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その6 黄金時代

 C町は昭和のはじめごろまで鉱山で栄えた町であった。田舎の町に似合わず映画館、劇場、ブティック、バー、デパートなどが次々に建てられ、町は黄金時代を築いた。中でも最も儲かっていたのは、当時最新鋭の技術を誇った病院である。年齢性別問わず、町民たちが原因不明の病で次々に倒れるからだ。華やかな町なのにもかかわらず、周辺の地域の人たちは密かに病村と呼んで恐れていた。

 やがて鉱石が外国産に取って代わられるようになると、急激に町は衰退していく。鉱山の運営会社が鉱山生成物による公害を認めたのは、近年になってからのことである。


◇◇◇


 環状列石博物館の解説によると、H市と東隣のC町は、奥羽山脈の西側の麓に築かれた町同士として、古くから同じ文化圏を作っているそうです。K市、H市、C町は一続きの山という異界を共有する町として共鳴しているといえるのかもしれません。そこに、あの団地のような宙ぶらりんに置かれたリミナル・スペースが生まれるとどうなるか。私は彼我を分ける透明なベールに、裂け目ができるところを想像してしまうのです。

 環状列石は山あいの草原に築かれた、複数の石による巨大な円形オブジェでした。それがいくつも水紋を描くように置かれているのです。太古には、その石を土台とした堂々たる石柱が建っていたのでしょう。イギリスのストーンヘンジを思い出さずにはいられません。あちらにもUFOや古代の血なまぐさい信仰をはじめとした奇妙な噂は数多くあるわけです。

 見渡す限りの草原は、なるほど、気持ちの良い解放感を与えてくれます。インバウンドを含めた観光客も多く、無自覚な越境者たちでにぎわっていました。

 近くを流れる小川、周囲を囲む山脈。ここもK市と同じ環境です。K市の団地もかつてはこのような風景だったのかもしれません。さまざまな部族が獲物を求めて、あの険しい山道を行き来していた。石柱はその守護をしていたのでしょうか。

「K山も行ってみますか」

 私は再び穂積さんを車に乗せ、10分程度走らせました。近くの駐車帯に車を置き、問題の山の見えるところまで路肩を歩いていきます。木立の間から、やがてそれが姿を現わしました。曇り空を撫でる山脈の手前にせり出した、こんもりした山。標高は200メートル程度でしょうか。全体は木々で覆われ黒く見えますが――。

「ほんとに三角ですね。ピラミッドと言われたら信じちまうな」

 言うと、穂積さんもうなずきます。私は彼女を見て、

「なにか感じますか?」

 彼女は苦笑しました。「霊能者とは違いますから。ただ実家を継いでるだけ」

 私は頭をかきました。「そうですね。なんだかオカルト動画みたいな気持ちになっちゃって」

「いいんです。でもこれがピラミッドだとしたら、誰がなんのために作ったんでしょうね」

「環状列石との距離感を考えれば、無関係とは言えないんじゃないですか? 僕らの仮説に沿って言うなら、古代の守護システムの一環」

「やだ。ほんとにオカルト動画じゃないですか。石柱を操作するためのメインサーバーだとか?」

「面白いですね、その発想。情報学部っぽい」

「からかわないでください。そもそも、古代の人がこんな大きな建築物をつくれますか?」

「それこそエジプトのピラミッドは約5000年前ですよ」

「私たちの仮説はもっともっと昔でしょ? そんな頃に秋田にそんな超技術があったなんて……」

「さあ、それだ」

 冷たい風が吹き抜けました。コートを着てくればよかったと思ったのはそのときです。穂積さんも薄手のセーター一枚きりで両腕を組んでいて、私は気が利かなかったことを後悔しました。

