78 妹
「なっ、なななっ、なじぇ、妹しゃまが此処に!?」
動揺するクロードの言葉に女性は首を傾げる。王女という身分にしてはあまりに不相応な、埃っぽいスーツを着ている金髪の少女であった。
「何故って騎士団長、貴方が私を此処に呼んだんじゃないですか」
「い、いや、ボクがお呼びしたのはデモの指導をしている方なのですが......」
「ですから、そのデモの指導者は私なんですって。毎日、皆さんが議会の周辺で騒いでいたのは全て私の指示によるものです」
得意げな表情を浮かべてクロードにそんなことを告白する王女。待て待て。やっぱり、この内戦、可笑しいだろ。
国王と近衛騎士団は自分達の存在を否定している共和派の国民達と共闘しているし、しかも、その国民達を裏で操っていたのは王女とか......。
「聞きたいことは山ほど有るんですが、まず、三年前に妹様はどうして我々の前から姿をお消しに?」
「友達から教えて貰ったんですよ。丁度、その時に起きていたユクヴェルの革命について。それを聞いて私も『革命家』という奴に憧れまして。家出した所存です」
そう言うと、王女は表情を忽ち鋭いものに変え、訴えかけるように腕を上げた。
「この国は内側から腐っている! あのクソ宰相に国が牛耳られてる限り、国民に未来は無い! デモの要求を飲め! さもなければ革命! 断固として革命! 我々の国は我々が作る! それを阻む膿みきった政府など打ち倒せ! って、感じでね」
「アンタ、ホントに王女なの......?」
思わずフランがツッコミを入れる。荒っぽい言葉を使いつつ、民衆を力強く煽る彼女の様はどう見ても王女ではなく、平民出身の革命家であった。
「私はもう王女ではありません。そもそも、私が倒そうとしているのはその『王』な訳ですし。あ、そうそう。自己紹介がまだでしたね。私、クララと申します。姓は捨てました」
涼しい顔でそう言ってのける王女、いや、元王女クララ。それに対するクロードの表情はやはり、厳しいものだった。
「待ってください。そのお友達ってどなたのことですか? 妹様に友達と呼べるような方が居た記憶は無いのですが」
「貴方も知っている筈ですよ。ほら、今日、私達の間を取り持ってくれたあの子です。実は私、あの子とかなり前から交友がありまして。それで、革命家に憧れて家出したんです」
「その子ってもしかして、黒いパーカーとか着てたりする?」
「ええ。私達はもしかしたら、彼女にとって操り人形のようなものなのかもしれませんね」
クララはフランの質問に頷くと、『まあ、それも良いでしょう』と笑う。どうやら、あの黒パーカーはかなり昔からこの国の政治に干渉していたようだ。
「家出した私は、あの子の紹介で共和制の実現を標榜する市民団体に入り、指導者的立ち位置まで上り詰めました。近衛騎士がどれだけ私を探しても見つからなかったのは、その団体とあの子に守って貰っていたからですね。お騒がせしました」
今まで王族として育てられてきた彼女が僅か三年程度で市民団体の指導者にまで出世するとは考えられない。恐らく、そこにも『黒パーカー』が一枚、噛んでいたのだろう。
「え、えと、その、妹様......」
クララに衝撃的な事実を告白されたクロードは狼狽えていた。
「兎に角、今は近衛騎士団長と民衆の指導者という立場でお話をしましょう? 皆さんも、身内のゴタゴタ話に付き合わされるのは嫌ですもんね?」
クララは突如、此方に同意を求めてきた。
「ええ。今は時間が有りません。早急に必要なことを話し合うべきかと」
ソフィアが頷くと、クララはニヤリと笑う。
「ほら、ソフィアさんもこう言ってますよ。騎士団長」
恐らく、あの黒パーカーから名前を聞いたのだろう。クララはソフィアの名前を口にしてクロードの肩を揺すった。
「ぐっ......これが終わったら、色々とお聞きしますからね。それで妹様、デモ隊の方々は我々に協力して頂けるのでしょうか?」
「勿論。我々の組織『冠なき我が家』主導でデモ隊や市民の方々は近衛騎士団を全面的に支援するつもりですよ。但し、条件があります」
含み笑いでそう話すクララにクロードは動じることなく頷いた。
「でしょうね。して、その条件とは?」
「『人命第一で動くこと』と『デレックスを倒した後、我々に会議を開かせ、そこで決まった内容を呑むこと』の二つです。後者の会議では恐らく、兄様の退位と王政の廃止が決められるでしょう」
「......実の兄に退位を迫ると言うのか?」
ルドルフが厳しい面持ちで聞いた。
「ええ。元からそれが目的でしたし。ただの温室育ちの少女のお遊びでは無いんですよ、私の活動は。確かに最初はただの厨二病みたいなものでしたけど、実際に階級社会で苦しんでいる方々を見て、変えなければと思ったんです」
拳を固く握りしめてクララはそう答えた。
「それで、王や貴族を消したら社会の苦しみは消えそうか?」
「いえ、階級が無くなったらからといって社会が完全に平等になる訳でも、皆の苦しみが消える訳でもないと思います。でも、停滞と腐敗ばかりのこの政治体制よりは良くなると信じています」
