93 一時の戦線
「何から何まで本当にお世話になりました。そして、多大なるご迷惑をお掛けしたこと、誠に申し訳ありません」
荷物を纏めた俺とソフィア、そして、不死族二人に対してクロードはそう言った。
「いえいえ、貴重な経験が出来て楽しかったですよ。......エルフの村の一件から間が開かずに起こったことなのでちょっと、疲れましたけど。結局、この国はどうなるんですか?」
「皮肉にも、デレックスが自らの権力拡大のために推し進めていた中央集権化のお陰で一連の政変に対する貴族の反乱などは起きていません。このまま行けば、この国は穏やかに共和制へと移行するかと。反乱が起きたとしても近衛騎士が此方に付いている以上、国内の大半の軍は此方の指揮下に有りますし」
国王が認めているとはいえ、今回、王都で起きたことは実質的なクーデターのようなものである。既得権益層の反動は避けられないかと思ったが......一先ず、安心して良さそうだ。
「というよりも、一番心配なのは外交なんですよねー。共和制に移行することで周囲の専制国家から警戒されるのはまあ、仕方ないとして......ボク達、他国の皇帝に重傷負わせちゃってるじゃないですか」
「......参の勇者ですか」
ソフィアの言葉にクロードは頷く。
「クリストピアは大国ですからそう簡単に全面戦争を仕掛けてくるとは思えませんが......何せ相手は三勇帝国ですからね」
クロードはそう言って唇を噛んだ。三勇帝国と戦争になれば、確実に総力戦になる。相手には勇者が三人も居るのだ。クリストピアは荒廃し、多くの人が死ぬことになるだろう。
「私、嫌だからね、戦争なんて。もう見たくない。頭痛くなってきた」
眉間に手を当て、苦しそうにフランは言う。不死族と悪魔の戦争のことを思い出してしまったのだろう。魔族と人間、姿や力こそ違うが、結局、根本的なところは同じなのかもしれない。
「戦争になったらソフィアとルデンシュタットでのんびりすることも出来ないな......」
「契約者の身はソフィアが幾らでもお守りしますが、戦時になれば穏やかな生活を送ることは難しくなるでしょうね」
一同が溜息を吐いて口々にそんなことを言い合っていると、突如、クララが不敵な笑みを浮かべた。
「実はそんな悲しいことばかりの戦争を未然に防ぐ方法が有るんですよ」
「ま、まさか、予防戦争を仕掛けるとか言うんじゃないでしょうね......?」
フランが若干、引き気味にそう聞く。三勇帝国は大国でありながら、話合いの通用しない独裁国家だ。皇帝である勇者三人が頷くだけで、ありとあらゆる決定がなされる。
其処に対話の余地など無い。戦争は最早、避けられないところまで来ているのだ。......国民のために起こした革命で国民の命が危機に晒されるというのも皮肉なものだが。
「うーん。当たらずとも、遠からず、ですかね」
「待ってください、妹様。ボク、その話、聞かせてもらってませんよ!?」
「だって、言ってないんですもの。国民議会では勿論、クロードにも、兄様にも」
『むぐぐ......』と不満そうな声をクロードが漏らす。
「枕詞は良い。さっさと、貴様の考えている策を聞かせろ」
苛立った様子でルドルフはクロードに聞いた。
「簡単なことですよ。この国で起きたことを彼の国でも起こせば良いだけです」
クララはサディスティックな笑みを浮かべる。
「つまり、どういうことよ?」
「極めて短期的且つ局所的な革命にて三勇帝国の勇者達を指導者の座から引き摺り下ろす、ということです。それを目的とした三勇帝国の組織とのパイプが我々にはあります」
「あのですね、妹様、そういう計画はちゃんと議会で言った方が良いのでは......」
「チッ、チッ、チッ。議会でそんなこと言ったら情報が漏れちゃうじゃないですか。現状、臨時政府の役割を果たしているのは議会ではなく、私と近衛騎士です。正式な政府が発足する前にコソコソ、ちゃちゃっと、やっちゃいましょうよ」
したたかというか、何というか......国民の代表がそんなことを言ってて良いのだろうか。
「というか、相手は腐っても八つ首勇者ですよ? 実際、参の勇者はかなり強かったですし。それを三人も相手にするとなると、かなり厳しいのでは?」
「んー、首切り魔王さんとその契約者さんに協力して頂ければ、楽なんですけどね......」
クララは俺とソフィアに近付き、わざとらしく溜息を吐いた。
