合宿三日目 後編
◆【愛沙視点】
「で、お姉ちゃん、ちゃんと誘ったの?」
「それは……」
康貴がトイレに行っている隙に耳打ちしてくるまなみの言葉に、何も返せなくなっていた。
「もー。なんのために二人にしたと思ってるのさー!」
「ごめんなさい……」
「ま、二人にしようと思ってしたんじゃないんだけど。気づいたら二人ともいなくなっててびっくりしたよ!」
まなみの様子を見ていると気を使って言ってる感じじゃないのが逆に心配になってしまう。姉として……。
「とにかくっ! あとはもうお姉ちゃん次第だよ!」
「うっ……」
わかってる。
この夏で、いやずっと前から、私の想いははっきりしている。
足りないのは覚悟と、勇気だった。
「頑張ってね」
「え? ちょっとまなみ⁉」
「えへへ。私はもうちょっと見たいところがあるから、二人でごゆっくりー!」
まったく……。
本当に、ダメな姉だ。ここまで妹に気を使わせてしまうなんて。
「頑張ろう……」
花火に誘うだけだ。
屋台もたくさん出るお祭り兼花火大会。
地元民にとっては夏の締めくくりになる一大イベントだった。地元の人間だけじゃなく、色んな所から人が来て駅も大混雑になるんだけど……。
「あんなに誘われたんだから……誘うのだって、いける、はず!」
自分に言い聞かせる。
誘ってくれた人も、こんな気持だったんだろうか。だったらちょっと、申し訳なくなる。
「断られたら……私は立ち直れないかもしれない」
だからここまで自分から何も誘えず、勢いに任せたり、まなみに頼ったりしてきた。
でも、花火大会は夏の最後のイベント。
「頑張らなきゃ……」
不安とプレッシャーに押しつぶされそうになる。
私今変な顔してないかな……。
でも助けてくれるまなみはもういない。
「どうしよう……」
振り絞った勇気がしぼみかけたところで、康貴戻ってきた。
「ごめん。待たせた……って、まなみは?」
「二回目ね……」
私のために気を使ってくれたとは言えずそう答えてしまう。
「はぁ……仕方ないか。しばらくまた二人だな」
そう言って笑いかけてくる康貴の、その何気ないその表情にもドキドキさせられてしまう。
ずるい……。私はいっぱいいっぱいなのに、そんな余裕綽々な表情で……。
そう思った瞬間、なぜか口をついて私はこんな事を言っていた。
「あのね、花火大会あるでしょ?」
「あー」
康貴は曖昧につぶやく。そのとぼけたような表情さえ、私の目にはかっこよくて、可愛くて……。
もうだめだ。好きなんだ、私は康貴を。
「予定、空いてる……?」
もしもう埋まっていたらどうしよう。
いつも康貴と一緒にいる滝沢くんとか、女の子も一緒に誘ってたりしたら……。
そうじゃなくてもしかして、後輩の子に誘われてたりしたら……。
色んな嫌な可能性が頭をよぎって、離れない。
康貴の答えが聞きたいのに、耳を閉ざしたくなる。
誰にも渡したくなかった。
康貴の答えは……。
「空いてる」
「良かった」
本当に。でもホッとしてる暇はない。
「まなみが行こうって言ってるのか?」
「違う……」
やっぱり康貴に私の覚悟は伝わってない。
頑張らないといけないのは、ここからだ。
「二人で、行かない?」
康貴が固まる。
この返事が、いちばん大事なところだ。
無限にも思える時間、康貴は黙って、そっぽを向いて、赤くなった頬をポリポリかきながらこう言う。
「良いのか?」
「良いから言ってるの!」
「お、おう……」
ついきつい返事をしちゃう。
でも今のは、康貴も悪いよね? そう思うと口が勝手に動いてしまう。
「で、どうなの? 行くの? 行かないのっ?」
「行く! 行くよ」
……やった。
「じゃ、じゃあ……細かい話はまた、その……」
「ああ……」
「あっ! お姉ちゃーん! 康にぃー!」
見計らったようにまなみが声をかけてくる。
ほんとにまなみには感謝してもしきれない。私、頑張ったよ、まなみ。
◇
「ほうほーう。二人で花火大会行くことになったんだねー!」
なんだかんだでまなみにもすぐにバレた、というか知っていたかのような態度だった。
「じゃあさ、お姉ちゃんの浴衣姿、見たくない……?」
愛沙を見ていたせいでその姿に浴衣姿が重なって見えた気がした。なんだこれ……無性にドキドキする。
花火大会、愛沙への誘いはそれはもうめちゃくちゃな数だったと思う。四月当初からわざわざその日を予約しようとする人間があとをたたなかったはずだ。
この地域の人間にとってはそのくらい、この花火大会は大きな意味を持つ。
「えへへー。良かったね、お姉ちゃん」
この場合間違いなく良かったのは俺のほうだろうけどな……。愛沙が数ある誘いをすべて断っていたのだけは知っている。
それがまさか、こんな形で自分に回ってくるとは思いもしていなかった。
「あ、康貴にぃ、ちゃんと浴衣持ってる?」
「ないかも……?」
「じゃあ当日までに買っておくように! せっかくお姉ちゃんが浴衣だから合わせないともったいないよ!」
「それは確かに……?」
浴衣か……。駅前のデパートなら売ってるか。
「いや、もういっそ今行こう! まだ時間あるよね⁉」
「今⁉」
「うんっ! いまなら私達が選べるし! ね?」
そう言って手を引くまなみ。
今日はまなみの行きたいところに付き合うつもりではあったけど、これはいいのか?
