91 兄妹
「姫様!? 姫様! 何処に居られるのですか! 姫様!」
「ふあああ......」
翌日、俺の目を覚まさせたのは鳥の囀りでも、ソフィアのうなされた声でもなければ、フランの寝言でもなく、ルドルフの叫び声であった。
「る、ルドルフ様、何か御座いましたか?」
「どうしたもこうしたもない! フランチェスカ殿が消えたのじゃ! 貴殿ら、何か知らぬか!?」
「い、いえ、私は存じておりませんが......城の門には見張りの者が居ますのでこの城の中には居らっしゃるかと」
「ならば、城の中を探してくれ! 姫様の身に何かあれば承知せぬぞ!」
「わ、分かりました! クロード様に報告し、直ぐに探させて頂きます」
扉の向こう、廊下の方からルドルフの苛立った声と困惑した青年の声が聞こえてくる。恐らく、青年は近衛騎士なのだろう。
彼はルドルフの言葉に従い、クロードの元へと駆けて行ったらしく大きな足音が聞こえた。
「おい、フラン。お前の爺が御乱心だぞ」
俺はベッドから起き上がると、ソフィアの横に寝ているフランの体を揺すった。
「んう?」
フランは眠そうに目をこすりながら起き上がる。
「くっ、姫様を独りにするとは、このルドルフ、一生の不覚じゃ!」
「......あー、悪いけど、オルム、事情説明しといて。私まだ眠い」
廊下から聞こえてきたルドルフの声で全てを察したらしいフランは溜息を吐きながらそう言うと、再びベッドに横になる。
「いや、困るって! この状況を俺がルドルフに説明出来るとでも!? 殺されるって!」
無責任に二度寝を決め込もうとするフランに対して俺は抗議の声を上げる。
「んあ、けいやくしゃ、何かございましたか......? んうう、っ!? 何故貴方が!?」
しまった。デカイ声を出したせいでソフィアを起こしてしまった。
相変わらず、寝起きでふにゃふにゃしているソフィアは隣で寝ているフランを見つけるなり、手を振り上げた。
「おい待て! ソフィア、フランは悪くな......」
俺の静止も聞かずにソフィアは手から放たれる電流をフラン目掛けて発射した。
「いったあああああああああ!? 何すんのよ!? 頭可笑しいんじゃない!?」
「此処はソフィアと契約者に割り当てられた部屋です。其処に侵入するということは、ソフィア達への敵対行為を意味しま......あ」
昨日のやりとりを思い出したらしいソフィアは、軽く深呼吸をしてフランから目を逸らした。
「頬出しなさい」
「......どうぞ」
フランの手からソフィアの頬へと繰り出されるビンタの音が部屋中に響いた。これは流石にソフィアが悪い。
⭐︎
その後、洗顔、歯磨き、着替え、と、するべきことを済ませた俺達は近衛騎士に大きなテーブルがある広い部屋へと案内された。
どうやら、朝食を振る舞ってくれるらしい。
「近衛騎士団長よ! 姫様はまだ見つからぬのか!? この城に姫様を泊めた以上、貴様らには姫様を守る義務がある筈。このまま姫様が行方不明になったら貴様らには責任を取って貰うからな!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて下さい! 今、近衛騎士総出で探していますから! ......って、あっれえ? あそこに居るじゃないですか!」
何やらルドルフと揉めていたらしいクロードは俺達と一緒に部屋へと入ってきたフランを指差してそう言った。
「姫様! 何処に行っておられたのですか!?」
「ん? あー、ちょっと散歩にね」
「というか、何故、此奴らと行動しているのですか!? 貴様ら、姫様に何をした!?」
「何もしてねえよ」
「何もしていません」
「何も......うん。何もされていないわ。さっき、其処でばったり出くわしただけ」
自分に対して魔法を放ったソフィアが何もしていないと言うのには少し思うところがあったらしいが、それでもフランは俺達に同意し、ついでに嘘まで吐いた。
それほどルドルフにガミガミ言われるのが嫌だったのだろう。
「悪魔どもと当たり前のように行動しているのは気になりますが......姫様が無事なら何よりです。ささ、椅子にお座り下さい。食事は既に用意されています」
フランがルドルフの言葉に頷き、椅子に座ると、俺達もそれに倣うように椅子へと座った。
「おはよう」
「おはようございます。オルム様、ソフィア様」
アデルとアルバンは既に席に着いており、俺達に挨拶をしてきた。