「嫌ですよ!? 俺達は! エンシェントドラゴンと戦って殆ど間を開けずに、一国の内乱に参加させられ、挙句の果てにはフランに襲われたんですから! 俺は魔族じゃなくてただの人間です! 過労死しますよ!?」
俺は力強く、はっきりとクララに断りを入れた。やっと、ルデンシュタットに帰り、サイズやエディアに会えると思ったのに、もう一度国家転覆しろは無いだろう。
「フランチェスカさんの件については私達、完全に無関係ですけど......」
「うっ、こっち見んな!」
クララにジト目を送られたフランは眉を顰めながら怒鳴った。悪いことをした、という自覚はあるらしい。
「大変、失礼なことを申し上げているのは分かります。ただでさえ、内乱に巻き込んでしまったのに、こんなことを頼むのは本当に心苦しいです。しかし、戦になれば、両軍多くの人命が失われます。大国同士の戦争ですから、周囲の国々を巻き込むことになることも予想されます。......ですから、お願いします」
「あのー、一つ、質問良いですか?」
「え、あ、どうぞ」
「もしかして、アデルとアルバンが居ないのって......」
「アルバンさんはまだ入院中、アデル様は先程、私がお願いをしたら三勇帝国に一人で向かわれました」
マジかアイツ。
「アデル、エルフは戦争や政争に明け暮れる人間に嫌気がさして、人の前から姿を消したって言ってましたが?」
「アルバン様の敵討ち、ということであれば別なのでしょうね。ご協力して頂けた理由はお話し頂いていません。詳しくは、ご本人から」
「そうですね......。って、行きませんからね」
「契約者」
ソフィアがトン、と肩を叩いてきた。
「ん?」
「一つだけ、ソフィアの意見を申し上げても宜しいでしょうか」
「ああ。何だ?」
「戦争が起きればルデンシュタットにも戦火が広がってくる可能性があります。そうなれば、ソフィア達は他国に逃げる必要が生じます。そのことを考慮すると、ソフィアは最終的に利があるのは三勇帝国を崩壊させる方だと思います」
「......まあ、そうなんだけどさ」
そんなことは、俺も分かっている。戦争はクリストピアや国民だけではなく、俺達自身に対しても大きな影響を与える。
「それに、ソフィアが契約者をお守り出来る期間には限りがあります。ソフィアが居なくなった後、家も、友人も、何の宛てもない他国で契約者を生活させるのは......心苦しいです」
ソフィアの言葉に俺はハッとした。そっか。ソフィアは何時までも俺と一緒に居てくれるわけじゃないんだよな。
そして、ソフィアは自らが去った後の俺のことも考えてくれている......。
「分かりました。行きましょう、三勇帝国に」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。後、フランも来い」
「はあっ!? 何で其処で私が出てくんのよ!?」
「参の勇者を倒すために斧魔法がある方が便利だから」
「そんなことを姫様は聞いているのではない! 何故、我々が貴様らなんかに......」
「黙れルドルフ。お前のことを俺はまだ許してないからな。お前の姫様がこうやってピンピンしているのは俺のお陰だ。ゴタゴタ騒ぐな」
「くっ、人間風情が魔族に......」
「黙って、爺。オルムの言ってることは全部、真実よ。私達はそこの悪魔に負けた。オルムにも負けた。私と爺が生きているのはオルムのお陰。オルムがコイツを止めなかったら、私達はこの悪魔に殺されていたかもしれない」
観念したようにフランは溜息を吐き、手を俺に差し出してきた。
「良いわよ。協力してあげる。アンタには、悪いことしたし」
「ありがとう」
俺が礼を言うとフランはフフッと嬉しそうに笑った。ムスッとしてるイメージしか無かったが、こんな風に笑えるんだな。
「ん」
そして、フランは次にソフィアの方に向けて手を出した。ソフィアが首を傾げる。
「は?」
「は? じゃないわよ。握手。それとも、悪魔世界には握手も無いの?」
「いえ、ただ、貴方がソフィアに握手を求める理由を計りかねているだけです」
「一応、協力関係を築くんだから握手くらいしても良いでしょ」
「成る程。それならば......どうぞ」
ソフィアは理解し難いとばかりにフランの顔を見つめ、静かに手を出す。そして、二人は固いとは言えなくとも、確かな握手を交わした。