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Silver Sorcerer  作者: 土方あしこし
出会い
11/15

<1>

満月の夜の翌日、一行は次の街に向けて出立していた。

首都セオドルからだいぶ離れてきたことにより、街道の整備がされていないところが徐々に増えてきた。

拳ほどの石をひきつめて平らにしている道のところどころに雑草が生えていたり、陥没しているところがある。

だが、一行はそのことを気にするより、もっと他の事に気をまわしていた。


「イヴンさん、見てください。

黄色い鳥さんです!

かわいらしいですね♪」


淡いオレンジ色のワンピースを着込んだテオティが、前方の空を指差しながら隣にいるイヴンに声をかける。

彼もそれに答える。


「えぇ、綺麗な鳥ですね。

ここに呼んでみましょうか?」


「まぁ!どのようにですか♪」


テオティがわくわくした瞳をむけてきたので、イヴンはニコっと笑って繋いでいた手を解き、人差し指を上に立ててくるっと回した。

すると、その人差し指の周りに一瞬白い魔法陣が現れ、ふわっと風が吹いてから、鳥が旋回してイヴンの腕にとまった。

その鳥は、手のひらサイズの大きさでしかない。


「イヴンさんすごいです!

鳥さんも、近くで見るとますます可愛いです♪」


彼女はそう言って、鳥の背中を指で撫でた。


「喜んでいただけて、なによりです」


「ありがとうございます。イヴンさん♪」


二人はまた手を繋いで歩き出した。

そして、それを見ていた輩が、仕えている身にも関わらず、主人を指差して小声で叫びだす。


「『ありがとうございますぅ。イヴンさぁん♪』って、なんだあれー!

ゼノンさんあれ見てください!!

なんですかあれ!

あれ、あれでなんですか!?」


上司の肩を掴んでガクガク振っているのは、ビルマ。

そんな部下を冷たくあしらうのは、もちろんゼノン。

肩に置かれた手を払う。


「最後の方、言っていることがおかしいぞビルマ。

テオティ様とシャリオン殿がたわいもない会話をしておられるだけではないか」


「『おられるだけ』ってなんですか!?あれ、異常ですよ!

にこにこ笑いあっちゃって、いい感じじゃないですか!

今までギスギスしてたのに」


ビルマには驚くべきことだった。

一夜にして二人が仲良くなっているのだから。


「からかうんじゃないですよ」


足を進めて、横目で部下を見やる。


「それは無理ってもんですよ!

