77 状況確認
「は? 内戦? へ? は? え? 何でですか?」
俺は動揺しながらクロードに聞いた。俺達が城から脱出している間に一体、何が起こっていたのだろうか。
「勇者を迎えての食事会の最中、デレックスによる国王暗殺未遂事件が起こりました。スープに吸血鬼の血液が盛られていたようで。デレックスは暗殺をボクがしたとしてボクを捕らえるよう、兵に指示。その結果、ボク対デレックスという構図の内戦へと発展しました」
『まあ、まだ戦闘はどこでも起きていないようなので案外、一瞬で終わる可能性もありますが』と、クロードは付け加える。
「待て。吸血鬼の血液を盛られたということは、其処でソフィアに治療されているのは.......?」
「クリストピア王国国王レイナード・クリストピア陛下です」
アデルの言葉に意図も容易く答えるクロード。場の空気が一瞬で凍った。
「ソフィア! 丁重に! 丁重に扱えよ! その人、国王陛下だぞ!」
俺は慌ててソフィアにそう伝えた。国王なんかの体にミスで傷を付けたら大変だ。
「というか、ソフィア殿、さっき国王陛下の体に傷を付けていませんでしたか!?」
「ええ。近衛騎士団長からの許可があったので」
アルバンの言葉に涼しい顔をしながらソフィアは答える。たとえ、医療行為であったとしても、たとえ、傷が回復魔法で綺麗に塞がったとしても、国王の体に傷を付けるのは中々にヤバい。
「別に、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ〜。ソフィア殿に国王陛下の治療を頼んだのはボクですしー」
何でこの団長はこの非常時にそんなフワフワしていられるんだ。
「で、何? そのデレックス......だっけ。ソイツは何でアンタに濡れ衣を着せようとする訳よ」
「陛下は独裁政治を行うデレックスをよく思っていませんでした。邪魔だったのでしょう。自分に歯向かう陛下も、そんな陛下を御支えする近衛騎士団長も」
「ふうん。要は私達、アンタらのつまらない権力闘争に巻き込まれている訳ね」
「ぐっ......ごめんなさい」
フランの鋭過ぎる言葉はクロードに会心の一撃を与えたらしく、彼は面目なさそうに頭を下げた。
「もう良いわ。それより早く今の状況を教えて」
「は、はい。今は近衛騎士団と私達に付いてくれた兵士達、デモ隊と一緒に議会を乗っ取ったところです。皆さんは、デレックスからすれば城への侵入者と、城からの脱獄者なので此処で保護させて頂いています」
すると、アデルが手を挙げた。
「すまない。デモ隊と議会を乗っ取るなんて、完全に反乱軍のすることではないか。先程から気になっていたのだが、大義名分はあるのか?」
「無いです! 国王陛下に意識が戻れば、大義名分はこっちのものなので! それまでの大義名分なんてクソ喰らえです」
何てことを言うんだこの団長。
「議会もデレックスの傀儡でしてねー、会議の最中でしたが無理やり解散させてやりました!」
うーむ。はたから見ればやってること、完全に軍事クーデターだ。
「じゃあ、デモ隊はどうなのだ。統率の取れていない民衆なぞの力を悪戯に頼れば、どうなるか分からない訳ではあるまい?」
ルドルフがギロリとした目付きでクロードを睨む。確かに軍に暴れても良いと、お墨付きを貰えばデモ隊は暴徒へと姿を変える可能性が非常に高い。
実際にユクヴェルでの革命でも、暴徒化した民衆が強盗をしたりとかなりカオスなことになっていたと聞く。
「それがですね、あのデモ隊達、結構ちゃんと統率が取れてるんですよ。裏に指導者がいて上手いこと操ってるみたいです。黒パーカーさん情報ですけど」
「で、結局、あの黒パーカーの正体は何なのさ」
ディーノの質問にクロードは首を横に振る。
「それは申し訳ありませんが企業秘密です。黒パーカーさんがその指導者をこの議事堂に呼んでくれるみたいなので、今はそれ待ちなんですよ」
あの、何でもペラペラと国の内情を話すクロードが伏せるあの黒パーカーの正体は一体、何なのだろうか。ただのスパイでは無さそうだが。
「めんっど臭いことになってきたわね。私達でそのデレックス? に従う兵士を全員ぶっ飛ばすんじゃ駄目なの? 認めたくはないけど、これに頼れば大体のことはしてくれるわよ」
フランはソフィアを指差しながら言うが、クロードはかぶりを振った。
「出来るだけ戦闘は避けたいんです。デレックスに従っている兵士だって、大半は彼に騙されているだけなんですよ。陛下に演説さえして頂ければ、降伏する筈です」
「つまり、此方の目指すことは出来るだけ敵味方両方の損害を抑えつつ、国王の意識が戻るのを待つことと言う訳か」
