花火大会 中編
「いきなりか……」
バスを降りた途端だった。
「お、裏切り者だ」
「どういうことだ」
暁人が偶然バス停の前を通りかかったところで降りてしまったらしい。
「にしても、そういう組み合わせか」
今日は暁人、隼人、真の三人。学校では見かけない珍しい組み合わせだった。
「なんだ……えっと……おめでとう?」
なんかよくわからない勘違いをしてそうな隼人がそう言う。
「俺たちの誘いを断ってということは……だな」
「え? 断ってたの?」
愛沙にバレた。
真が手を合わせて謝る動作をするがもはや後の祭りである。
「お前らの思うようなのではまだないからな」
一応そう言っておくが聞く耳持たずだった。
「そういうことにしといてやるよ」
「いま、まだ、って言ってたしな……」
「次に会うときには……」
それぞれなんか言っている。
「隼人たちは秋津とかといくもんだと思ってたわ」
「あいつは今からステージだからな」
真が答える。なるほど吹奏楽はそんな感じか。
「ちなみに加納は練習、東野はこっちも生徒会で見回りだとかで無理だったよ」
「そうなんだな」
で、愛沙はここと。
まあこの三人が並んでいたらむしろ逆に女の方から声をかけられそうなくらいだし、暁人もいることを考えるとこのまま三人でというつもりはないだろうな。
「ま、楽しめよ」
「新学期が楽しみだな」
それだけ言うと三人は人混みに消えていった。俺は新学期が怖くて仕方なくなったけどな……。
「そっか。誘われてたのね」
「一応、な」
ここであいつらと一緒の方が良かったかとは聞けない。もしそうだと言われたとき立ち直れる自信がないから。
「さて、もう見られたから逆になんか、吹っ切れた気もするな」
「そうね」
愛沙もふふっと笑っていた。
「私もちょっと、吹っ切れたかも」
「それは良かっ……た?」
え?
なんで抱きついてきた? いや違う抱きついてきたわけじゃない。腕に絡みついてきたんだ。
「ダメ……?」
「いや……えっと……」
なんだこれ。バクバクする。あれ、もしかしてこの感触……いやダメだやめよう考えちゃダメだ。
「ダメなら、離れるけど……」
「ダメじゃない!」
「……ふふっ」
思わずそう叫ぶと愛沙はより一層腕の力を強めてきた。そうなると当然、ふにゅんとした感触も増すわけだが……ダメだ、考えるな、感じろ! いやダメだそれはもっとダメだ。
「康貴?」
「ああ……」
「とりあえず屋台、いこっか」
「わかった」
なんとか最低限だけの返しをしながら、腕を組んだまま屋台の立ち並ぶ駅前の通りを歩き始めた。
◇
「見て! りんご飴!」
「買うか?」
「んー……一周してから!」
吹っ切れたと言った愛沙は強かった。どことなく幼さが見えるようになったが、腕にあたる感触も、綺麗な浴衣姿も、幼い雰囲気を相殺するには十分すぎた。
「康貴は何食べたい?」
「んー……焼き鳥とかうまそうだったな」
「良いかも!」
本当に楽しそうにお祭りをはしゃぐ愛沙だが、絡めた腕を離すことはない。
道行く人が愛沙に見惚れるのがわかるが、流石にここまでくっついているのを見て声をかけてくるようなのはいなそうだった。
「焼き鳥、あったよ!」
「一周してからじゃないのか?」
「これはいいの!」
手を引く愛沙に振り回されながら、結局見つけた端から買い込んでいく食い倒れツアーになった。最初は一周と言っていたのはなんだったんだ……。
「買い過ぎたな……」
「そうね……」
食べながら歩いていたが食べる量より買う量が多くなっていった結果、ついに屋台のおっちゃんが見るに見かねてビニール袋を渡してくれるにいたっていた。
ちなみに袋にはベビーカステラと綿菓子と焼きそばとたこ焼きが入っている。
そして愛沙の両手にはかき氷とチョコバナナ、俺の手にはりんご飴が握られていた。
「一つずついきましょう」
「そうだな……」
誰から片付けて行こうか。できたら手に持ってるのを……。
「はい」
「ん?」
愛沙からチョコバナナが差し出される。
俺は両手が塞がってるから当然口に向けて。
「これ食べないと、かき氷のスプーン持てない」
「ああ、そうか」
「あーん」
「ん……」
いや、ああそうかじゃない。スプーンが持てないのと食わされるのは違う。でももう口に入れてしまっていた。
「どう?」
「おいしい……」
チョコバナナに罪はない。
「ふふ。そっか」
そう言って自然な動作で俺が口をつけたチョコバナナを頬張る愛沙。
「ん? ふぉうしたの?」
「咥えたまま喋るな」
浴衣姿でチョコバナナを咥える愛沙の目にいつもの鋭さはない。本当に無邪気に楽しんでる様子だった。
「んっ!」
「なんだよ」
チョコバナナを食べ終えると今度はなぜか口を突き出してくる。いちいち妙な気持ちにさせられるので色々勘弁して欲しかった……。
「次はそれ!」
「ああ……」
りんご飴をじっと見て再び口をこちらにつきだす愛沙。手は空いたはずなのに全く使うつもりはないようだった。
「ほれ」
「んー!」
もうこうなったらこちらも意識してるのが馬鹿らしい。
美味しそうにりんご飴にかじりつく愛沙を見てそう思う。
いまの愛沙はまなみみたいなもん……いまの愛沙はまなみみたいなもん……よし。
なぜか必死に言い訳するように心の中で唱え続け、なんとか心の平静を保っていた。




