68 ふにゃふにゃ
翌朝、俺が目覚めると可愛い寝息が横から聞こえてきた。そっか。色々あって、一緒のベッドで寝ることになったんだよな。
「......お~い、ソフィア。朝だぞ」
何気に初めてみるかもしれないソフィアの寝顔にキュンとしつつ、彼女の肩を揺すった。よく眠っている。昨日のうなされ方が嘘のように。
昨日のことで俺の仮説はまた少し、現実味を帯びたように思えた。俺の仮説とは、すなわち『ソフィアが二重人格に近い状態になっているのでは』というものだ。
フランと出会ってからのソフィアの言動や行動は支離滅裂というか矛盾だらけな気がする。フランに幾らか友好的に接していたかと思えば、突然殺すつもりだなんて言い出したり、そのことを次のときには忘れていたり......。
まだ、確信してはいないがソフィアに何かが起きているのは確からしい。
「けいやくしゃ?」
ふにゃふにゃした声でソフィアが目を擦りながらそう呟いた。
「ソフィアの好きなものは?」
「なにって......けいやくしゃですが?」
「え?」
もしかして、デレデレの第三人格来ました?
「どうかしましたか?」
「いや、うん。何でもない」
......ソフィアが恥ずかしがるようなこともなく澄まし顔をしているということは特別な意味はないのだろう、きっと。
「そろそろ、チェックアウトしましょうか。朝食も取らなくてはいけませんし」
「お、おう」
う~む。さっきのソフィアの言葉が頭を回っていて、意識がフワフワとしている。俺、ソフィアのこと好きすぎだろ。落ち着け俺。ソフィアが俺を好きなのはあくまで契約対象としてだ。昨日も言っていたじゃないか。
そんな風に自分を叱りながら、荷物を纏めて部屋の扉を開けると、とある少女一行に出会った。
「「あ」」
俺と彼女の声が重なる。いっや、気まず。ルドルフもこっち睨んで来てるし。後、もう一人の金髪の男、誰? アンタ?
「おはようございます」
しかし、そんな気まずい雰囲気をものともせずソフィアはペコリと頭を下げた。
「おい......」
俺は思わず、声を漏らす。ほら、奴さんも反応に困ってるじゃん。そりゃあ、そうだよ。昨日、殺害予告してきた相手に挨拶されたらそうなるって。
「おはよ。今日は随分、マイルドじゃない。昨日の殺気は何処へやったの? イメチェン?」
しかし、流石はフラン。皮肉か親しみか、もしくはその両方を込めたような笑顔でそう返した。
すると、ソフィアは表情を少し曇らせる。
「......あまり記憶が定かではないのですが、昨日のことは謝ります。貴女とソフィアが敵であることは確かですが、何だか、昨日は心にも無いような言ってしまった気がします。申し訳ありません」
フランとルドルフが拍子抜けしたような表情でソフィアを見る。そして、もう一人の金髪の男が笑って、口を開いた。
「クククッ、良かったじゃないですか姫様。あの首切りがシュンとしながら謝ってくれましたよ。クックックッ、いやあ、おかしい。大敵である首切りに殺すぞって言われただけでショボくれる姫様も、わざわざ謝る首切りも、クハハハハハッ」
「殺すわよ?」
「生憎、これでもエリート不死族なもので。斧を持たない姫様にはそう簡単に殺されましぇーん」
「この大馬鹿ものが......。国に帰ったら姫様への侮辱罪で処刑してやる」
楽しそうだな。あっちも。
「ご存知の様ですがソフィア・オロバッサとオルム・パングマンです。貴方は?」
「ディーノ・バローニ。ルドルフのおっさんと人間界で色々してんだ。いやあ、それにしても面白いんだよ? 姫様。キミに酷いこと言われたあ〜、って一晩中病んでたんだから。クハハハハハッ。って、いったあ!?」
「......色々と語弊があるわ。私達はもう行くわ。じゃね」
フランも何か大変そうだな。背に槍を付けたディーノと腰に剣を付けたルドルフ、二人の頼もしそうな護衛に守られながら去るフランの姿を見ながらそう思った。
チェックアウトを完了し、街道に出るとフラン達の姿は既に無かった。アイツら、何処に行くんだろうな。やっぱり、アジト的なのがあるのかなと思いつつ街道を見渡すと何やら街が騒々しいことに気が付いた。
「何かあるのかな?」
「近衛騎士団長が仰っていた国賓が来る日が今日です。それでではないでしょうか。」
「ああ~。何か言ってたな。国賓って誰なんだろ? 反デレックス派の反対を突っぱねて呼んだとか言ってたけど」
「分かりませんが、ソフィア達には関係のないことです。トラブルに巻き込まれないうちにギルドに行って帰りましょう」
『それもそうだな』と俺が笑う。そして、俺達はギルドに行くために街道を西へと歩いた。歩行者の話に耳を澄ましていると、やはり聞こえて来るのは国賓の話ばかり。だが、肝心の国賓が誰なのかは知れずにいた。単純に興味があるのだが。
そうして歩いていると四本の道が交差する円形の広場へとたどり着いた。
「……妙ですね」
「え?」
ソフィアの『妙ですね......』は大抵、良からぬことの前兆。俺は顔を引き攣らせながら聞き返した。