後編
帝国に攫われて5年の月日が流れた。
私は選択出来る未来を慎重に選び、第一皇子の敵を排除しついに皇帝の座へと導いた。
選民思想の強い第一皇子は生まれによる差別を重視し、有能な部下を中枢から追い出した。
結果、まともな政治を行う事は出来るはずもなく皇帝となったイルシュタインはやりたい放題。
今は私に手を出すことは無いが、毎日毎晩酒池肉林に溺れている。
周りの貴族達は宰相も皇帝に取り入ることしか頭に無い。
カインが先頭となり発足した反乱軍は地方から賛同するまともな貴族や民間兵が加わりどんどん大きくなった。
カイン自らも常に戦場では先頭に立ち、帝国兵を次々と撃ち破る姿は味方の反乱軍から英雄としてカリスマを発揮している。
返り血で染められたような赤い鎧と、雄叫びを上げ狂った様に大剣を片手で振り回すその姿は帝国兵から狂戦士と呼ばれ畏れられている。
私はカインの手助けになる様に反乱軍が後に有利になるように未来を選び続けた。
帝国の政治を陰で纏める私は帝国の魔女、中央の悪女などと呼ばれているらしい。
これでいい。
一年前から私には未来が視えなくなった。
きっとカインが王になる時、私は処刑されるか、その前に殺されるのだろう。
愛する人を裏切り腐敗した帝国の象徴たる私は帝国とともにやっと死ねるのだ。
醜い帝国の豚の腕の中で、カインの妻だったティアナは死んだ。
間もなく結婚式からちょうど5年。
その日、帝国は反乱軍に敗れ亡びる。
私はずっと待ち焦がれている。
貴方の手で殺されることを………
sideカイン
俺達、反乱軍は簡単に皇都を制圧した。
民衆は次々と反乱軍に加わり圧倒的な人数で中央へ向かう。
兵士は簡単に寝返り、抵抗する貴族は容赦なく切り伏せた。
皇城の地下牢にそいつは居た。
ずっと探していた。
ここに居るという情報は前から掴んでいた。
随分と痩せて弱っているようだったが決して忘れはしない。
ティアナをさらったクソ貴族。
「久しぶりだな」
ビクビクしながらそいつは俺の顔を伺っている。
「………反乱軍の…狂戦士様か?」
この国では珍しい黒髪黒目の反乱軍のリーダー。
狂ったように敵を斬り殺す姿からそう呼ばれるようになった。
見た目ですぐに分かる様に紅い鎧で暴れ回った。
だから、こいつも俺をそう呼んだのだろう。
「そうだ。そして貴様に妻を奪われた男だよ、ウェンブリー」
ウェンブリーが覗き込むようにして鉄格子の間から顔を出してきた。
生気のない顔でブツブツと何かを呟いていると、突然嬉しそうに口角を歪めた。
「あの時の小僧かっ!あの女は!ティアナは良かったぞ!!俺は何度も何度も涙を流すあの女を抱いた!!
お前には勿体ない良い女だった!!」
俺は一瞬で剣を抜き鉄格子に掛けていたウェンブリーの汚い指を切り落とした。
「ぎゃっ!」
後ろへ飛び退くウェンブリー。
俺は鍵を開けて牢屋の中へ入った。
ウェンブリーの下腹部を思い切り蹴りあげた。
「ひぎゃっ!」
苦しそうに悶えるウェンブリーの胸を足蹴にして仰向けにして足で動けない様にする。
ウェンブリーのズボンを脱がして象徴を切り落とした。
「っっあああっっ!!!」
「血止めだけしておけ。3日後生きていたら処刑する」
「はっ!」
後ろに控えていた部下に命令して、俺は地下牢を後にした。
sideティアナ
「貴様が帝国の魔女だな!」
私は王の間で反乱軍を待っていた。
数十人に剣を突き付けられ私は床に押さえ付けられている。
カインはあの時こんなに苦しかったのだ。
なのに私を助けようとしてくれた。
呼吸が苦しくて身体も痛くて、でもあの時のカインの気持ちに触れられた様で胸がいっぱいになった。