「おはよ。アデル」
「おはようございます」
俺達が二人にそう挨拶をすると、クララが、その次にクロードが、最後に国王レイナードが席に着いた。
「まずはこの度、大変お世話になった皆様に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました」
厳粛な雰囲気の中、国王は口を開くとそう言って頭を下げた。
「どういたしまして。私嫌いじゃないわよ。アンタみたいな腰の低い王様。でも、丁寧過ぎるわね。気疲れするからもうちょっと普通にしてくれないかしら? どうせ、もうすぐ廃位になるんでしょ?」
全員が沈黙する中、ただ一人、フランだけは友達のような口調でレイナードへと話しかける。
鬼のように失礼な言葉を連発しているが、彼女を咎める者は誰も居なかった。
「ははは、手厳しいですね。では、少し口調を崩させてもらいましょうか。確かに私は実の妹に退位を迫られているところですので」
「あらあら、違いますよ。国王陛下の退位を願っているのは私ではなく、『国民』です」
「......やれやれ、そうですか。臨時国民議会議長殿」
何そのクラクラする文字列。
「臨時国民議会とは?」
アデルがレイナードの発した聞き慣れない言葉についてクララに尋ねた。
「あー、そっか。皆さん、王城を占領した後のことは知らないんですよね」
『よし、説明しましょう』と、彼女は俺達が寝ている間に起きたことについての説明を始めた。
「昨日の議事堂占領により議会は解散。王城占領によりデレックスを中心とした政府は崩壊。国権は国王の元に形式的には戻ったものの、クリストピア王国は事実上の無政府状態となりました。其処で臨時政府の役割を担うことになったのが『臨時国民議会』です」
「で、その議長に貴殿が就任した訳か」
アデルの言葉にクララは頷く。
「議員の約8割を『冠なき我が家』の者が、残りの2割を近衛騎士団長を始めとする旧政府陣の中でも我々に友好的な方が占めています。臨時政府としての役割が終わり次第解散し、国民による選挙で議員を決めるつもりなので『臨時国民議会』と名付けさせて頂きました」
「『臨時政府の役割』とはそれすなわち、国王を中心とする国家の解体と共和制国家の樹立、のようですがね」
皮肉っぽくクロードは言う。
「クロードのように文武に秀でた人間であれば近衛騎士解体後も引く手数多だろう。あまり文句を言うな」
レイナードは苦笑する。どうやら、自分自身が退位させられることに関しては別段、思うところは無いらしい。
「ボクはどうでも良いんですよ。問題は国王陛下です。ボクは陛下が心配で、心配で......」
「その心配ならする必要はありませんよ。兄さ、国王陛下が隠居する為の資金や場所くらいなら幾らでも確保しますので」
「......クララさん?」
優雅に紅茶を啜るクララに俺は話しかけた。
「え、あ、はい。何でしょう、オルムさん」
「いい加減、国王陛下のこと、『兄様』と読んで差し上げれば?」
「んグッ.......!?」
俺の言葉を聞いたクララは紅茶を吹き出しそうになった。
「そうよ。アンタ、国王が気を失ってる時は『兄様』呼びだったじゃない」
「えー? いや、私、一応、これでもクリストピアの姓を捨てた身ですしー。今って、私達事実上の絶縁? みたいな感じじゃないですか。......何か、恥ずかしい」
「おい」
フランがツッコミを入れる。
「どうしましょうかねえ。ねえ、国王陛下」
「ん? あ、ああ。うん」
「ふふっ。仕方ないですね。久しぶりの再会ですし、呼んであげましょう。兄様」
「コホンッ。あ、ああ」
気まずそうにレイナードは紅茶を啜る。やはり兄妹だからか、紅茶の飲み方がよく似ている。
「兄様、ちょっと喜んでますよね? 国王を辞められること」
「......何?」
「私が数年前、此処を出て行ったときの兄様と今の兄様、かなり違うんですよ。雰囲気が子供の頃の優しい兄様に似ています。それは『国王』という仕事から解放されたからでは?」
ニヤニヤ笑うクララをレイナードは見つめた。
「クララ、まさかお前......」
「いえいえ、私が革命の指導者になったのはあくまで国民の為ですよ。八割五分くらいは」
勝ち誇った笑みをレイナードへと向けるクララ。食事の場で繰り広げられる革命の指導者と国王の会話......いや、兄妹の会話は二人以外の全員を黙らせる程に尊い何かがあった。




