キョウカ
翌日、私は車でK市に入りました。
穂積さんには土地を出たほうがいいのではないかと伝えたかったのですが、彼女の仕事を思えば簡単には切り出せません。それに、神社も守りの一環だとしたら、宮司が任務を放棄することで、土地一帯が崩壊するかもしれないのです。大げさでしょうか。いえ、どうしても大げさに思えないのです。
仕事は結局欠勤しました。あの失踪した上司のように。壊れた鳥居から出て来たなにかに魅入られた上司のように、です。
ここまでお読みになって、なぜ私がこんなにも秋田に執着するのかと、疑わしく思われるむきもあるでしょう。私にもわからないのです。ただ、秋田のことを考えると喉元が締めつけられるような焦燥と、熱に浮かされたような渇望が湧いてくるのです。マニアと言ってもいいですし、依存症と言ってもいいです。この気持ちになんとラベリングすればよいかわかりません。仕事のときも食事のときも寝ているときも、いつも秋田のことを考え、秋田のことを検索していました。仙台にいるときは特にそうでした。アパートにいると息が詰まりそうに苦しいのです。だから秋田に行かずにはいられないのです。
アパートから出る前に、流しっぱなしにしていたテレビからこんなニュースが聞こえてきました。
――秋田県秋田市のO山で昨日、大規模な崩落があり、数百メートル規模の断崖から巨大な遺跡が発見されました。地元の関係者によりますと、非常に古い時代のものと考えられる一方で、現代でも実現していない水準の超先進的技術が使われているとのことです。また別の関係者は、現代のデータ・センターに酷似しているとも話しています。崩落の原因としては近年の異常気象による地盤の脆弱化が有力視されています。
なお、現地では1年ほど前から、地鳴りを感じたり、奇妙な発光体を目撃したりといった証言が相次いでいました――
高速道路を降りると、車の前を羽ばたく白鳥の群れが横切っていきました。まだ冬になったばかりだというのに、もうシベリアへ帰るのでしょうか。首を振り、ハンドルを慣れ親しんだK市へと向けます。
穂積さんは、初めて会ったときのような白い着物に浅葱色の袴姿で出迎えてくれました。凜とした横顔に、細いポニーテールが銀色の錫杖のようにしゃらしゃらと揺れています。
曇り空のせいでしょうか、清々しいはずの神社の境内は、いまはなにか淀み、ねっとりと絡みつくような空気を感じます。気温こそ低いものの、確かに雪は降っていませんでした。
「来てくれてありがとう」
彼女の言葉に、私は胸のあたりが温まるのを感じました。
「いいんです。大丈夫でしたか? 今日も点いてた?」
「うん。今朝暗いうちに、父とふたりで本殿でお勤めしてたら、家の窓が光ってて……やっぱり誰かいるみたいなの」
私は眉をひそめてうなずきます。穂積さんは思いきったように顔をあげました。
「ねえ、しばらくこっちにいられません?」
「え?」
彼女は切れ長の黒い目でこちらをじっと見つめてきます。
「青出さんがいてくれたら安心だから」しかし視線がふっと下がります。「ごめん、無理言ってるね」
私は思わず口にしてしまいます。「わかった、いるよ」
仕事はどうすると言うのでしょう。実家の両親にはなんと言うつもりか。しかし撤回する気にはなりませんでした。いや、私自身そうしたいと望んでいた気持ちに、改めて気づいただけのことでした。断るという選択肢は、最初から私の身の内に存在しませんでした。誰かからその言葉が出てくるのを、ずっと待っていたような気がしました。初めて秋田を訪れたあの日から。
「いる」
もう一度言います。宣言するように。彼女も強いて止めませんでした。
「うちに空いてる部屋あるから。そこにいればいいよ」
このようにして、私は秋田の一員になったのです。
「ありがとう、穂積さん――あの、京花さんとお呼びしても?」
彼女はくすくす笑い出しました。
「もちろん。呼び捨てだっていいですよ」
「京花、いやあ、それは――あ。きょうか、い」
京花さんの目が光った気がしました。




