01 出会い
「衣装箱の奥です。畳んだ衣類の下に隠してありました」
役人は手元の書類に目を落とし、うなずいた。
「誰にも見つからぬよう、隠してあったのだな」
「はい。私が、そう置きましたので」
言い終えた瞬間、ガーベラは口を押さえた。
被告の少女はそれを見て笑った。
彼女は幼少時から冷酷だったと言われている。
01 出会い
城の地下牢は冷たく、暗かった。
石の壁は湿り、空気には鉄と血の匂いが満ちていた。
私はベッドと呼ぶにはあまりにも粗末な板の上に腰を下ろし、ぼんやりと天井を見上げていた。殴られた頬の腫れはまだ引かず、破れたドレスの裾は乾いた血で固まっている。
王女毒殺未遂事件の犯人――
それが、いまの私の肩書きだ。
身に覚えなどない。
けれど、王城にある私の部屋から、毒薬を購入したとされる書類が見つかった。
お茶会で、王女は確かに毒で倒れた。
自宅の部屋からも毒の瓶が見つかった。
侍女の目撃証言があった。
「エミリー様がカップに毒を入れました」
両親も、婚約者だった王太子も、王太子にしがみ付いていた妹も、彼らはむしろ、待ち構えていたかのように私を犯人と決めつけた。まるで、私がいなくなるのを望んでいたかのように。
王城の騎士たちは、すぐに犯人が見つかってよかったと安堵し、廷臣たちは事件を酒の肴にした。
私は何も言わなくなった。言っても無駄だと思った。
言っても殴られるだけだった。
信じてくれる者のいない世界で、言葉は風に消えるだけだった。
その夜、絶望の底で、私は宙を見つめていた。
もう何も感じたくなかった。
光も、祈りも、意味をなくしていた。
牢の隅の闇が、濃く、深く、膨らみ始めた。
最初は錯覚かと思った。
だが、それは確かに動いた。波打つように揺れ、形を持ち始め、やがて人の姿をとった。
私は悲鳴を上げかけた。すると、黒い影が素早く私の口を塞いだ。声を飲み込んだところでその手が離れ、代わりに小さな四角いものを口に押し込まれた。
「落ち着け。復讐をしてやる。恨んでいるだろう?」
影の声は低く、冷ややかだった。
口の中に広がったのは、甘くてほろ苦い味。チョコレート――
その香りがあまりにも現実的で、私は混乱した。
「ここにいるってことは、逆恨みだろうが、本当の恨みだろうが、あるんだろ? 恨みが! 晴らしてやる。望みを言え」
黒い人影が私を覗き込んでいた。その瞳の奥で、炎のような金色の光が揺れている。
私は口の中のチョコレートを飲み込んでから答えた。
「チョコレート……おかわり」
「それが復讐か?」
「……違うけど。頭が働かないから」
影は肩をすくめ、また一粒、私の口に押し込んだ。
舌の上で溶けていく甘さに、私はかすかに息をついた。
「で? お前、何をやったんだ?」
影に問われ、私は短く答えた。
「何も」
「何も? なら、どうしてここにいるんだ?」
「冤罪。犯人がいれば都合がいいの。私が死ぬのも都合がいい」
「そうか」
影の声が低くなった。
どこかで、水滴が落ちる音がした。
「お前は、ここに収監された百人目の囚人だ」
「百人目?」
私が聞き返すと、影はうなずいた。
「ああ。これまで九十九人の囚人の恨みを見てきた。お前で百人目だ。節目だな。だからお前の恨みを見るだけでなく、晴らしてやることにしたのだ」
「いい」
「いい? 何がいいんだ?」
「やり方がわからないから、いい。断るほうの、いい」
影は少し黙った。そして、笑ったような気配がした。
「なら、やり方を考えよう。手伝ってやる。百人目の記念だ」
「……チョコレート」
私がねだると、また一粒、口に放り込まれた。
甘くて、冷たい。
心の奥の何かが、少しだけ動いた。
「俺は悪魔だ。任せろ」
影は得意げに言ったが、私は首を横に振った。
「いい。代償が嫌」
「代償? それは迷信だぞ。魂をよこせってやつだろう?」
「迷信?」
「魂なんぞ貰って何に使うんだ」
「嘘ついてない?」
「ついてない。俺は悪魔だぞ。嘘なんぞつく必要はない」
「そう……」
「まぁ、代償なしなんて信用できないだろうから、ひとつだけ願いを聞いてもらう。とりあえず、復讐するとして方法を考えよう。いきなり首を落とすなんて悪魔らしくないだろ。じわじわと甚振ってやろう」
真面目な顔で残酷なことをいう悪魔が可笑しくて、つい笑ってしまった。
「俺は神のように無能じゃないから相当のことができる」
正直者の悪魔は胸を張った。