イヴンさんの反応、いちいち過剰でおもしろいんですもん。いでっ」


「支障をきたさないように」


何に対しての言葉なのか、ゼノンは慎重にそう告げた。


「・・・りょーかい★

これで俺の役割も半分終わったようなもんだ。よかったよかった。

なぁ、ネコちゃん☆」


ビルマはクスクス笑い、頭上に『?』マークを浮かばせたメアリの頭をなでた。



日が完全に沈んだ頃、イヴンたちは次の村についた。

昨日泊まったところより、また一段と小さな村で、既に人影は見受けられなかった。

皆、夕飯の時刻なのだろう。

家々の小さな煙突から白い煙が上がっている。

が、人以外ならいた。


「イヴン。わんちゃんがいる♪」


メアリが村の入り口で『それ』を見つけて、走り寄る。

入り口には、大型の茶色い犬がいた。

礼儀正しくお座りして、村の外に体を向けている。

飼い主らしき人物は辺りにおらず、毛並みがいいのに首輪もされていない異様な犬だ。

綺麗にお座りしている時点で野良ではない。

犬は、メアリに頭を撫でられると、プイっと横を向いた。

そして、イヴンはその時、犬と目が合って驚いた表情をされた。気のせいではない。

本当に驚いているのだ、この犬は。


「ゼノンさん。この子・・・」


ただの犬ではない。本来は・・・。


「厄介事に巻き込まれてしまったようですね。

ですが、私たちにはどうにもできません。

行きましょう」


ゼノンは、あまり考える様子を見せずに、足早に村に入っていってしまった。

なんとなく避けているような感じもしたが、気のせいだろう。

イヴンは、犬が気になったが、ゼノンが早々に宿の前に移動してしまったので、黙ってついていった。



「ないな」


イヴンは、そう呟き、開いていた分厚い本を閉じて机の上に置き、新たな本をカバンから取り出した。

街に入ってすぐに、一行は宿に向かい、すでに夕飯を済ませて、現在それぞれ自室でくつろいでいる。

時刻は、夜9時。

夕飯は7時頃に済んでいるため、メアリはとっくにベットに潜り込み、テオティはその寝顔でも隣で見ていることだろう。

イヴンはというと、夕食後、風呂に入り、明日の準備を整えてから、自室にて、カバンの中に入れてきた本を読みあさっていた。

あさっていると言っても、むやみやたらと持ち合わせの本を全て読んでいるわけではない。

『呪術』という分野の本だけを抜擢して目を通している。

数分後、イヴンは最後の本を机に置き、目頭を押さえて、椅子の背もたれにぐったりと寄り掛かった。


「力になれないかな」


脳裏に浮かぶのは、街の入り口で出会った大型犬。

イヴンは、あの犬の力になりたくて延々と本を読んでいたのだ。

呪術=呪い。

イヴンが見たとき、犬には呪いがかかっていた。それを解いてあげたい。

別に、助けを求められてもいないのに、困った人を見捨てることができず、つい一生懸命になってしまうのは、イヴンの良いような、悪い癖だ。

いつもなら『この、お人好し!!』と、止めに入る人物がいるのだが、生憎今は一人。

呪いを解く方法がわかるまで諦めないだろう。

しかし、明日からの旅に支障をきたすわけにもいかず、イヴンはしばし休むことにした。


「外に行こう」


目を瞑ると、そのまま眠ってしまいそうなので、外を散歩して気分をすっきりさせようと、部屋を後にする。

この日は、雲一つない夜空で、イヴンは月明かりに照らされながらゆっくりと宿の裏側にある小さな丘に登った。


「星がよく見える」


芝生の上で仰向けになって、夜空に包まれているかのような心地良い感覚に浸る。

しかし、こうして休憩している今でも、無意識に頭の中で呪いを解く方式を幾度と組み立てては答えが見つからず、軽く落ち込む。

まずは、休憩をして頭をすっきりさせなければ答えもでてきやしない。


『姫様もここにお連れしようか』


イヴンは、彼女との会話で今の流れを中断させることを考え、仰向けの状態から上半身を起こした。

その時だ・・・


ザワッ!


「!!」


自身を取り巻く大気がいっきにざわめきだし、肌がビリビリする。

無風が緊迫感をかもし出す。

イヴンはすぐに立ち上がって、宿の屋根まで飛び、あたりを見回した。

この大気の変化は、悪魔の殺気が高まってる時に稀に起こるもので、普段めったに感じることはない。

悪魔同士の縄張り争いならいいが、胸騒ぎがする。

肉眼で周りを見渡すかぎり悪魔の姿はどこにも見当たらず、街一つ分ほど離れているところでこの殺気が起こっていることが知れた。

それにしても、とイヴンは眉間にしわを寄せて、微かな異変を感じ取る。今の状態は、殺気が異様に高すぎる上に、何か違う気配が混ざっている。

しかも、その小さな気配は徐々に消えていっているではないか。

考えられる状況は一つ。


「複数の人間が、悪魔のテリトリーに入ったのか!」

高すぎる殺気は、悪魔がテリトリーを人間に荒らされた証拠であり、数が多いことを示している。

そして小さく、徐々に気配が絶たれようとしているのは、力のない人間のものだ。

悪魔はフォルグド上空に居城をかまえているが、地上にも複数のテリトリーを作っており、そこに足を踏み入れた人間は死が確定する。


『早く助けないと』


イヴンは即座に何もない空間から黒守岩の双剣を手元に出し、気配のする方へ足を向け・・・立ち止まった。

もし万が一、助けに行った自分が死んでしまったらどうなるだろう。

急にその不安が胸に渦巻き、前に進めなくなってしまったのだ。

テオティとの約束は?メアリは?師匠の声は?魔本封印は?

