第二話 喪失
警備兵に引きづられるようにしてユーマは牢へと運ばれてきた。
ユーマは先ほどまでとは打って変わって、すっかりと大人しくなってしまっている。
その顔には複数のアザがあり、力づくで抑えられたことがうかがえた。
「入れ」
警備兵はそう言いながら、投げ飛ばすかのようにユーマを牢へ押しこみ、その扉を閉めた。
投げ飛ばされたユーマはドサっという音と共にベッドへと倒れ込む。
そしてそのままユーマは体を抱え込み、ピクリともしなくなった。
そこは薄暗くジメジメとした、四畳ほどの牢だ。
牢の中にはベッドがあるだけで、窓すらない。
トイレは床に空いたそれらしき穴を利用している様であった。
「我らの神に対する反逆とは馬鹿なやつだ。ガキとは言え、相応の処罰が下るだろうな。覚悟しておけよ」
警備兵はそう言うと、牢獄から離れていく。
それを見計らったかのように、隣の牢からであろうか、ユーマに話しかける声がする。
「やあ、お前さんや。随分やられてしまったようじゃのう。一体何をしでかしたんだ?」
その声は老年の男性のような渋い声であった。
「………」
しかし、ユーマはうずくまったまま反応しない。
「──大丈夫かの?」
「………」
「──ふむ。何やら大変だったようだのう。今はゆっくり休むとええ」
ユーマが男性の声に反応することなく、ただ時間だけが過ぎて行った。
☆
牢へ入れられてからどれくらいの時間が経ったであろうか。
窓もなく、何の変化もない牢の中では時間の感覚が麻痺してしまう。
(どれくらいの時間が経った? 一時間? 二時間? いや、もっとか??)
ユーマが困惑していると、牢獄へ誰かが入ってくる気配がした。
そしてその気配はユーマの牢の前で止まり、扉の小さな格子からユーマを覗き込む。
「ガキが。随分いい顔になったそうじゃないか」
そこに現れたのはユーマを牢獄送りにした高官のような男と警備兵であった。
ユーマはその言葉に思わず反応し、男を睨みつける。
「おー、怖い怖い。だがそこからでは何も出来まい。ましてお前の能力では警備兵がいなくとも安心だがな! ──今日は二人も無能が見つかった。なんて面白い日なんだ! あははははは!!!」
ひとしきり笑い満足した男は、思い出したかのように本題を話し始めた。
「あ、そうそう。お前の処罰が決まったから伝えにきたんだ。──死刑だ。お前は明日、処刑される」
「……は? おかしいだろ! 再鑑定をお願いしただけじゃないか!!」
「うるさいぞ無能が。神とこの国の神官たるリスタ様に反逆するという大罪を犯したのだ、当たり前のことであろう。私に従わないものには死あるのみ。──それにお前のような無能には生きている価値などないわ!」
リスタの顔は先ほどまでとうって変わって、ゴミを見るような表情をしていた。
「リスタ様、そろそろ……」
「ああ、わかってる」
リスタはそう言うと、警備兵を連れ牢獄を離れて行った。
(俺が……処刑?? なんで……?)
ユーマの頭はパンク寸前であった。十二歳にして死の宣告を受けたのだ、当然のことであろう。
だがそんな時、隣の牢からユーマを呼ぶ声がした。
「──少年よ。お主には能力があるんじゃろ? それで出ていけばええ。あいつら舐め腐って警備の一人も置かずに居なくなったからの。今がチャンスじゃぞ」
「──うるさい」
ユーマが初めて返事を返した。
「なんじゃ。つれないの。お前の能力は何なのじゃ?」
「──うるさい!」
先ほどより語気を強めてユーマは返答する。
「いいから、話してみい。話してみれば何とかなるかもしれんぞ?」
老年の男はユーマの能力を聞き出すまで話をやめる気配がなかった。
ユーマもそれを感じ取ったようで、渋々答える。
「『振動』……ランクはない……」
「ほう。ランクとか詳しいことはよくわからんが、言葉だけを聞くにワシには最上の能力のように思えるがの」
「……は? 馬鹿にしてるのか?」
ユーマは見も知らぬ相手に馬鹿にされたと思い、立腹した。
「いや、大真面目だ。どんな能力なのか、もう少し詳しく話してくれ」
「──ただ物が細かく震えるだけ……」
ユーマはボソッと答えた。しかし老年の男には聞き取れなかったようだ。
「は? もう一度大きな声で頼む」
「ただ物が細かく震えるだけ!!」
ユーマも吹っ切れたのか、今度は大声で能力を話した。
そして老年の男は一瞬考えたのち、真面目な声でユーマにこう告げた。
「──そうか。ならここから出られるかもしれんな」
「え……?」
思わぬ言葉に呆気に取られるユーマ。
「じゃあ扉の吊元付近で、『振動』を使ってみなさい」
「……吊元??」
「ああ……扉の回転の支点と言った方がわかりやすいかな?」
「……支点??」
「……その扉の左側らへんで『振動』を使ってみなさい……」
言葉の通じなさに老年の男は少々呆れてしまったようであった。
そしてユーマは老年の男の言葉に従い、扉に対し『振動』を使う。
ユーマが『顕現』と念じると同時にユーマの瞳が赤く光り、扉が僅かに震えだした。
