79 斧魔法
俺とソフィアは怪我人を探すために、不死族三人は近衛騎士団達に加勢するために、議事堂の外へ出た。クロードとクララは議事堂の中から指示を出すとのことである。
外はと言うと、議事堂周辺をグルリと取り囲むように、広範囲を近衛騎士やデモ隊が守っていた。議事堂の周辺に住んでいた者や、仕事をしていた者はパニックに陥っており、近衛騎士や冠なき我が家の者と思われる人達が事情の説明をしている。
「一般市民の混乱ぶりが見て取れますね。想定内ではありますが」
「ああ。あの人達からしたら突然、自分達の家や店が武装した奴らに包囲されたようなもんだからな」
「大変ね。上の都合に巻き込まれて」
フランは同情する様な口調で言う。フランも『上の都合に巻き込まれた』者の一人だからこそ、思うところがあるのかもしれない。
「彼らにゃ悪いが、クソ宰相を引き摺り下ろすまで耐えて貰う他無い」
そう言って軽く溜息を吐く男はユリウス。クララの相棒というか、側近的な立場の者らしく、彼女がサポート役として俺達に付けてくれたのだ。
黒いシルクハットをかぶり、無精髭を蓄え、煙草を吸うその様は荒々しく、妙にカッコ良い。ルドルフがイケ爺ならユリウスはイケおじだ。
「随分と勝手なものだな」
「これもクリストピアの為、国民の為なんだよ。ご老人」
「国の為、国民の為、か。そう言って、戦争を続けていた二つの部族をワシは知っとる。全く、共和制だの王制だの馬鹿馬鹿しい。共和化してもどうせ、独裁化するのがオチじゃろうて」
その二つの部族というのはやはり、悪魔と不死族のことなのだろうか。ルドルフの言葉は妙に心に沁みた。
「......勿論、そういう意見があることも心得ているよ。忠告、感謝する」
「それで僕達は結局、何処に行けば良いのさ」
「参の勇者を中心とするクソ宰相側の兵と、民間人を含めたデモ隊や近衛騎士団連中が王城の門前でぶつかっているらしい。アンタらには其処に向かって貰う。ほら、行くぞ」
ユリウスは王城の方角を指してそう言うと、そこに向けて走り出した。俺達も置いて行かれぬよう、彼に続く。
城へ近づけば近づくほど、騒がしくなっていく。どうやら本格的な武力衝突が既に起きている様だった。
「着いたな。此処の連中にアンタらのこと話してくるからちょっと待っててくれ。......気をつけろよ。銃弾とか飛んでくるかもしれねえ。三勇帝国の連中は銃を主な武器に使ってやがんだ」
戦闘が起きている地点の少し前でユリウスは止まり、そう言って何処かへと走っていった。
戦線を見ると、巨大な盾で身を守りながら剣での攻撃の機会を伺っている者、魔法を使って攻撃を仕掛けている者、槍や剣を投げたり、弓矢を使って攻撃している者が両軍共に多い中、一部だけ銃を此方に乱射している集団が居る。恐らく、参の勇者の護衛で三勇帝国から来た兵士達だ。
此方も飛び道具や魔法を中心に攻撃を与えることに成功はしているようだが、相手には全く効いていないように見える。
「参の勇者の力か? あれ」
俺の問いにソフィアは頷く。
「ええ、恐らくは。同心円状に地面に張り巡らされた魔法が見えます。恐らく、範囲内の自軍に常時回復効果を付与する魔法かと。どうやら、参の勇者自ら戦場に出てきているようです」
何そのチート魔法。
あれだけ銃を連射されていたり、魔法攻撃も僅かながら撃たれていれば此方にはそこそこの怪我人が出ている筈だ。考えたくはないが、死傷者も出ているかもしれない。だというのに向こうは絶対に怪我を負わないとか、あまりにも勝機が見えない。
「取り敢えず、アンタはアイツらの間に魔法で壁か何か張りなさいよ。そしたらこれ以上の怪我人の増加は止められるわよ」
フランの冷静な意見にソフィアは眉を顰め、軽く息を吐いて、返答する。
「......申し訳ありません。どうやら、防壁を始めとする補助系の魔法の発動がこの周辺で制限されているようです。妨害魔法は検知できないので、恐らく、参の勇者の能力によるものかと」
「アイツ、あれだけ回復魔法を使えるのに妨害まで出来るって言うの!?」
ソフィアの魔法の妨害を成功させるとは、腐っても八つ首の能力の継承者なだけはある。
「首切り魔王の実力もその程度の物ということか」
ルドルフが鼻で笑う。
「俺のパートナーを馬鹿にするのは止めてもらおうか。それにソフィア、策が無いわけではないんだろ?」
根拠は無かったが、ソフィアが打開策を用意できない状況などそう無いだろうと信じていた俺は彼女にそう聞く。
「ええ。このまま参の勇者のところへとソフィアが殴り込み、彼女を殺すか、致命傷を与えれば妨害はおろか、回復魔法の展開も不可能になるでしょう。それか、これを使うかですね」
