「約束の木の実」
人の世界から少し離れた、森の奥。
そこには、動物たちが人のように暮らす街があります。
家が並び、店や工房があり、森の仲間たちは日々を暮らしています。
けれど、たくさんの動物たちが暮らしていれば、ときには考え方の違いから困ったことが起こることもあります。
そんなとき、みんなが向かう場所がありました。
街から少し離れた、森のそばにある小さな相談所です。
木でできた看板には、大きな文字でこう書かれています。
『森の法律やさん』
窓からは、一人の男の人が机に向かう姿が見えます。
机の上には、たくさんの書類。その一枚一枚丁寧に目を通しています。
彼の名前は、ルツ先生。
この街の法律やさんです。
いつも通り、ふわふわとした茶色の髪に、眼鏡をかけた、人の姿をしています。
……人?
いいえ。
彼は狼男です。
普段は人の姿で暮らしています。
困ったことが起きると、森のみんなはいつもルツ先生のところへ相談にやってきます。
「ルツ先生なら、きっといい方法を考えてくれる」
街のみんなは、そう信じていました。
そして今日も、相談所には小さな明かりが灯っています。
そして彼のそばには、一人の女の子がいます。
名前はミホ。
こちらは、本当の人間の女の子です。
先月12歳になりました。
ミホは椅子に座り、本を読みながらルツ先生の仕事を手伝っていました。
「法律って、難しい言葉ばかりじゃないんですよ」
ルツ先生は、よくミホにそう話します。
「大切なのは、みんなが安心して暮らせるように、一緒に考えることなんです」
そんなある日のことです。
相談所の扉が勢いよく開きました。
「ルツ先生、大変!」
入ってきたのは、リスの女の子、リリでした。
その後ろには、少し息を切らしたアライグマのカイもいます。
「どうしたの?」
ミホが立ち上がります。
「シロくんとクロくんがケンカしてるの!」
「ケンカ?」
ルツ先生が顔を上げました。
「木の実のことで言い合いになってるんだ!」
カイが慌てて説明します。
「早く行かないと、もっと大きなケンカになっちゃうかもしれない!」
「分かりました。行きましょう」
ルツ先生は書類をそっと閉じました。
ミホ、リリ、カイ、そしてルツ先生は、森の広場へ急ぎました。
広場には、白いうさぎのシロと、カラスのクロが向かい合って立っていました。
二人の間には、大きな袋があります。
中には、たくさんの木の実が入っていました。
「僕は約束通り、半分渡すつもりだったんだ」
シロが悲しそうに言います。
すると、クロが羽を広げました。
「でも、この木の実を守ったのは俺だよ」
クロは少し強い口調で言いました。
「毎日、木の近くを見回ったんだ。誰かに取られないようにした。雨の日も風の日もだ」
クロは木の実の袋を見ます。
「だから、全部もらってもいいと思う」
「でも……」
シロは耳を下げました。
「最初に『半分ずつ分けよう』って約束したよね」
ミホたちはルツ先生を見ました。
ルツ先生は、すぐに答えを出しませんでした。
二人の表情を見て、何が起きたのかをゆっくり考えています。
「クロさん」
しばらくして、ルツ先生が話し始めました。
「木を守ってくれたことは、とても大切なことだと思います」
クロは少し胸を張ります。
「じゃあ、やっぱり全部もらっていいんじゃない?」
しかし、ルツ先生は静かに首を横に振りました。
「そう簡単には決められません」
「どうして?」
カイが尋ねました。
ルツ先生は二人を見ながら答えます。
「法律には『信義則』という考え方があります」
「しんぎそく?」
リリが聞き返します。
「簡単に言うと、『相手を信じて約束したことは、大切にしましょう』というルールです」
ルツ先生は続けました。
「シロさんは、クロさんとの約束を信じていました。だから、最初から半分を渡すつもりでいたんです」
クロは黙ってシロを見ました。
「俺……」
クロは小さな声で言いました。
「自分が頑張ったことばかり考えてた」
少し間を置いて続けます。
「だって、本当に大変だったから……」
「ええ」
ルツ先生は優しくうなずきました。
「努力したことは、きちんと話し合えばいいんです」
「でも、あとから約束を変えて、相手が困るようなことをするのは、信頼を大切にする行動とは言えません」
ミホは頷きました。
「約束って、ただ言葉にするだけじゃなくて、相手が信じてくれることが大事なんだね」
「その通りです」
ルツ先生は微笑みました。
「それから、もう一つ覚えておいてほしいことがあります」
「何?」
カイが身を乗り出します。
「『権利濫用の禁止』です」
「けんりらんよう?」
「自分に権利があるからといって、何をしてもいいわけではない、という意味です」
ルツ先生は木の実の袋を指しました。
「例えば、『自分には権利がある』と言って、相手を困らせるためだけに使うのは正しい使い方ではありません」
リリは少し考えてから言いました。
「力があっても、使い方が大事ってことだね」
「そういうことです」
クロはしばらく黙っていました。
そして、シロに向き直ります。
「ごめん」
「木を守ったことを理由に、約束を変えようとしていた」
シロは少し驚いた顔をしました。
でも、すぐに笑います。
「じゃあ、木の世話をしてくれた分は、別の方法でお礼をするよ」
「ありがとう」
クロも笑いました。
二人は、新しい約束をしました。
その帰り道。
ミホはルツ先生に尋ねました。
「ルツ先生」
「法律って、争いを勝ち負けで決めるものじゃないんだね」
「うん」
ルツ先生は頷きました。
「本当の目的は、みんなが安心して暮らせるようにすることなんです」
森の街では、今日もたくさんの出来事が起きています。
ミホたちはこれからも、森で起こる出来事を通して、法律の大切な意味を少しずつ知っていくのです。




