とおちょこは明日持って来るから」
「人司くん大変だねえ。うちの事は気にしないでいいよ。花香ちゃんがいると、なぜかお客さんたくさん入って来るから。今日もウハウハよ」
「大将……」
外に出ると、冷房で冷えた体に、夏の夜風が心地よい。
花香をおぶっている背中は熱い。不意に、
「月が、でっかいの見た事ある?」
人司の隣でゆっくり歩きながら、徳利をぶらぶらさせるハナが聞いた。
「人司が産まれたばっかりの時さ、お父さんもお母さんも人司の事ばっかりでさ。ヤキモチ焼いて家出したの。いくあてもないし、止まったら怖いから近所をウロウロ歩き回ってた。そしたら突然、道の果てからでええっっかい満月が上がってきた。色も真っ赤なの。おっかなくてさあ。魔女が笑ってるって思った。心臓がばくばくして立ちつくしてたら、お父さんが探しに来ておんぶしてくれたの。『ゴメンな。さみしかったな』って」
ハナは徳利から直接酒を飲もうとして、顔に浴びた。
「なにやってんだよ」
「あ〜、やっぱ酔ったな……」
ハナは袖で顔を拭うと、
「もう、さみしくない。人司が店を手伝ってくれるし。花香とバカできれば、笑ってられる」
「なんだよそれ」
「私は人司と花香がくっついたらいいのにって思ってる。大好きな人が、家族になったらうれしいかなって」
「うん」
「人司には、普通の幸せを味わって欲しい。結婚して子供を作って、思いやりあって、許しあう家庭。当たり前だけど、そんな当たり前が意外に難しかったりもするから」
「そうだね」
けっして、でえっっかくはない月を眺めながら夜道を歩く。大切な人と。