もうすぐだ。
私の穢れた生命がやっと終われる。
「カインさん!」
「リーダー!」
「こいつが帝国の魔女です!」
カインの名を訊いた私は肩を竦ませた。
今、顔を上げたらカインがいる。
未来視で何度も視た成長して男らしくなったカインが。
生身で視るのは5年ぶりだ。
愛おしいカイン。
彼はここに居る女が私だと知らないだろう。
吃驚して私を罵るかな。
それとも少しだけでも喜んでくれるかな。
ダメよ。
私はカインを裏切った。
呪われて当然なのだ。
顔が見たい。
でも怖い。
カインであろう足音が近付いてくる。
貴方に恨まれて殺されるなら、私は幸せでしょう。
「そうか………離してやれ」
カインの声だ。
「なっ!」
「帝国の魔女ですよ!?」
「何をするか分かりませんよ!?」
「肩が外れた女に何が出来る?」
反乱軍の方々の意見をカインが制した。
ああ、本当にリーダーなのだ。
苦労しただろう。
何度も何度も死線を潜り抜け強くなたったんだろう。
「俺が話を訊く。
お前らは隠れたやつが居ないか確認しろ」
「「「「はっ!」」」」
語気を強めたカインに従って反乱軍の皆さんが部屋から出ていった。
解放された私は確かに右肩が外れている事に気付いた。
立ち上がろうとしたが、片腕では支え切れず倒れそうになる。
顔が床に激突する寸前、私は力強く抱えあげられた。
ハッとして顔を上げるとそこには私がずっと待ち焦がれていたカインがいた。
あの時は15歳。
大人になった。
男らしくなったカインがいた。
私が愛する人が、いた。
零れ落ちる涙に気付いて顔を背けた。
私は会う資格は無いのだ。
裏切った私は………
「5年ぶり……だな、ティアナ」
「そう………5年ぶりねカイン」
顔が見れない。
どんな顔で私の名を呼んだのだろうか。
恨まれることは覚悟していた。
憎まれる事は覚悟していた。
嫌われる事は覚悟していた。
なのに怖くて見れない。
私はなんて狡いのだろう。
指先の震えが止まらない。
「ティアナ……」
カインの声。
私の名を呼ぶ声。
どうせならば私を憎む顔を見る前に殺して欲しいと願った。
カインの手が私の頬に触れる。
そのまま顎まで撫でるように触れて私の顔をカインに向けられた。
恐怖のあまり私は眼を瞑ってしまった。
「……顔を…瞳を見せてくれ、ティアナ」
それは優しい声だった。
5年前まで私が何度も聴いた大好きな優しいカインの声だった。
ゆっくりと瞳を開けると、私を愛してくれたカインがいた。
「5年も待たせてすまなかった……」
予想もしていなかった謝罪。
私は何度も頭を横に振る。
「違う!私は貴方を…カインを裏切った!」
涙が止めどなく溢れてしまう。
「私はっ……何度も穢されっ」
「大丈夫だ」
カインは私の言葉を遮って抱き締めてくれた。
私は言葉を続ける事が出来なかった。
「精霊が…全部教えてくれた」
「せいれい…?」
「俺はティアナを奪った帝国が許せなくて、ティアナを守れなかった自分が許せなくて怒りに取り憑かれた」
「……狂戦士」
「そうだ。狂ったように帝国と戦った。怒りをぶつけて帝国の連中を殺した」
「……」
「ある時、俺の怒りに同調した精霊が力を与えてくれている事を知った。その精霊はお前を守るはずの精霊だったんだよ」
「私を………?」
「そうだ。ティアナが攫われてから、心を閉ざした後。力を貸したくても心を閉じたティアナは精霊の存在を気付けないから助ける事が出来ない。だから、俺に力を貸してくれたんだ」
「……そんな事が……」
私が心を閉ざさなければ、もしかしたら精霊の力を借りてカインの元へ帰れたのだろうか?
