合宿二日目 中編
「これでいいよな?」
「うん……ええ……」
お札を崩して映画代を愛沙に渡す。
わざわざ崩した理由は愛沙がきっちり半分しか受け取ることがないからだ。
いつもなら少しでも多く出そうとすれば突き返されるんだが、今日はどこか上の空だった。これなら崩さず多めに渡してもばれなかったかもしれない。
「どうした?」
「うん……えっと……その、この後どうしよっか?」
チラチラ上目遣いでこちらを伺うものの頑なに目を合わせない愛沙。
やっぱり学校の人間に見られる可能性が高い場所では気になるんだろうか?
「んー、愛沙ってゲーセンよく来るか?」
「え? んー……莉香子となら」
「秋津か。なんか音ゲーやるって言ってたな」
「こないだはよくわからない洗濯機みたいな機械で腕が六本くらいないと出来なそうな譜面をやってたわね」
腕が六本……。
「音ゲーやるか?」
「えっと……」
歯切れが悪い。これは多分あれだ。まなみからなにか指示があったんだろう。
俺のところにも個別メッセージで色々送ってきてたからな……。
出来る男は車道側を歩かせない! とか、今日の夜ご飯のオススメはここ! デザートは必ずあーんすること! などだ。
愛沙の方はどうかと思っていたが……。
「あのね、プリクラ、撮らない?」
なるほど……そうきたか。
「ダメ……?」
黙っていたせいで愛沙が不安そうに服の裾を掴んできた。
「いや、ダメじゃないけど」
「よしっ!」
まなみからの指令を達成できることに安心したんだろうか。愛沙が小さくガッツポーズをしていた。
「あっ、これは……えっと違くて……あの……」
「わかってる。で、どっちだっけ?」
「こっち……」
プリクラコーナーといえば男性立ち入り禁止の聖域だ。もはやどこにあるかもよく知らない。
愛沙は目を合わせずに服の裾を引っ張って誘導し始めた。
「ここか……」
妙にピンクだし雰囲気からして男を寄せ付けないオーラがあった。前に立ってるだけで拒絶されているかのような錯覚に陥る。
「なんで固まってるの……」
「いや……なぁ?」
一応理屈だとわかるんだ。
男性のみの入場お断りとでかでかと書かれたプレートの下に、女性を含むグループやカップルを除くと書いてあることは。
「もしかして、入ったことない?」
「……ない」
「ふふ……そっか。うん……そっか」
そんな優越感でいつもの調子を取り戻さないで欲しかった。
「ここで立ってたら余計怪しいわよ?」
「そうだな……」
愛沙に手を引かれて恐る恐る足を踏み入れた。
「なんか色々あるんだな……」
「そうね。ほら、早く」
目の前にも同じような機械が置いてあるのにズンズン奥に引っ張られる。なにか俺にはわからない違いやこだわりがあるのだろう。
「んー」
ようやく足を止めた愛沙がいくつか足元を覗き込んでいった。
「ここ」
「ああ」
「早く入る!」
「あ、あぁ……」
固まってたら押し込まれるように中に入れられた。
俺が財布に触れる暇もなくテキパキと画面を進めていく愛沙。
「どれがいい? 背景」
「え、どれがいいんだ……?」
「とりあえずこれと、これと、ほら! 早く押さないと終わっちゃう!」
「え⁉ はやくないか⁉」
こういうのを見ると愛沙も女子なんだなと改めて認識させられる。いや間違いなく女子なんだが、こう、普段はお姉ちゃんとしての愛沙や家族みたいな愛沙という認識が強いんだなというのを実感させられた。
「もう! じゃあこれで!」
「ああ」
機械から笑ってー! と指示が飛んだ。
「え? もう撮るのか⁉」
「そうよ! ほらちゃんとカメラ見て!」
「カメラどこ⁉」
「あっち!」
こーんなかんじ、と表示された画面には、俺の方を見てカメラを指差す愛沙と何故か下の方に目を彷徨わせた俺がいた。
なるほど、画面を見てるとこうなるのか。
──次は二人で可愛いポーズ!
「え、どんなポーズだ⁉」
「ふふっ……ほんとに初めてなのね」
「言っただろ⁉ え、もうカウントダウンしてる!」
カシャと音が鳴り表示された画面には口を開けたまぬけな男としっかり微笑んだ美少女がいた。
「次はちゃんと写る……!」
「はいはい」
そう決意して臨んだというのに想定外の指示が飛んできた。
──変顔!
