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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月12日(日)

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31-17「若手たちの夜」


 風呂屋の広い湯船を独り占めに出来たのは束の間だった。


 広い湯船を楽しんだ俺の体はすでに汗ばむほど火照っていた。それを冷ますために水風呂に足を入れた、その瞬間だった。見覚えのある若い連中が、四人まとまって浴室へ入ってくるのが見えた。


 どうやら商隊の護衛任務から戻ってきた者たちのようだ。考えてみれば、この年齢だと結婚もしておらず、奥さんや身内をギルドへ迎えに行かぬ者もいるのだろう。何も珍しいことじゃないな。


「あれ? イチノスさん?」

「イチノスさんですよね?」


 そんな声に応えて軽く手を上げると、一緒に浴場に入ってきた若い男が一人、水風呂の傍まで寄ってきた。


「イチノスさん、失礼しますね」


 いきなり水風呂に入るとは、なかなか胆力がある。そう思いながら目を細めると、若い男は頭から水を浴び、何かを叫んで広い湯船の仲間の元へ戻っていった。


 すると、再び浴場の扉が開き、新たに三人が入ってきた。その三人は、やはり年若い感じで、俺と同い年ぐらいだ。


 新たに入ってきた三人と、先に入ってきた連中が互いに声をかけ合い、どこか浮ついたように楽しげに言葉を交わしている。

 ワイアットのような年嵩は一人もいない。皆が俺と同い年か、少し下か。


 うん、これは賑やかになるな。


 今日はもう切り上げた方が良さそうだ。そう思って水風呂を出て脱衣所へ向かおうとした、その時だった。


「イチノスさん、この後は食堂ですか?」


「あぁ、そうだな。皆も来るのか?」


「南町には行かないんすか?」


 南町?

 そうか。彼等はこの後に南町の歓楽街に行くことで、幾分、気持ちがはしゃいでるんだな。


「いや、俺は食堂だな。じゃあ、楽しんでこいよ(笑」


「「「はい!」」」


 みんなの楽しみに水を差すまいと返すと、全員が声を揃えて答えてくる。


 やはり連中の声が浮かれているように聞こえたのは、この後にお楽しみがあるからだな(笑


 俺は特に拘らずに、若い連中を残して浴場から出ることにした。


 ◆


 風呂屋を出た俺は、エールを求めて大衆食堂へと向かう。


 既に日は落ち、ガス灯が静かに道を照らしている。ガス灯の明かりに混じって、ほのかに白い月の光も落ちていた。十二日目の月が、雲を透かしながら、遠く屋根越しに浮かんでいた。


 いつもの街兵士の立つ街灯の元で軽く敬礼を交わして、ふと冒険者ギルドの方を見やると、何人かの人影がギルドから出てきた。


 ギルドから出てきた人影は、俺とすれ違うように風呂屋へ行くのかと思ったが違った。


 ギルドから出てきた人影は東西に走る大通りの方へと向かって行く。その遠ざかる背中を、俺は足を緩めてしばらく眺めていた。


 もしかして連中も南町へ向かうのか?


 ふとそんなことが思い浮かぶ。まあ時にはそんな集まりもあるだろう。そう思いながら大衆食堂の扉を開けると、いつもより少し閑散とした感じだ。


 今夜はどんな顔ぶれだろうかとぐるりと店内を見渡す。どの長机も座っている顔ぶれは、先ほどの風呂屋のように俺と年齢が近い若目な気がする。


「いらっしゃ~い」


 すると俺を見つけた給仕頭の婆さんが、下げものを両手に俺を迎えてくれた。


「婆さん、約束どおりに持って来たよ」


「そうかい、すまないね。座って待っててくれるかい」


 それだけ答えた婆さんは、忙しそうに厨房へと消えていった。


 俺はいつもの長机に座り、改めて店内を見渡す。目が合った何人かが軽く会釈してくる。それに応えながら顔を確かめて改めて思った。


 今夜の大衆食堂にいる客は全員が若い気がする。どの連中も先輩冒険者に連れられて俺の店に顔を出した連中だ。


 数人は先輩冒険者の勧めで『水出しの魔法円』と『魔石』を買って行った記憶がある。


 これは『製氷の魔法円』の御披露目には良いような⋯


 いや、逆に問題があるのか?


 再び店内の客の顔を見て、先輩冒険者と一緒に店を訪れたが、魔素を流せず水を出せなかった若い冒険者の顔を見つけた。


 これは迷うな。


 魔素を流せる者と魔素を流せない者が混在している場での『製氷の魔法円』の実演は避けるべきだろうか?


 そんなことを思いながら、もう一度店内の客席を見渡し、あることに気がついた。


 普段ならば色鮮やかなベストを身に付けた商人が一人か二人はいるはずだが、どの長机にも見当たらない。


 なんだろう、今夜の大衆食堂は普段とは違った感じがするぞ。


「さっきから、イチノスは誰かを探してるのかい?」


 いつもと違う大衆食堂の雰囲気を感じていると、給仕頭の婆さんが声をかけてきた。


「いや、誰も探してないが、なんか今夜は来ているお客さんが、みんな若い感じがして⋯」


「あぁ、その件かい。そうだね、確かに今日は若い連中が多いね。後で話すよ。それよりイチノスはエールと串肉でいいんだね?」


「おぅ、そうだな。それで頼むよ」


 婆さんの差し出す手に支払いを済ませて、木札を受け取ると婆さんは急ぎ足で厨房へと消えていった。


 〉あぁ、その件かい

 〉確かに今日は若い連中が多いね

 〉後で話すよ


 婆さんは確かにそう言った。これは何かありそうだぞ。


 今の大衆食堂にいるのは、俺の年齢に近い若手の冒険者ばかりだ。

 酒や大衆食堂の雰囲気に慣れていない新人はともかく、若手ばかりで、中堅もベテランもいないのが変な感じだ。


 いつもなら、中堅やベテランが若手や新人を伴っているのが常だが、これは何かありそうだ。


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