92 犯人
「そう言えば、デレックスはどうなったんですか?」
昨日の夜、近衛騎士によって地下牢へと連れて行かれたクリストピア王国の元宰相デレックス、未遂とは言っても明らかな殺意を持って国権掌握のため国王を暗殺しようとしたのだから極刑は免れない筈だが。
「んー、それがですね、認めないんですよ、兄様を暗殺しようとしたことを。そもそも兄様に盛られた『吸血鬼の血液』なんて自分には入手する手段が無いって。確かに近衛騎士の方々に調べてもらった結果、彼がそれを入手した経路は分からなかったんですけど」
「宰相程の立場であれば足の付かないように確保できるんじゃないかとボクは思うんですけどね」
「臨時国民議会はこれまでの王都の裁判所を全て停止して、新たな裁判所を設置しました。設置した側の私がぶっちゃけると、多分、証拠不十分なので無罪になりますよ、彼。そもそも、不起訴になるんじゃないですかね」
本当にぶっちゃけたな。
「そもそも、吸血鬼の血液ってどんくらい流通してんの? 人間界で」
「ただの毒物ではなく、魔族の体液ですからね。大結界を越えた密売なんてものはそう無いでしょうし、殆ど無いと思いますよ。三勇帝国とかなら隠し持ってるかもしれませんが......あ」
フランの質問に答えたクロードが何かに気付いたように声を漏らした。
「参の勇者なら、出来たかもしれないな」
アデルが苦い表情でそう言った。アデルからしたら参の勇者はアルバンに重傷を負わせた仇である。思うところがあるのだろう。
「しかし、何故、参の勇者が? 参の勇者は国賓として呼ばれるほどに宰相と強い結び付きがありました。その体制を揺るがすことは参の勇者にも好ましくないことなのでは?」
ソフィアが首を傾げながらそう言った。
「確かに......。国王と近衛騎士を政治の場から退場させ、権力を完全にデレックスに掌握させ、交渉を円滑に進めるため、と考えることも出来ますけど」
「しかし、デレックスは近衛騎士に負けて失墜した。流石に彼の国もこういったリスクを考えずに動く筈は無いだろう。壱と参は兎も角、伍の勇者は頭脳明晰と聞くしな。リスクを犯してまで私を殺そうとするだろうか?」
クロードの意見を聞いたレイナードは唸った。そもそも、近衛騎士達やクララ達が色々と捜査をしても犯人の正体を示す決定的な証拠は出てきていないのだ。俺達が此処で考えても無駄な気がする。
「はあ......。ソフィア、それ美味しいか?」
俺は溜息を吐き、真剣な表情でクロワッサンを食んでいるソフィアに聞いた。
「ええ、とても」
「国王専属のコックが焼いた最上級のパンだもんな。俺にも一つ取ってくれ」
ソフィアはコクリと頷いて皿からクロワッサンを取り、俺に手渡す。うん、確かに美味い。バターが効いており、外はサクサク、中は少しモチっとしている。
お土産にコックに焼いてもらおうかな。こんなパン、中々、食べられない。
「......そう言えば、陛下のスープを作ったコックに取り調べはしたんですか?」
ふと、気になった俺はクロードとクララにそう聞いた。そもそも、料理を作ったのはコックである。黒幕が誰であれ、黒幕自身が暗殺を実行するとは考えにくい。恐らく、犯人は命令を下した者とその命令を実行した者の最低二人である。そして、実行犯として一番可能性が高いのが実際に調理を行ったコックだ。
「一応、しはしたんですけど。......毒味しただろアンタ、って言われちゃいました。テヘペロ」
舌を出して笑うクロード。どうやら、料理の味見は近衛騎士団長自らが行っているらしい。確かに貴族や国王に出す食事の毒味をしない筈無いか。近衛騎士団長自ら毒味をするのはどうかと思うが。
団長自身の暗殺を画策する者もいるだろうし。
「おい、クロード」
「え、あ、はい。何でしょうか、国王陛下」
「......お前、やったか?」
「やってませんよ!? 陛下のボクに対する信頼どうなってるんですか!?」
吸血鬼の血が盛られたのはほぼ、確実にクロードの毒味の後だ。確かにクロードならやれる。
「クロード、自首したらどうですか?」
「妹様!?」
「じゃあ、毒味後の料理を運んだ奴はどうなの? 盛られたとしたらそのタイミングしかないんじゃない? ......あっれえ?」
フランは首を傾げ、顔を顰めた。
「どうしたんだ、フラン?」
フランはバツが悪そうに微笑を浮かべなながら俺から顔を逸らした。そして、スーッと息を吸い、フーッと息を吐く。
「......急用を思い出したわ。ルドルフ、お暇するわよ」
そう言うとフランは突然、席を立った。
「ハッ」
ルドルフもそう応えて席を立つ。
「待てフラン」
俺はこの場から一刻も早く抜け出そうとするフランを止めた。
「な、何よ。私、急用があるの! 文句ある!?」
「思い当たる節があったんだろ? ......言え」
「ヒィッ!? この私を脅すとは良いどきょ」
「言え」
「はい......」
フランは観念した様子で溜息を吐くと、再び席に座った。そして、人差し指を合わせてツンツンしながら『あー』だとか『えっとねー』だとか、ゴニョゴニョと言う。
「姫様、一体、何を思い付かれたのですか?」
ルドルフにそう問われたフランは不満そうに口をとんがらせる。
「いんやあ、なんと言うか? 憶測の域を出ないというか、憶測をする余地も無いというか、そんなことだけど良い?」
「ええ、勿論。些細な情報でも良いのでお願いします」
クロードに頼まれたフランは嫌そうな表情をしながら再度溜息を吐いた。そして、『あーもう、分かったわよ。話せば良いんでしょ、話せば』と言い、遂に彼女が気付いた事柄についての説明を始めた。
「その、私達がオルムとソ......其処の女を助けるために城に忍び込んだ時さ、食事会に出されるであろう料理を運んでた使用人と出くわしたのよ。それで、その、ディーノが何とかするって言うから私達は逃げたんだけど......今、思い返せばあのタイミングなら盛れたかなって」
「......アデル、マジ?」
俺は当時、不死族達と一緒に城に潜入していた弐の勇者に確認を取る。こんなにも大事な情報を聡明な彼が敢えて言わなかった理由が分からない。
「ああ、そんなこともあったな。すまない。忘れていた」
おい、弐の勇者。
「彼は不死族、魔界に居たことも有る訳ですから吸血鬼の血を持っていたとしても不思議ではありませんね。魔族に対しては効かないことが多いため需要が少なく、魔界でも流通は多くありませんが、手に入れることはさほど難しくありません」
ソフィアの補足により余計、ディーノが怪しくなってきた。昨日からずっとディーノが行方不明なのもディーノ犯人説に拍車を掛けている。
「ちょ、ま、待ってよ! ディーノには動機が無いじゃない! 人間の小競り合いとか、はっきり言って不死族からしたらどうでも良いことよ!」
「その通り。犯行が可能という点は参の勇者にも言えることだ。動機の面で見ても、まだ参の勇者の方が有るように思える」
フランは慌てた様子で、ルドルフは苛立った様子で、俺達にそう意見を述べた。
「まあ、兎に角、私はデレックス以外にも犯行が可能であった人物が何人か居ることを機関の方に伝えときます。デレックスは不起訴確定でしょうね。はあ......一体、誰が犯人なのやら」
クララの顔は疲れ切っていた。