「お店探しませんか?」私は思いきって言いました。「少し暖まりましょう」

 彼女も笑ってうなずきました。

 そこで車を走らせ、今度はC町に向かいました。そちらのほうが繁華街への距離が近かったのです。しかし繁華街はかつての繁栄の残骸とでもいうように、シャッターの降りた店舗ばかり。中央通りを抜けたあたりに地元ホテルのレストランをやっと見つけ、閑散とした駐車場に乗り入れました。奥まった地方の町ですが、妙に垢抜けたレストランで、メニューも洗練されているし、内装も洒落ているのです。お客は少ないながらも、地元のご老女のふたり組がおられました。

「こんにちは。どごから?」

 テーブルに着くと、口々に親しげに話しかけられました。

「K市からです。こちらは仙台からわざわざ来てくれたんですよ」穂積さんが答えます。「ここはなにがお勧めですか?」

「んだば、やっぱりポークソテーだっしぇな」

 紫色に髪を染めたご老女が言い、向かいの金縁メガネの友だちもうなずいています。そこで、私たちはそれを注文しました。

 食べながらもふたりはいろいろと話しかけてきます。穂積さんが答えてくれました。秋田弁はほとんど理解できなかったので、これはありがたかったです。

「いろいろ見で歩いてるの? このあたりはどご見たの?」

「まだなんです。見どころはどこですか?」

「お祭りも終わってしまったすなあ。鉱山跡地だべか」

「いやんだあ、あんた、鉱山なんて」

「みっちゃんはいつもそれだもの」

「鉱山がお嫌いなんですか?」

「嫌いもなにも、父親の父親の話なんだけどもね――」

 偏見ですが、お年寄りはこちらの話を聞きたいんじゃなく、自分の話をしたいがために話しかけてくるものです。怒濤の自分語りがはじまり、みっちゃんこと金縁メガネ嬢の苦心の人生をつぶさに知ることになりました。その中に、鉱山についての話があったのです。鉱山は地元の人に恨まれると同時に、古き良き時代の象徴でもあるのでしょう。この町のまとう奇妙に矛盾した雰囲気にやっと得心がいきました。かつての鉱山貴族たちの栄華の記憶が、いまもなお町に品格を持たせているのでした。もちろん、公害は心胆寒からしめる話ではあります。

「あそごはやりすぎたのよ。掘っだらいけねえものまで掘ってしまっだがら、こんなことになっだのだ」

「みっちゃん!」

 穂積さんと私は目を見合わせました。聞きたいことは山ほどあったのですが、紫髪嬢にたしなめられたみっちゃんがそれ以降鉱山について話してくれることはありませんでした。

 じりじりしながらも食べた料理はといえば、デミグラスソースのかかったポークソテーは大変おいしかったです。付け合わせのほうれんそうや人参のグラッセも一級品です。あきたこまちのライスは言わずもがな。小皿のいぶりがっこの香り高いしょっぱさには心癒されました。きっとこれらの料理も黄金時代の名残なのでしょうね。正直、また来たいと思うほどでした。

 食後も話は尽きない様子でしたが、夕暮れも近く、私たちは出会ったことへのお礼を言ってレストランをあとにしました。出る頃には、穂積さんの頬もバラ色を取り戻していました。

 私たちは例の鉱山跡を道路から眺めて帰ることにしました。寒かったですからね。

 市街地から少し行った鉱山への道は、大きな金属製の扉で遮られていましたが、扉の上から、遠く山の稜線を仰ぎ見ることができました。手前側にはまだ工場の建屋が残っており、寂寞として荒れ果ててはいますが、うねうねと這う金属パイプや赤銅色に錆びついた巨大タンクに、在りし日の偉容を感じられました。

「あー、ちょっと、あれ!」

 悲鳴のような穂積さんの叫びに、空を見上げると、山の右手側に白く輝く球体が浮かんでいる!

 私たちはバネのように車を飛び出しました。口を閉じるのも忘れて凝視しますが、それは消えません。決して月ではありません。薄暮に三日月が厳然と見えていますから。星でもありません。星にしては大きすぎる。月よりも星よりも激しい光源でした。

 それは二度三度瞬くと、突然ふっと消えました。

 私たちは言葉もなく顔を見合わせました。穂積さんの目が大きく大きく、ひらかれていました。

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