ソフィアが手を上に上げると、宙に空気中の粒が集まる様にして、一本の斧が現れる。それをソフィアはキャッチしてフランにこれ見よがしに見せつけた。
それを見た瞬間、ソフィアに襲いかかったのはフランではなくやはりこの人。
「薄汚い悪魔め......!」
ルドルフだった。彼はソフィアの間合いに入るなり、目にも止まらぬ美しい剣捌きを見せる。しかし、その全てはソフィアの最低限の動きで避けられた。
そして、突如、ソフィアはルドルフの剣をあの斧で防いだ。すると、そのままルドルフの剣はポッキリと折れてしまう。
「貴方の斧、とても使い勝手が良いですね」
ニコリとも笑わずにソフィアはフランにそう言った。その横では愛剣を折ってしまったルドルフが体をピクピクと震わせながら、怒りに震えている。はっきり言って、自業自得だと思うが。
「でしょ? そろそろ、返してくれないかしら。後、爺。仮にコイツから斧を取り返せても、その斧、私とコイツしか触れないわよ。きちんと考えて行動しなさい」
一方、フランは引きつってはいるものの、優しい笑みを浮かべてソフィアに聞き、ルドルフに説教をした。
「それは出来かねます。この斧が有れば、参の勇者を完封出来ますので」
「回復魔法を吸い取っちゃうってこと?」
ディーノの言葉をソフィア『ええ』と肯定する。
「更に言えば、この斧の放つ魔法、仮に『斧魔法』としましょうか。これは魔法の様で魔法とは性質が違う、別物です。そのため魔法の妨害をすり抜けることが出来ると予測されます」
「回復魔法の魔力を奪って、『斧魔法』で防壁を張るって訳か。確かにそれなら参の勇者を完封出来るな」
それなら早く、やってくれれば良いのにソフィアは厳しい表情で首を振る。
「しかし、そこで一つ問題が発生しました」
「問題?」
「......どうやらソフィアはこの斧で魔法を吸収することは出来ても、斧魔法を使うことは出来ない様です」
ソフィアには珍しく、バツの悪そうな表情で顔を逸らしながら敵の方を指さす。敵の兵士は叫び声をあげ、何やらどよめいていた。彼方もダメージを負い始めたらしい。
つまり、ソフィアは斧を取り出した時から既に回復魔法の魔力を吸い取り、斧魔法による防壁の展開を試みていたというのだ。
「やっぱり、アレ? 幾ら、ソフィアもフランも伍の勇者の力を持ってるって言っても『五芒星ノ魔王』の専用武器である『不死なる五芒星』を『首切り魔王』であるソフィアが完璧に扱うのは難しいってことか?」
色々と固有名詞を出したが、恥ずかし過ぎる。やっぱり、何かが可笑しいよ魔族のネーミングセンス。
「まあ、そういうことになるのでしょう......。彼方の魔力を吸収するのも中止します。彼方の被害も抑えろとのことでしたので。お役に立てず、申し訳ありません」
いや、フランの専用武器をある程度扱えるだけでも十分、凄いと思うのだが。
「待たせたな。話、付けてきたぜ。黒髪の嬢ちゃんと少年は怪我人の治療に当たってくれ。残りのアンタら三人は戦闘の援護を頼む。といっても、奴さん達は参の勇者の魔法に守られてやがる。相手を倒すというより、自軍を庇うことを優先してくれ」
やっと、帰ってきたユリウスは俺達にそう指示を出した。どちらにせよ、ソフィアは怪我人の治療に専念しろとのことなので戦闘には出られない。
「斧をフランに一時的に返すしかない、か」
俺はわざとらしく嫌そうな顔をしながら呟く。
「おい。何よその顔。返すなら、早く返しなさい。アンタらは早く怪我人の治療に行ってやらないといけないんでしょ。返却するのは一先ず今日だけで、アンタにも攻撃は仕掛けない、って契約を結んであげるから。ほら、早く」
「......貴方にしては素直ですね。何か企んでいるのでは?」
「邪推すんな。こうやってる間にも怪我人が増えていってるのよ。私は早く、戦闘を止めさせたいの!」
何時もより少し低い声で、ソフィアを叱りつけるように怒鳴るフラン。
「......分かりました。契約を破った場合は体が動かなくなるようにさせて頂きます」
さしものソフィアもフランに怒鳴られ、少し驚いたらしくフランに言われるがままに契約を結び、期限付きで斧を返した。
「ん。何か久しぶりな気がするわ。これ触るの」
フランは数日ぶりに手元に帰ってきた自分の斧をさすさすと撫でた。
「よくわからねえけど、一件落着したみたいだな。それじゃあ、お互いに持ち場に行くぞ」
ユリウスの言葉に俺達は頷き、俺とソフィアは不死族連中と一旦、別れた。
それにしても、ルドルフはソフィアと契約をすることに対して何故何も言わなかったのだろうか。彼なら悪魔と契約など、と怒りそうなものだが。俺は首を傾げた。