でも、あの頃視た未来にはそんな未来は無かった。
分からない。
「そのおかげでティアナが反乱軍の為、帝国が内部から弱体化するように動いていた事も知っている。精霊が教えてくれたんだ」
私は驚嘆した。
私のしていた事をカインが知っているなんて夢にも思わなかったから。
「だから、安心してくれ。この事は反乱軍の幹部はみんな知っている。帝国の中枢に強力な協力者がいる事を。お前は帝国の魔女なんかじゃない。本当の英雄…いや、聖女だ」
なんという事だろう。
私は帝国と共に死ぬつもりだった。
カインに恨まれて死ぬつもりだったのだ。
なのに。
なのに私は死ぬ必要が無いと……
カインには恨まれていないと……
涙で視界がぼやける。
「ああ、カイン…」
私が自由に動かせる左手でカインの頬に触れる。
「愛しているティアナ」
カインの言葉は私がもう二度と聴くことが出来ないと思っていた言葉だった。
「ずっと…愛しているわカイン……」
私は抑えていた想いを伝えた。
私は愛するカインと唇を重ねた。
外れた肩はカインが戻してくれたがまだ自由に動かすことは出来ない。
カインに支えられたまま移動したのは後宮の隠れ家。
そこには若き皇帝イルシュタインが青い顔で震えていた。
「貴様ら!俺は皇帝だぞ!!助けるのだ!」
イルシュタインは私の顔を見るなり顔色を変えて勝ち誇った様に口角をあげた。
「おお!ティアナよ、俺を助けに来たか!助けてくれたら俺の正妃にしてやろう!!毎晩俺の隣にいることを許してやろう!!」
カインは私の肩を抱き寄せて片手で大剣を振り下ろした。
切っ先が鼻頭を掠めて床にめり込んでいる。
「帝国は亡びた。ティアナと俺たちの手でな。てめぇはただの罪人だ」
私が聞いたことも無いカインの冷たい声。
「ふがぁ!」
割れた鼻頭を押さえながらイルシュタインは下半身を濡らした。
「陛下」
私は一歩前へ歩み寄る。
イルシュタインは涙を流しながら私を見ていた。
「私はあなたにはなんの感情もありません。恨みも憎しみも……
ただ、あなたへの奉仕は地獄以外の何者でもなく、ドブネズミにキスする方が100倍マシでした」
「ふぐっ!」
「帝国の最後です。最後の皇帝らしく長く苦しめられた民衆の恨みを憎しみを全身で受け止めて下さい」
私がそう言うとイルシュタインは口から泡を吹きながら気を失った。
イルシュタインはバルコニーまで連れ出され、民衆の目の前カインの手で斬首となった。
この瞬間、グルヴァリエ帝国は滅亡した。
《………ナ……ティアナ》
カインの宿舎で眠っていると私を呼ぶ声に気付いた。
今夜はカインは後処理で遅くなるから、私一人しか居ないはずだ。
眼を開けると枕の上に小さな男の子が立っていた。
物理的に小さい掌サイズの男の子。
よく見れば薄らと光る羽根が背中に生えている。
「………可愛い…」
夢見心地の私は指先で撫でるように男の子に触れた。
《やっと僕を見てくれたね》
「…やっと?君は誰?」
男の子は嬉しそうに私の指にキスをした。
《僕は聖女を見守る精霊さ》
「せい…れい…」
《カインから聞いてない?》
「…聞いたわ。あなたがカインを助けてくれたのね。ありがとう」
《違うよ。僕が彼に助けて貰ったんだ》
精霊はごめんね、と悲しそうに私の指先を両手で掴んでいる。
《本来は聖女である君の傍に居なきゃいけなかった。
でも君が心を閉ざした時に僕の声が届かないから助けられなかった。
仕方なく助けを求めてカインの所へ行ったんだ》
「あなたは私を助けようとカインの所へ行ってくれたのね。
だったら私は謝罪されるのではなくあなたに感謝するべきだわ」
《ふふふ。君はやっぱり穢れなき魂を持った聖女だね》
精霊の言葉に私は心が重く感じた。
「私は心も身体も穢されたわ。魂もきっともう穢れているわ」
《そんなことはないさ。君は愛を貫いた。
傷ついても倒れても愛するカインのために、この国に囚われた人々の未来のためにその力を使った。それは誇るべきさ》
「…あり、がとう」
《でもね、力を使い過ぎた君はもう、聖女としての役割は終わり。
このあとは普通の女性として生きるんだ》
普通の女性として。
許されるのだろうか。
カインは赦してくれたが、ひとつの国を滅ぼしたのだ。
その中で罪なき人も亡くなっただろう。
私はいつの間にか涙が溢れていた。
《僕が赦すよ。そして君にささやかな祝福を》
精霊は慈愛に満ちた微笑みを浮かべもう一度私の指先にキスして眩い光となった。
光の中で、泥沼に浸かった様に重くなっていた心が、晴れやかな草原に解き放たれた様に軽くなった気がした。
その後、私の未来視とは違いカインは王にはならず、この国は民主国家となる。
政治には関わらず軍務にだけ協力したカインは数年の後に引退。
生まれ故郷へと帰った。
私はその後も未来を視る事は無かった。
その力が何だったのか、精霊とは何だったのか、聖女とは一体何だったのかはよく分からない。
唯一分かっているのは、私とカインは故郷で三人の子供を儲けいつまでも幸せだったという事。
最後までありがとうございました。
夢の中で見た物語に付け足ししながら書きました。