「行きましょ」
「そうか」
愛沙に確認してこの反応ということは、まなみが今一番行きたいのがそこなんだろう。
おとなしく二人、手を引くまなみについていった。
◇
「なんでもあるね―!」
地元の駅に戻ってデパートに入ると、時期に合わせてくれていたようで浴衣コーナーが設置されている。
まなみがはしゃいでいなくならないように二人がかりで抑えていた。
「にゃははー。だいじょぶだいじょぶ! 今は康にぃの優先!」
「なら良いけど……」
「んー、お姉ちゃんの浴衣って何色だったっけ」
「え? えっと……多分紺と……ピンクも入ってたかも?」
「そうだそうだ! じゃあそれに合うようにしないとねー」
女子は買い物が好きと言っていたが、自分のものでなくてもそうなのだろうか。
この様子を見るとそうなのかもしれないと思う。
「お姉ちゃん、これとかどう? 康にぃに似合いそう!」
「そうね。でもここ、こっちのほうがきれいかも」
「あ、いいねー!」
いつの間にかほとんど俺はそっちのけでいくつか候補が絞られていっていた。
まぁ見てても色の違い以外そんなにこだわりが生まれそうになかったので、候補が出てくるのはありがたかった。
「とりあえず康貴、これ、着てみて」
「俺浴衣の着付けとかできないぞ?」
そう言って立ち尽くしていると係のおばちゃんが見計らったように背後に現れる。
「お客さま、こちらでございます」
「え?」
「じゃ、できたら教えてね!」
試着室に連れて行かれる俺と相変わらずああでもないこうでもないと浴衣選びに夢中なまなみと愛沙。
「いいですね。両手に花で」
「あはは……」
「お客様は身長もありますしスラッとしてるので着せがいがありますね」
「いやあ……」
何を喋っていいかわからない。ただ向こうもプロなので喋りながらもあっという間に着付けを完了させていた。
「もともと男性の帯は結びやすいので、一人でもすぐできるようになりますよ」
「そうなのか」
「当日不安でしたらまたこちらにいらしていただければサービスさせていただきますし」
それはありがたいかもしれない。
なにはともあれ浴衣を身につけることはできたので愛沙たちを呼ぼうとしたが、すでにおばちゃんが二人に声をかけて連れてきてくれていた。
「かっこいい……」
愛沙から漏れた感想にドキッとさせられる。違うぞ、今のは浴衣に対していっただけだ。落ち着け俺。調子に乗るな。普段から数々のイケメンに言い寄られている愛沙が俺にその感想を抱くことはない。
よし、落ち着いた。
「やっぱり似合うね! 康貴にぃ!」
「落ち着いた色がいいわねやっぱり」
最初に着せられたのは黒をベースにしたシンプルなものだった。
良かった、金色で竜とか刺繍されてるデザインのものもあったけどそういうのじゃなくて。
「お客様ならこちらもいいかもしれませんね。ベースが落ち着いているので差し色で……」
「あ、帯だけこっちにすると……」
「いいねいいねー!」
おばちゃんも混ざって盛り上がってしまった。
結局その後五着くらい試着したが最初の黒の落ち着いたものを買った。
五着もやってもらう間になんとなく着付けも覚えられたことは良かったかもしれない。