納得したのか、していないのか、クララの言葉を聞いて押し黙るルドルフ。この爺さん、本当に何を考えているのか分からない。
「分かりました。国王陛下に代わり、ボク、クロードがその要求、お呑みします。暴力革命なんか起こされたら、それこそどちらも損をしますしね」
苦笑しながらクララの手を取るクロード。やっと、『近衛騎士団長と市民の指導者の会談』に相応しい会話に近付いてきた気がする。
というか、国王の許可なく勝手に要求を呑んでしまって良いのだろうか。
「あのー、クララさん?」
俺は話が一区切り着いたところを見計らって手を挙げた。
「オルムさんでしたよね? 何でしょうか」
「はい。オルム・パングマンです。これって、デレックスを失脚させたら俺達は無罪になるって理解で大丈夫ですか?」
大丈夫だとは思うが、新政権が発足した瞬間に再逮捕なんてことになったら最悪なので先に聞いておく。
「勿論じゃないですか! むしろ、褒賞ものですよ。あの参の勇者から市民の方々を守ったのですから」
「それを聞いてホッとしました。じゃあ、俺達も出来るだけ協力しますよ。と言っても、俺が出来ることはあまり無いと思いますが......」
ソフィアに鍛えられているため多少、剣の腕には自信があるが、不死族トリオやソフィアに比べれば俺の戦闘力など蟻程度のものだ。
後、一応、アデルから貰った銃もあるが、これも相手に致命傷を負わせる武器なので使い所は無さそうである。
「負傷者の怪我の治療ならソフィアにお任せください。戦闘は相手を殺してしまいかねないので出来る限り遠慮したいですが」
ソフィアのさりげない言葉でクロードとクララの表情が固まった。ソフィアの正体を知る不死族組は兎も角、ソフィアの強さを一切、知らない彼らからしたらかなり衝撃的な言葉だっただろう。
「国王陛下の治療は?」
ソフィアにはクロードに任された国王の治療という最重要課題がある。国王が復活しない限り、この内乱は終わらない。そして、吸血鬼の血に犯された者の治療はソフィアにしか出来ない。一般人の治療をしている暇なんてあるのだろうか。
「もう終わりました。後、数時間経てば意識が戻るでしょう」
「いや、あんな深刻な感じだったのに治療早いわね。不本意だけど、ちょっと尊敬するわ」
「姫さ、フランチェスカ殿......!」
ソフィアを褒めるフランをルドルフは顔を赤くして咎める。何やかんや言ってソフィアと仲を深めつつあるフランとは違い、ルドルフは本気でソフィアを恨んでいる。やはり、ルドルフは少し危険だ。
「不本意だって言ってんでしょうが。頭硬いわね。私らも此処まで来たからにはアンタに協力するわ。何すれば良い? 私ら三人とも、力なら一般人にはまず負けないわよ」
「そ、それなら他の近衛騎士達と一緒にデレックス派の兵士からこの議会を守ってもらいましょうか。あ、みね打ちにして下さいよ? 殺したら絶対に駄目ですからね?」
「どうせ、兄様の意識さえ戻ればこの内乱は終結するんです。こんな僅かな期間で人が死んだら嫌ですからね。デレックス派の兵士も昨日まで同僚だった者を攻撃するのは抵抗があるみたいで、積極的に攻撃はして来ていないので」
クロードとクララはフランに強く忠告する。クロードもクララも敵味方両方の人命が第一、という考え方は同じらしい。
「了解。私らは其処の陰気な黒髪女と違って、ちゃんと力加減が出来るから大丈夫よ」
「魔法も碌に使えない貴方に言われたくありません」
「だから、魔法はアンタに奪われてる斧さえ有れば使えんのよ!」
「あんな物は魔法とは認めません。ソフィアは触媒を介すことなく魔法を使えますよ?」
「喧嘩売ってんなら買うわよ?」
「フランチェスカ殿を侮辱するとは、余程死にたいようだな?」
「良いでしょう。纏めてかかって来なさい。貴方がたは契約者の邪魔でしかありません」
何でコイツらこんな喧嘩っ早いんだよ。後、ソフィア。相変わらず、喧嘩好きだな。
「はい、ストップ、ストップ。一応、今は共闘路線なんだから仲間割れは止めた方が良いと思うなあ、僕。後、爺さんまで参戦しないでよ」
尤もな意見を述べるディーノに対して、不死族の二人は『元から仲間じゃないから仲間割れでは無い』だの『共闘路線なんて表現は止めろ』だの抗議する。
「ソフィアってアルベルトの時もそうだったけど、意外に短気だよな」
「いえ、ソフィアは今回も前回も契約者の害になりそうなものを排除しようとしたまでです」
「ああそう......」
最近のソフィアは徐々に感情が豊かになってきているが、ソフィアが短気だったのはかなり前からだ。もしかしたら、ガッチガチの堅物であり、感情表現の乏しいソフィアが持ち合わせていた唯一の性格が『短気』だったのかもしれない。
「あの、騎士団長、大丈夫なんですか? これ」
「分かりません」
そして、クロードとクララの二人は凸凹な二種族の関係を見て、かなり不安を覚えたようだった。