アデルの言葉にクロードは頷いた。確かに、大規模な戦闘に至れば兵士だけではなく、王都の人々にも被害が及んでしまう。出来るだけこの内戦を机上の駆け引きだけで終わらせたいものだ。
「ソフィア、国王陛下はいつ意識を取り戻しそうだ?」
「今夜、もしくは明日の朝までには」
「良かった......。でしたら、今日中の無血開城も夢ではありませんね。あまり、時間を掛けると地方貴族や外国を巻き込んで内戦が泥沼化する可能性もありますし、陛下が早く目を覚ますのを願いましょう」
クロードが胸を撫で下ろしていると、鋭いノックの音が部屋中に響いた。
「入って下さい」
クロードが許可すると、勢いよく扉が開く。
「失礼します! 団長! 王都中の新聞社がデレックス派に襲われています」
「......印刷機ですか」
「はい。デレックス派は新聞社を占拠し、我々を国王陛下を暗殺した国賊とする新聞を王都中にばら撒いています。我々が確保していた印刷機も軒並み襲撃され、破壊されました」
「民衆は?」
「民衆には反デレックス派が多いこともあり、新聞の内容を鵜呑みにする者は少数ですが、現状を理解出来ていない者が多数おり、怪情報が飛び交うなどもして、民衆の中に混乱が生じております」
宰相デレックス......クロードの言うことを信用するなら彼は権力欲が強く、ロクな奴ではないが、頭は回るようだ。一発目のアクションが印刷機の奪取と破壊とはな。
「デレックス派の襲撃による怪我人は?」
「軽傷者以外は確認されておりません」
「それは何よりですが、困りましたね。我々の手元にある印刷機は?」
「一つもありません。此方が議事堂の占拠を行なっている隙を突かれたようで」
クロードは苦い顔をした。その時、俺の頭に一人の男の姿が過った。ユクヴェル訛りの大男、リョウジである。
「ギルドはどうですか?」
「......確かにギルドなら印刷機もあるでしょうし、兵士も襲撃できる様な場所では無いでしょうが、リョウジ殿は国政へのギルドの干渉を極端に嫌っています。ほら、昨日も国への援助を求めたボクを追い払っていたでしょう? 彼が助けてくれるかどうか」
「それならば、私とアルバンが頼みに行こう」
アデルとアルバンが立ち上がり、そう言った。
「ギルドマスターは何としてでも我々との接触と友好関係を持ちたいようでした。我々の願いなら断れない筈です」
「......勇者様達のお力に頼り、申し訳ありません。お願いします」
クロードは名乗りを上げる二人に深々と頭を下げた。勇者という言葉を聞いても驚かないあたり、少なくとも近衛騎士の中ではアデル達の存在は知られているらしい。
「ということだ。我々には用が出来た。お前達も頑張ってくれ」
「ああ。またな後でな、アデル」
「ギルドへは私が案内させて頂きます! どうぞ、此方へ」
報告に来た近衛騎士の案内でアデルとアルバンは部屋の外に出て行った。アデルは弐の勇者だ。心配は無いだろう。
「近衛騎士って外部の人間に助けて貰ってばかりね。本当に。デレックスを引き摺り下ろした後に、解体すべきだと思うわ」
アデル達が部屋を出て行って直ぐにフランはそう呟いた。
「グゥッ......!?」
そして、クロードにまたもや致命傷を与えた。
「有り得ない話ではありませんね。近衛騎士は共和制国家の建国を目的とするデモ隊と手を組みました。内乱が終結した後、彼らの要求を受け入れるならば、少なくとも王や貴族による政治は廃止されるでしょうし」
ソフィアは冷静にそんな分析をした。仮にこの内乱が収まったとしても国王による専制政治が続けば、大規模な革命が起きる可能性がある。
この国、滅茶苦茶危ういんだな。
「まあ、それでもボクは別に良いですよ。国王陛下はかねてより、自らの地位に疑問を持っておられましたし。それを決めるのは陛下です」
何処までも国王LOVEだなこの団長。まあ、このくらいじゃないと近衛騎士団長なんて務まらないか。
なんてことを考えていると、またノックが鳴った。今度は比較的落ち着いたノックだ。
「団長、約束の方がお越しになりました」
「どうぞ〜」
クロードは先程とは打って変わって柔らかな声で返事をする。打倒デレックスを掲げるデモ隊の指導者、一体、どんな奴なのだろうか。
徐に開けられた扉から入ってきたのは黒パーカーならぬ、白パーカー。そして、その者は被っていたフードを外した。
「騎士団長、お久しぶりです。お元気でしたか?」
其処には......
「妹様あああああああああ!?」
其処には長年失踪中だった国王の妹が居た。いや、顔見たことないから知らないが。クロードがこれだけ驚いているのだから間違いないのだろう。