「え、変顔⁉」
「あははっ!」
戸惑っていたらよくわからないポーズで何故か横を向いた俺と吹き出した愛沙が画面に収められていた。
「ほらほら、次もあるわ!」
「次こそ!」
──全身で! ぎゅーってくっついて、仲の良さをアピールしてね!三、二
「ぎゅーっ⁉」
「もう……こうするの」
「え」
──一 こーんなかんじ
そこには目を瞑って顔を逸らしながらもしっかり俺に抱きつく愛沙と、やはり間抜けに口を開けて茫然とする俺が写っていた。
◇
「疲れた……」
「ふふ。お疲れ様」
終始余裕のある愛沙に笑われながらなんとか撮影を終え、休む間もなく落書きコーナーでまたよくわからない作業をさせられ、ようやく自分のアドレスを打ち込むところまで終わったところだった。
「あとはもう待つだけで良いんだよな?」
「そうね。もう一枚とる?」
「え……」
「あはは。冗談だからそんな絶望的な表情しないで」
笑いながら愛沙が言う。こんな屈託無くお腹を押さえるようにしてまで笑う愛沙を見たのは久しぶりな気がした。
「あ、出来た。あとはこれを切ったら──」
そう。プリクラの相手に必死過ぎて、あるいは愛沙との時間が楽し過ぎてだろうか。
すっかり忘れていた。ここが駅前だということを。
「あれ? 愛沙?」
まぁ、いるよな……知り合い。
この駅は周辺一帯全てからアクセスがいい。ある程度住んでる場所が離れていても休日はここまで出てくる生徒が多いという便利な駅だった。
「藍子……?」
声をかけてきたのは委員長の東野。俺を見てしまった、という顔をしているところを見ると、愛沙だけを見つけて声をかけたんだろうな。
まさか一緒にいるのが俺とは思わなかった様子だ。
「えっと……邪魔してごめん?」
「なにがよ」
東野が目で謝ってきていた。いや別にいいんだけど、周りのメンバーに見覚えがあるようでないという不思議な感覚の方が気になる。
クラスメイトではないが、どこかで見たことが……。
「ふーん、お友達?」
「はい。クラスの」
「こんにちは」
どこで見たかわかった。全校集会だ。
目の前に立つとふわりとウェーブのかかった髪が揺れて隠れていた目元が見える。一見ただのおっとりしたお姉さんだがこの人も愛沙やまなみと同じ、学年を跨いだ有名人。壇上で喋る姿は堂々たるもので最近だと校長先生より喋るのが上手いとか言われているくらい。
「はじめまして。一応生徒会長をやってるんだけど……で、あっちが書記、あっちが庶務」
下級生っぽい二人がペコリと頭を下げた。
「はじめまして、会長さん」
「はじめまして……」
生徒会の中でも女子だけで集まったというところだろうか。全員整った顔立ちなのは人柄をろくに知らない学年を跨いだ相手に投票せざるを得ない選挙システムのせいだろうか。
「あはは……ごめんね? でもいよいよ付き合ったんだねー! また話聞かせてね!」
「いや、俺たちは別に……」
修正しようとした俺の言葉は会長の言葉に遮られる。
「お似合いのカップルね。まるで長年連れ添ってきたみたいな」
完全に誤解されてしまった。
なんとかしようと口を開くも今度は東野が気を利かせたように早口で捲し立てた。
「あ、会長。この二人は幼馴染で……あ、ごめんねー! また今度ー!」
そのまま会長の背を押して移動する東野。
二人の下級生もペコリと頭を下げて去っていった。
結局誤解を解くことはできず、嵐のように過ぎ去る四人をただ見送るしか出来なかった。
「あー……悪い。あとで東野に言っといてくれるか?」
幸い生徒会の人間たちがわざわざ言いふらすようなことは無いだろうから、東野だけ勘違いを訂正すればいい。
と思ったが愛沙はぼーっとしていて反応がない。
「愛沙……?」
「お似合い……カップル……」
「愛沙?」
「あ、ごめんなさい。何かしら」
「……いや、プリクラ、切ろうか」
東野には俺からいっても良いだろう。
「そうね」
「これ、どうやって使うのが正解なんだ……?」
「別に何かに貼ったりしないで持っていることが多いかも?」
「そうなのか」
「うん……」
そう言ってなぜか愛沙は半分に分かれたそれを大事そうに胸の前で抱えた。
その様子がなぜか、すごく可愛く見えていることに、いよいよ覚悟を決める必要を感じながら愛沙を眺めていた。




