70 歪
もう70話ですねえ。何時も読んで下さっている皆様のお陰です。何時もありがとうございます。
「8時。ルフェーブルはクリストピアの王都に着いた頃だな」
ガーン、ガーンと振り子時計が音を鳴らすのを聞くと、彼はそう言った。
「そう、ですね。やはり、私が行くべきだったのでは? 一応、これでも伍ですし」
「テメエがクリストピアに行ったきり帰って来ないなんて事になるかも知れねえから却下だ。俺達はテメエをそんなに信用してねえんだよ!」
彼は瞬間湯沸かし器の如く激昂すると、机をバンと叩いた。
「申し訳ありません......」
「クソの役にも立たねえ伍の癖して壱の俺に意見すんじゃねえよ。たく、イライラしてきた。おい! 兵士を何人か適当に集めろ! 稽古付けてやる!」
「はっ!」
扉付近にいた兵士に彼はそう言うと、剣を鞘から出し、振り回しながら部屋を出て行った。
今日も彼の『稽古』によって多数の怪我人が出るのだろう。殺さなければ参がどうにかしてくれはするが、兵士が気の毒で仕方がない。
「すみません」
手を挙げ、兵士を一人呼ぶ。
「はっ!」
「参が居ない間なので、稽古はせめて竹刀でする様に壱に言ってきて頂けますか?」
「.......っ」
すると、兵士は険しい表情になった。
「申し訳ありません。彼の機嫌を損ねたらどうなるか分かりませんもんね。私が行ってきます」
「......お役に立てず申し訳ありません。それ以外のことであれば何でもさせて頂きますので、どうかお許しください」
「いえ、此方が無理を言いました。ありがとうございます」
民衆を反奴隷化した上での経済成長は最早限界で元から歪な政治、軍事体制には歪みが生じ始めている。
また、クリストピアの隣国では王政が打倒され、クリストピアでも民衆の不満が爆発寸前だ。そして、それはこの国でも同じこと。
今まで奴隷以外の生き方を知らなかった民衆も過去の捌の反乱からも分かるように己の人生を歩むため、力で自由と平和を手に入れようとしている。
「この国は一体、何処に突き進むのでしょうか」
三勇帝国という土台から腐りきった納屋、その崩壊を予見することはあまりにも簡単だった。だからといって、自分にはどうすることも出来ない。剣を使えば向かうところ敵なしの壱や、ありとあらゆる傷を治癒できる参と違い、伍は無力だ。
僕は自分がこのままダラダラと生き続けても、革命軍に処刑されても、どうなっても構わない。好きでこんな地位に着いたわけじゃない。好きで生きている訳じゃない。溜息を吐きながら彼を追いかけた。
⭐︎
埃臭い部屋、お世辞にも状態が良いとは言えないソファ、角が何故か欠けている角テーブル。それを目の前にして私は圧倒された。
「うわ......」
必死に掃除をしたのは伝わってくるが、今まで暮らしてきた城とはあまりにも違う環境に目眩がする。
「やはり、まだ掃除が足りませぬな。いやはや、男二人だとどうしても掃除というものをサボってしまいます。姫様のために昨日、ディーノにやらせておいたのですが、爪が甘い。彼奴に任した私が愚かでした。姫様は今日もあの宿に止まってくだされ」
しかし、彼の言葉に私はかぶりを振った。
「いえ、大丈夫。私はここに来るまでに何度も野宿をしてきたのよ? それに比べれば、全然マシだわ」
「左様ですか。承知しました。姫様の寛大なお心遣い、感謝致します。ところで、肝心のディーノは?」
「何か、権力者の暗殺未遂みたいなのが起こったらしくて、そのことを調べに行ったわ」
「暗殺未遂......。まさか、暗殺されかけたのは今日国賓として招かれた三勇帝国の勇者ではないでしょうな」
爺が顔を青くしながら言う。
「知らないわ。仮にそうだったらどうなるの?」
「......三勇帝国の勇者は魔界で言うところの悪魔の長や吸血鬼の王的な存在。そんな存在が殺され掛けたともなれば、三勇帝国との戦争や内戦になる可能性があります」
「何それヤバいじゃない」
どうか、暗殺されかけたのは地方貴族か何かでありますようにと願っているとコンコンと家の扉をノックする音が聞こえた。
「ディーノでーす。お客さんも連れてきたー。開けてー!」
「客じゃと? まさか、あの悪魔一向ではあるまいな!?」
ドアノブにまで手を当てた爺が少し、開けるのを戸惑った。
「んー、当たらずとも遠からずかなー」
「爺、開けてあげて」
「はっ」
爺が扉を開けると、何時ものようにニヤニヤしたディーノと何人かの長身の男が立っていた。
「此方が僕らに用があるって言う人達」
真ん中に立ち、一際覇気のようなものを放つ男が軽く礼をすると、口を開いた。
「私はアデル・アハト・ベルガー、貴殿達と同じ魔族、エルフだ。今日は無礼を承知の上で、貴殿達に頼みをしにきた」
「ちょっと待てお前」
思わず、私の口からはそんな言葉が漏れてしまった。