やらなければいけないことが沢山ある。

だが、ポツリポツリと気配が消えていっている中、一人でも助けることができるなら、駆けつけてあげたい。

双方の想いが胸の中で交差する。

イヴンはギュっと双剣を握り締め、足元に魔法陣を発動させると、もう一人の自分を作り出し双剣を手渡した。

コピーはすぐさま白いローブを翻し、素早い走りで気配のする闇の中へ消えていく。自身の半分の力しか発揮することができないコピーだが、何もしないよりはましだ。

イヴン本体は、コピーの帰りを待つために屋根の上に留まることにした。




コピーイヴンは、自身の中で最も足の早くなる魔法を駆使し、数分でその現場へ駆けつけ、崖の上に躍り出た。

両脇を崖に挟まれたその場所は、黄土色の土地が広がり、崖沿いにだけ草木が生えている。

イヴンは崖の上からその黄土色の地面を見下ろし、想像以上の悪魔の多さに目を見張った。

悪魔の姿によってほぼ地面が埋め尽くされ、その悪魔達が草木を倒しながら、凄まじい轟音を上げて移動していく。

その先頭には、人型悪魔が一匹おり、さらに前には赤い髪の少女が魔法を駆使して全速力で逃げている。


「あれじゃ、すぐに追いつかれる」


少女と人型悪魔の間は、徐々に迫り、あと少しで手が届いてしまう。

他に人間はいないのかと、黒い悪魔の集団の方に意識を集中させたが、時既に遅し。生き残りは彼女だけ。


「っ、助けなきゃ」


イヴンは、助けられなかった人々のことを想い胸を痛めながらも、助ける人物を少女一人に定めて崖から飛び降りた。


「赤いの待てゴラァ!!」


人型悪魔が超人的な速さで自分に追いつこうとしている。

あと10メートル


5メートル


赤髪の少女は、後悔していた。

魔法学校を一年で中退なんてせず、きちんと学んでいればこんな状況でも悪魔から逃げられたかもしれない。

たった一年ぽっちの魔法の知識じゃ、これ以上足を早くすることも、別の場所に移動することもできやしないし、助けも呼べない。

こんなことなら、彼の忠告を聞いて村でおとなしくしていればよかった。

最後に一人ぼっちはいやだし、何より彼に会えなくなることが悲しい。

まだ呪いも解けていない。


「ソイルっ・・・のバカ!

バカバカバカ!!

助けにきなさいよー!」


なぜか思っていることとは反対な言葉がでるし、涙で視界がかすんでくる。

悪魔に食べられる最後なんて嫌だ。


「もう少し走れますか?」


「もうすぐ限界だって・・・へ!!!?」


ふと穏やかな声がかかったかと思ったら、右側には、白い髪の人物がいた。「いやぁぁぁぁぁぁ!!」


「え、ちょっと!

止まらないでください!」


悪魔を追い越し、赤い髪の少女に近づいて声をかけたイヴンだったが、その彼女が急に顔面蒼白になり、足を止めてしまった。

イヴンは、とっさに手をつかんで、彼女を連れて走り出す。


「いや!離してぇぇぇ!

私なんか食べてもおいしくないから!お願い!!

ソイル!ソイルー!!」


ソイルって誰だ。

彼女はイヴンを悪魔だと勘違いしているらしく、つかまれた手を引き剥がそうと必死になっている。

おそらく、月明かりのせいで銀髪が白髪に見えているのだろう。

だから月明かりは嫌なんだ・・・とイヴンは内心息をつく。


「落ち着いてください。

私は、イヴン=シャリオンです。

あなたを助けたい」


自分の名前は、良くも悪くも悪魔のせいで全世界に知れ渡っている。

『魔法貴族の末裔』または『悪魔に命乞いした少年』、最近では『魔本保持者』として記憶されているだろう。

・・・こう考えると、名乗ったほうが彼女に怖がられるかもしれない。案の定、彼女はイヴンの顔を凝視すると、さらに混乱して騒ぎ出した。


「イヴン=シャリオン!?

嘘!えっ!?

魔法貴族の!?本物!?

サイン!

じゃない、魔本に!」


先ほどよりも騒ぎ方が激しく、引き剥がす力を緩めようとはしない。

だが、今の台詞を聞く限り、『魔法貴族』のイヴンは嫌われていないように聞こえる。

やはり、魔本を恐れているのだろう。

イヴンは、彼女の不安を取り除くべく、根気強く語りかけた。

追いかけてくる人型悪魔は、イヴンが速度を上げたことで、まだ追い付かない。


「大丈夫、これはコピー体です。

魔本には、オリジナルに触れない限り吸収されませんし、魔本にあなたを入れようなんて、少しも思っていません」


「で、でも・・・」


彼女は動揺の色を見せ、少し手の力を緩めた。

しかし、まだ信用できないらしい。


「あなたの速度のままだと、すぐに悪魔に捕まってしまいます。

だから、どうか手を離さないでください」


イヴンが重ねて切実にそう願うと、彼女はおそるおそる引き剥がそうとしていた手をどけ、おとなしくひっぱられる形で走りはじめた。


「信じてくださったこと、感謝します」


イヴンが礼を述べ、笑みを作ると、彼女も微かにだがつられて笑みを作った。

しかし、その笑みもすぐに消えた。


「テメェ、銀の髪に片腕!

『イヴン=シャリオン』だな!!