そして「ビリビリ」といった振動音が牢獄内にコダマする。
しばらく扉を『振動』させていると振動音が「カタカタ」という音へと変わっていった。
そして突然、金属が床に落ちる音がする。それと同時に扉が外側に倒れ始める。
「ドスン」
扉と床から発せられた重低音が牢獄内に響き渡った。
しかし、誰も見回りにくる気配がない。
皮肉にも舐められていたことが奏功したのだ。
そしてユーマは老年の男の牢の前まで移動し、中を覗き込む。
「おお、少年。成功したか。──なんだ、中々に外面がよいではないか」
「なぜかわからないけど、出れた。──その、ありがとう……」
ユーマは今までの対応を恥じるように感謝を告げた。
「それはいいんじゃが、ワシも出してくれると嬉しいの」
「そんなことしたらおっちゃんも追われることになるよ?」
「まあ、ワシには端から居場所などなかったからの。どこに行こうとここよりはましじゃ」
ユーマは少し考えたのち、扉の吊元に手を置いた。
「──わかった。一緒に行こう」
そう言うと、扉を震えさせた。
中から『振動』させたときにはわからなかったが、微細な『振動』により扉を固定している鋲が緩んでいくのがわかる。
(すごい……)
ユーマは自分の能力に思わず関心してしまった。
しばらくすると鋲が完全に外れ、扉の蝶番が床へ落ちる。
「少年、ありがとうよ。──どうだ、『振動』も捨てたもんじゃないだろ? 使い方次第ではもっと化けると思うぞ」
老年の男はそう言いながら牢から出る。
その男は白髪でボサボサ頭、背は十二歳のユーマより少し大きいくらいであった。
「……本当に?」
「ああ。それよりもまずはここから出るかの。落ち着いたら『振動』についてもっと教えてやろう」
──幸いにも牢獄からはすんなりと出ることが出来た。全ての出入り口は開錠されており、リスタはユーマ達のことをとことん舐めていたことがわかる。
「あの偉そうな男が馬鹿で助かったのう。──それで、これからどこへ行くかの?」
「おっちゃんさえよかったら、俺の村にこないか? 田舎だけど、住み心地はいいぞ!」
「──ふむ。それもいいかの」
「よし、じゃあ行こう!!」
こうしてユーマ達は自己紹介や身の上話などをしつつ、ユーマの村へと向かった。
老年の男の名はタロウというようだ。『キョージュ』という職業で、物の『振動』について研究をしていたらしい。
しかし、ある日目が覚めたら何故か王都で倒れていたという。
そして警備兵に保護されるも、不審者として捕らえられたようであった。
☆
二人は木々が生い茂る深い森の中を進んでいた。そこはギリギリ馬車が通れるかどうかの狭い街道であった。
「おっちゃん! あそこが俺の村だ!」
「ほう。あれが……。随分と趣のある村だのう」
ユーマが指す先には辺境の村の入り口がみえていた。
そしてユーマが思わず駆け出しそうになった瞬間、翼の生えた異形が二匹、ユーマ達の脇をかわしものすごい速さで村へ向かって飛んでいく。
それは鷹のような上半身とライオンのような下半身を持つ異形であった。
「……あれは、魔物?? なぜこんなところに?」
異形は瞬く間に村へと到達した。
そして村を一周見回したのち、あろうことか村に向かって勢いよく火炎を吐きはじめた。
一軒一軒しらみつぶすかのように。
「──え!?」
遠目からその様子をみていたユーマは突然の事に硬直するも、即座に我に返り村へと駆け出した。
ユーマが村へ到着したころには、既に異形が去った後であった。
そして村全体が業火に包まれ、ユーマの記憶の中の村とは全くの別物となっていた。
建物が焼け焦げる匂いとともに、肉の灼けるような匂いが一帯に立ち込める。
村人であろうか、体に火が付いたまま水を求めてさまよっている者もいた。いずれの者も、その体は焼けただれ、元の姿がわからないほどになっている。
しかしユーマは脇目もふらず、自分の家があったと思われる場所へと急いだ。
そしてそこでユーマが見たものは燃え盛る業火に包まれた我が家であった。
「お父さん!! お母さん!!!」
ユーマは両親の名を叫びながら自宅へと駆け込む。
瞬間、喉が灼けるほどの熱気がユーマを襲う。
「っ……!」
それでもなおユーマは中へと押し進む。
徐々に崩落が進む中でユーマが見つけたのは、崩落した建物の梁に挟まれ、身動きが取れなくなっていた両親であった。
「ユー……マ……すま……ない」
「し……あわせ……に……生きて……くれ」
「おとうさん!!! おかあさん!!!」
ユーマは必死に呼びかけを続ける。
「もう……いきな……さい」
ユーマの父はそう言うと最後の力を振り絞り、ユーマを押し出した。
瞬間、両親の頭上からは火炎を纏った角材が降り注ぐ。
そして地響きと共に、火の粉が舞い飛ぶ。
ユーマが尻もちをついた頃には、ユーマの両親の姿は角材の下へ埋もれてしまった。
角材のすき間から出ている父親の手が、それが事実であると物語っている。
「うあぁああぁああああぁあぁあぁ!!!」
業火の中、ユーマの叫びだけが虚しく響き渡っていた。