テメェもぶっ殺してやる!」


後ろを低空飛行で追いかけてくる人型悪魔が、いきなり現れた人物をイヴンであると判別し、騒々しい声をあげてきたのだ。彼女はそれに怯え、震え出してしまった。


「怖がらなくても大丈夫。私が片付けます」


強く手を握り、彼女を落ち着かせようとするイヴン。

すると、彼女が手を握り返してきた。


「あ、あの。

後ろに傭兵達がいるはずなんです。

その人たちも助けてもらえませんか?」


ここにくるまでに感じていた微弱な反応は、その傭兵達のものだったようだ。

だが、彼女を助ける前に確認した時には、既に彼らの生命反応は感じ取れなかった。


「残念ですが、もう気配を感じ取れません」


「うそっ」


「気をしっかりもってください」


イヴンはそう言うと、後ろをチラッと見て悪魔の数を確認してから、再び前に向き直った。


『そろそろ悪魔を一掃しないと、彼女の足が過度の魔法についていけなくなる』


「私は一度ここを離れますが、あなたはこのまま走り続けてください。

決して止まってはいけませんよ」


「え?うそっ、もっと速くなるの!?

って、本当に置いてかないでぇ!!」


イヴンは彼女の返事も聞かずに、さらに速度を上げ、悪魔との距離をとったところで後ろに向き直る。

そして、長い呪文を紡ぎ、上級魔法の使用体制に入った。

足元に出現させた魔法陣は徐々に青白い光を増し、発生する風によってイヴンの白いローブがはためきはじめる。


「え?何?

私がいるのに攻撃するの!?」

前方で呪文を唱え始めたイヴンを見て、彼女は自分も巻き込んで悪魔を一掃するのではないかと心配になった。

そして、決して止めるなと言われた足を一瞬止めかけてしまった。


「止まってはいけません!!」


「っ!!」


イヴンの一括にビビリ、彼女は半泣きの状態で足を動かした。

その数秒後、イヴンの横を通り過ぎた瞬間に、後ろにものすごい熱気を感じると共に、炎が悪魔達を焼き尽くす轟音が聞こえてきた。


怖い!!


だが、うずくまっている時間はなく、すぐに後ろから誰かに抱えられることになった。


「失礼っ」


「きゃあ!」


イヴンは、片手で彼女を抱えて、素早く崖の上へと移動した。

「こ、こわっ、こ・・・」


人型悪魔も炎に包まれるのを確認してから彼女を崖の上におろすと、ひどく震え、ガクッと座りこんでしまった。

おそらく「怖かった」と言いたいのだろう。


「すみません。

あなたという目標がいなければ悪魔が散らばる可能性があり、追随を避けるため広範囲の魔法を使用しました。

怖がらせてしまい、本当に申し訳ありません」


彼女が一人で走ってくれたおかげで、悪魔は一掃出来た。

崖の下の悪魔は、イヴンが魔法を発動したことにも気が付かずに一気に炎に焼き尽くされ、今炎のあがっていないところは、悪魔の死骸である灰色の砂が大地を覆っている。

あとは、人型悪魔を倒すのみ。

人型だけは、黒守岩の双剣で心臓を刺さなければ倒すことができない。

イヴンは、自身の着込んでいたローブを彼女の肩にかけ、フードをかぶせた。


「私は残りの人型悪魔を倒してきます。

もし万が一、悪魔に襲われたとしても、このローブがあなたを守りますから、ここで待っていてください」


「!!

ひ、一人にしないでくださいっ!」


離れようとすると、彼女が腕にすがり付いてきた。

傍にいてあげたいが、イヴンが行かなければ、人型悪魔がこちらに来てしまう。

人型との戦いに彼女を巻き込むわけにはいかない。

ただでさえ武器である黒守岩も人体を腐らせる危険物なのだから。


「大丈夫。

すぐに片付けて戻ってきますから」イヴンの『大丈夫』は魔法の言葉らしい。

彼女は、震えながらもコクンとうなずきローブを握り締めた。

崖の下に舞い戻ると、人型悪魔が無表情でその場に立っていた。

そして、イヴンが着地すると同時に顔を険しいものへと変える。


「イヴン=シャリオン、テメェ!!

俺の部下を燃やし尽くしやがったなぁ!

ぶっ殺してやる!!」


殺気を余すことなく解き放ち、こめかみに青筋を立てる。大気が振動し始める。

そんな中、イヴンは相手を見下すような視線を送り、黒守岩の切っ先を人型悪魔に向けた。


「殺すのは俺のほうだ」


上級魔法を発動させ、昔失った右腕を復元させていく。


「生かされてるくせに、粋がってんじゃねぇよ!!」


「!」


自分は悪魔の当主に生かされている。

わかっている。そんなことは、14年間ずっと言われ続けた。

あのおぞましいオーラを纏った当主は自分を逃がした。


―「早く強くなって、僕のところにおいで」―


あぁ。

強くなって、必ずあんたのところに行ってやるさ。


殺しに行ってやる。


「お前は糧になれ。

当主を倒す俺の糧に」


イヴンは復元させた右腕も黒守岩の剣を握り、人型悪魔の懐へと飛び込んだ。

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